ILIAD ~幻影の彼方~

夙多史

013 続く旅、その頃

「――苦無くない!!」
 巨大な角の生えた猪の魔物、《ボアホーン》の額にしぐれの投げた両刃ナイフのような物が刺さる。するとボアホーンは悲鳴を上げ、彼女から逃げるように走り出す。
 しかし、そこにはアランが。
「そっち行ったでアラン!」
「――任せな、瞬連斬しゅんれんざん!!」
 一閃、さらに一閃。目にも留らぬ速さで、二度ボアホーンを斬り刻む。白いたてがみが散り、ボアホーンは霊素スピリクルへと還った。
「……これで全部だな」
 ふう、と息をつき、アランは汗を拭った。
 ソルダイを出て南に三日ほど進むと、《シグルズ山岳》という大きな山がある。そこを越えれば、学術都市サンデルクはもう目と鼻の先だ。
 まだ日は高い。
 これから下りに入るというときに、セトルたちはボアホーンの集団に襲われたのだった。三人と一匹で協力し合い、ようやく倒すことができたが、おかげでかなりの時間を消費してしまった。
「もうこんな時間か……メシにしようぜ!」
「さんせ~い」
 アランの提案に二人は疲れた様子で同時に片手を挙げた。
「ようし、ちょっと待ってな!」
 言うと、アランは手ごろな石で円形の囲いを作り、その辺りに落ちている乾いた枝を、そこへ重ねるように積む。そして紙をちぎって中に入れ、それに火をつけた。煙が立ち昇り、枝がいい感じに燃え始める。
「さてと……」
 アランはそこにあった岩に腰掛けると、荷物の中から調理道具と材料を取り出す。ひき肉と玉ねぎをよく練ったものを何等分かに分け、それぞれを丸くまとめてキャベツの葉一枚で丁寧に包み込む。さらに葉をもう一枚使い、具がはみ出さないようにしっかりと包んだ。そして形を整え、タコ糸のような細い糸を十字にかけ、小包のように縛る。
 次は、火にかけた鍋にこれを並べ入れ、水筒に入れていたスープを注ぎ、蓋をして煮込む。
 じゅう、と音がして、香ばしい匂いが辺りを漂い始める。
 そして何分かして、十分煮込んだと判断したアランはそれを取り出し、縛っていた糸を切りはずし、形が崩れないように皿に盛りつける。
 その後、残ったスープに水で溶いたコーンスターチを加えてとろみをつけ、皿に盛りつけたそれにかける。
「《ロールキャベツ》……できたぜ、ほら!」
 アランは蓄えていたパンと、できあがったロールキャベツを一緒に差しだす。先にしぐれが受け取り、セトルもザンフィに木の実をあげたあとに受け取った。
「いただきまーす!」としぐれ。「あ、これうまいやん! アランってやっぱ料理上手やわぁ」
 ロールキャベツを一口食べて、しぐれは顔を輝かせる。そしてぼそっと、
「うらやましい……」
 と呟いた。セトルも一口かじる。
 確かにうまい。歯を立てると中から肉汁が飛び出し、口の中に甘味と旨味が溢れる。
「村ではじっちゃんと二人暮らしでな、料理は基本的に俺が作ってたから、自然と覚えたんだよ」
 アランは鼻の頭を掻き、ヘヘッ、と笑った。
 そんな二人の会話を聞きながら、セトルはパンをかじって空を仰いだ。
(サニー、今ごろどうしてるだろう?)

        ✝ ✝ ✝

「ここが……あなたの部屋です」
 金色のドアノブを回して、ウェスター・トウェーンはサニーにそう言った。その部屋はスレイプニル号の船室とは違い、見たことがないくらい豪華だった。
 ここは彼の邸、どこの貴族よ、とサニーが思うほど大きい。彼女でなくても邸の中で迷ってしまいそうだ。
「裁判までまだ日があります。この邸内なら自由に過ごしてもかまいませんが、外には出ないでくださいよ」
 眼鏡のブリッジを押さえながらウェスターが言う。
「わかってるわよ! それにしても、この家ってホントにウェスターの家なの? いくつ部屋があるのよ?」
 田舎者丸出しのサニーは怪訝そうにキョロキョロと辺りを見回す。アクエリスまでは両親に連れられて行ったことがあるが、こんなに大きな邸は見るのも入るのも初めてだ。
「そうですよ」ウェスターは含み笑いを浮かべる。「弁護士以外にも王の相談役など、いろいろやっていますからね。部屋の数は……わかりませんねぇ♪」
「いろいろって?」
「そうですね……新しい霊導機械の開発、とかですかね」
 すると彼は踵を返す。
「では、私はこれから裁判の準備がありますから、何かありましたらメイドの者に言ってください」
 そう言い残し、ウェスターはだだっ広い廊下の向こうへと消えていった。
 一人残されたサニーは部屋に入ると、ベッドに仰向けで倒れ込んだ。そして何かを思いついたような顔をする。
「そうだ! どうせ暇なんだし、この家を探検してみよう♪」
 彼女は飛び起きると、部屋を出て適当な方向に歩き始めた。そして――
「……あれ? ここどこ?」
 迷った――。

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