乙女よ。その扉を開け
最終決着
昔。紫が入社したての頃、里奈にこう言われた。
『いいゆか? 何があっても珠は飲んじゃだめよ』
『どうして?』
『珠は自分の力の源を結晶化したようなものなの。それを飲んでしまうと中からも外からも魔力を受けることになって暴発しちゃうからね』
敵である縁に見せつけられるとは思っていなかった紫は止めもせず、その様子をただ見ていた。
「どうせ里子に言われたんだろう。珠は飲むなって」
縁は見透かしたように笑う。
「確かに内臓が破裂しそうなくらい痛いけど。神憑きにはそれを上回る治癒能力があるだろう」
力を発動し始めたのか縁の周りが淡く光る。続いて黒髪は金に変わり、目は光を帯びた白金。禁忌の代償も消えていく。
「驚くのも無理はない。私だって最初に見た時は失神しかけたくらいなんだから」
信じられないものを見たように目を見開き、口をパクパク開閉している紫を見て何度も頷く。
「だがどうやら守護神は天使らしいよ。流石に白い翼はなかったけど」
「天使……」
言われてみれば髪といい目といい穏やかな色をしている。その本人のせいで狂気じみているが。
「ところで紫。お前は守護神というものを知っているかい?」
「?」
知ってるも何も縁の異能だ。そう思っていると縁が肩を竦める。
「簡単さ。破壊神の反対を考えてみればいい。全てを壊し、命を奪う破壊の力を持つ悪魔を。そう考えてみればすぐ分かるだろう?」
守護神と破壊神は古来より対立関係にあった。守護神が舞い降りた所に命が生み出され、破壊神が舞い降りた所に争いが起き、命が捨てられる。
二つの神がいることで世界の秩序は保たれてきた。西洋の言葉では守護神は天使。破壊神は悪魔と評された。
互いに保ち合い、相殺される存在である両者。一番近くに隣り合い、一番遠くに存在する両者。
「ここまで言っておけば冥土の土産には丁度良いだろう。地獄は長い」
縁が指を鳴らすと床から何とも例えようのない白い怪物が紫を取り囲むように現れた。
「首を刎ねてしまえば楽なんだ。動くなよ」
紫の体が動かなくなる。その間にも正面にいる怪物は斧のような物を創造し、他のものは紫の頭を強く握ったり、肩を掴んで脱臼させたりと思い思いに紫の動きを封じる。
紫は痛みや混乱が心の中で渦巻いているせいで悲鳴すら上げられない。
そうしている内に目の前で斧が振り上げられる。
(死ぬんだ。今度こそ地獄に落ちるんだ。ごめんなさい舞姫さん。あなたを逃がすことができなかった。ごめんなさい社長。皆。私、結局誰も守れなかった)
『――――ゆかり』
頬に温もりを感じる。懐かしい声が耳に入ってくる。
『あなたは頑張った。その小さな体でよく耐えたわ』
(……そう。私頑張ったの。苦しくても怖くても耐えたの)
『あなたが地獄へ行く必要なんてないわ。私と一緒に天国へ行きましょう』
暖かい光に包まれて、紫は静かに目を閉じる。
『そう。あなたは……あなただけは幸せになればいい』
(私……だけ?)
『あなただけに苦労を背負わせて先に死んでいった者なんて一生闇に堕ちてしまえばいいわ。さあ、行きましょう。ゆかり?』
紫は目を開け、声の主を探す。どこにもいない。ただ何もない真っ白な世界に自分だけがいる。紫だけが。
「……いや」
『ゆかり? さあ、行こう』
「いや。いやだ。天国なんか行きたくない」
紫は必死に首を振って抵抗する。
『あなたは。オマエは自由になるんだよ。オマエを知っている者はいない』
「そんな世界望まない。痛くても苦しくても楽しい方がいい」
『地獄に楽しいなんてない!』
「皆といられるのなら地獄でいい!!」
真っ白な世界が壊れ始める。尚も声は響くが紫は耳を塞いで抗う。
「私は!」
自分に言い聞かせるように紫は声を張り上げる。
「もう一度皆と生きたい!!」
突如、目の前に黒い獣が出現する。白い世界は壊され、紫は暗い部屋に戻される。
「黒獣……」
「舞姫!」
振り返ると縁が焦ったような怒ったような声で叫ぶ。その後ろには血を吐きながら苦しそうに息をする舞姫が黒獣を生み出して縁に襲いかからせていた。
「紫、やりなさい」
黒獣の一体が煙のように縁に張りつく。
「紫!」
舞姫の叫び声が合図になったかのように紫の体が動き出した。大鎌を振り上げる。
「……小賢しい」
縁は黒獣を消し、紫の腹に拳を突き入れた。
「小娘ごときが偉そうに。大人しく死んでいればいいものを」
縁の金色の髪は逆立ち、白金の眼はどすの効いた紅色になる。
飛ばされた紫は、しかし足に力を入れて再び縁に狙いを定める。その姿は床につくくらい伸びた銀色の髪に紅い目、蝙蝠のような黒い羽を持ち、悪魔のよう。
「破壊神!!!!」
紫は大鎌を勢いよく振り下ろす。縁もまた光線を手中に溜め、放った。
二人の攻撃が同時に当たり、少しの沈黙が降りる。その後すぐに紫が膝から崩れ落ちた。
「ゆかり……っ」
舞姫が紫のそばへ駆け寄ろうとすると鈍い音を立てて縁が倒れた。
『いいゆか? 何があっても珠は飲んじゃだめよ』
『どうして?』
『珠は自分の力の源を結晶化したようなものなの。それを飲んでしまうと中からも外からも魔力を受けることになって暴発しちゃうからね』
敵である縁に見せつけられるとは思っていなかった紫は止めもせず、その様子をただ見ていた。
「どうせ里子に言われたんだろう。珠は飲むなって」
縁は見透かしたように笑う。
「確かに内臓が破裂しそうなくらい痛いけど。神憑きにはそれを上回る治癒能力があるだろう」
力を発動し始めたのか縁の周りが淡く光る。続いて黒髪は金に変わり、目は光を帯びた白金。禁忌の代償も消えていく。
「驚くのも無理はない。私だって最初に見た時は失神しかけたくらいなんだから」
信じられないものを見たように目を見開き、口をパクパク開閉している紫を見て何度も頷く。
「だがどうやら守護神は天使らしいよ。流石に白い翼はなかったけど」
「天使……」
言われてみれば髪といい目といい穏やかな色をしている。その本人のせいで狂気じみているが。
「ところで紫。お前は守護神というものを知っているかい?」
「?」
知ってるも何も縁の異能だ。そう思っていると縁が肩を竦める。
「簡単さ。破壊神の反対を考えてみればいい。全てを壊し、命を奪う破壊の力を持つ悪魔を。そう考えてみればすぐ分かるだろう?」
守護神と破壊神は古来より対立関係にあった。守護神が舞い降りた所に命が生み出され、破壊神が舞い降りた所に争いが起き、命が捨てられる。
二つの神がいることで世界の秩序は保たれてきた。西洋の言葉では守護神は天使。破壊神は悪魔と評された。
互いに保ち合い、相殺される存在である両者。一番近くに隣り合い、一番遠くに存在する両者。
「ここまで言っておけば冥土の土産には丁度良いだろう。地獄は長い」
縁が指を鳴らすと床から何とも例えようのない白い怪物が紫を取り囲むように現れた。
「首を刎ねてしまえば楽なんだ。動くなよ」
紫の体が動かなくなる。その間にも正面にいる怪物は斧のような物を創造し、他のものは紫の頭を強く握ったり、肩を掴んで脱臼させたりと思い思いに紫の動きを封じる。
紫は痛みや混乱が心の中で渦巻いているせいで悲鳴すら上げられない。
そうしている内に目の前で斧が振り上げられる。
(死ぬんだ。今度こそ地獄に落ちるんだ。ごめんなさい舞姫さん。あなたを逃がすことができなかった。ごめんなさい社長。皆。私、結局誰も守れなかった)
『――――ゆかり』
頬に温もりを感じる。懐かしい声が耳に入ってくる。
『あなたは頑張った。その小さな体でよく耐えたわ』
(……そう。私頑張ったの。苦しくても怖くても耐えたの)
『あなたが地獄へ行く必要なんてないわ。私と一緒に天国へ行きましょう』
暖かい光に包まれて、紫は静かに目を閉じる。
『そう。あなたは……あなただけは幸せになればいい』
(私……だけ?)
『あなただけに苦労を背負わせて先に死んでいった者なんて一生闇に堕ちてしまえばいいわ。さあ、行きましょう。ゆかり?』
紫は目を開け、声の主を探す。どこにもいない。ただ何もない真っ白な世界に自分だけがいる。紫だけが。
「……いや」
『ゆかり? さあ、行こう』
「いや。いやだ。天国なんか行きたくない」
紫は必死に首を振って抵抗する。
『あなたは。オマエは自由になるんだよ。オマエを知っている者はいない』
「そんな世界望まない。痛くても苦しくても楽しい方がいい」
『地獄に楽しいなんてない!』
「皆といられるのなら地獄でいい!!」
真っ白な世界が壊れ始める。尚も声は響くが紫は耳を塞いで抗う。
「私は!」
自分に言い聞かせるように紫は声を張り上げる。
「もう一度皆と生きたい!!」
突如、目の前に黒い獣が出現する。白い世界は壊され、紫は暗い部屋に戻される。
「黒獣……」
「舞姫!」
振り返ると縁が焦ったような怒ったような声で叫ぶ。その後ろには血を吐きながら苦しそうに息をする舞姫が黒獣を生み出して縁に襲いかからせていた。
「紫、やりなさい」
黒獣の一体が煙のように縁に張りつく。
「紫!」
舞姫の叫び声が合図になったかのように紫の体が動き出した。大鎌を振り上げる。
「……小賢しい」
縁は黒獣を消し、紫の腹に拳を突き入れた。
「小娘ごときが偉そうに。大人しく死んでいればいいものを」
縁の金色の髪は逆立ち、白金の眼はどすの効いた紅色になる。
飛ばされた紫は、しかし足に力を入れて再び縁に狙いを定める。その姿は床につくくらい伸びた銀色の髪に紅い目、蝙蝠のような黒い羽を持ち、悪魔のよう。
「破壊神!!!!」
紫は大鎌を勢いよく振り下ろす。縁もまた光線を手中に溜め、放った。
二人の攻撃が同時に当たり、少しの沈黙が降りる。その後すぐに紫が膝から崩れ落ちた。
「ゆかり……っ」
舞姫が紫のそばへ駆け寄ろうとすると鈍い音を立てて縁が倒れた。
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