乙女よ。その扉を開け

雪桃

久方振りの依頼

 里奈と教材を運び終わった後、いつもの通り部室へ行こうとした紫は途中で誰かにぶつかった。

「あ、ごめんなさ……ってフェリス!?」

 留学初日で先生や生徒に囲まれていたフェリスが一人でいるなんて珍しい。

「?」
「あ、私は隣のクラスの柊紫です……って英語で言わないと。
 えーとマイネームイズユカリ。
 んー……アイムユアネクストクラス?」

 日常で英会話を滅多にしない紫には中々難しかったが日本に留学するだけの知識はあるフェリスには理解出来たようだった。

「Oh! I'm Ferris! Nice to meet you Yukari!」
「ナ、ナイストゥミートゥー……」

 流暢過ぎて半分内容を理解出来なかったが話によるとどうやら道に迷ってしまっていたらしい。

 尋ねようにも裏口に来てしまっていたので人気も無く途方に暮れていた所に紫が通りかかったのである。

 因みに探偵部は旧館と呼ばれる移動教室に使われるだけの所の一番上、一番端にあるため人が寄り付かないのである。

「会議室……あ、あそこか。
 ついてきて、じゃなくて……カムウィズミー?」
「OK」

 やっぱり通じた。
 五分くらい歩いて漸くホストファミリーと先生が待っている場所に辿り着いた。

「Thank you Yukari! you're very kind!」
「い、いや別にそこまで……ど、どういたしまして」

 フェリスは外国人のハグを紫にした。

「Besides……」

 耳元でフェリスが喋る。

「you're really capacity murder」
「え?」

 ニコッと笑ってフェリスは出口へ向かう。

「Bye Yukari。See you again!」
「あ、うん。バイバイ」

 フェリスの姿が見えなくなった。

「キャパシティー……マーダー?」











「……というわけだそうです」

 部室に着いた紫は里奈との会話をそのまま伝えた。

「まだキレてたか」
「結構引きずるからね社長は」
「それを聞いたら殴られると思うけど」

 相変わらず依頼が来ない探偵部でのんびりと過ごす。

(なんか初日からバタバタし過ぎたけどやっぱりここは落ち着くな。
 もう異能が日常になってるし)

 これで異能者のことを全て忘れろなんて無理な話だ。
 そんなこと、もう無いだろうが。

「ゆか、聞いてる?」
「え? ごめんなさいボーッとしてました」
「やっぱり。まあ別に重要じゃないから良いけど。依頼が来たの」
「重要でしょそれ!?」

 だが周りを見渡しても異能者以外見えない。

「ああ違う違う。手紙が来たの。ほれ」

 あやから手渡されたのは普通の無地の封筒に入っていた一枚の手紙だった。

「……おがむ? これなんて読むんでしょう」
「あ、うん分かった私が読む」

 もう紫が漢字を覚えられないのは暗黙の了解だった。

 拝啓はいけい 探偵部の皆様

 このような形で話を聞いてくださり誠に恐縮でございます。
 何分私は名前も顔も出せない性分でございますから。私のことは仮に“A”とお呼びくださいませ。

 この手紙を寄越したのは他でもなく依頼があるからにございます。
 これは噂ではございますが桜高には演劇部がございますでしょう。
 そこには代々伝わる“ガーネットのネックレス”があり、文化祭では主役の女性が身につけて毎年演じます。

 しかし今年、それを奪いに来るという予告状が学校に届いたのです。
 教師の方々はこれを生徒に隠そうと言っておりましたがたまたま通りかかってしまった私はそれを大事おおごとと捉え、送らせていただきました。

 一切の他言も無用でなおかつこんな根も葉も無い依頼でございますがご検討の程、よろしくお願いします。

 Aより

「ひよちゃんみたいに礼儀正しいですね」
「そうだね。ひよに言ったらブチギレられるからね。
 理由はよく分からないけど」
「このAって人が素性を明かせないのって先生達が隠してるからだよね」
「でしょうね。桜高に演劇部があって、ネックレスを使っているのも」
「事実だね。それが本物かどうかは部員にも分からないらしいけど」
「先生達ってことは社長も知ってるんですか?」
「さあ。もしかしたら今日言ってくれるかもしれない。会議だって言ってたし」
「え。でもこれ今日の朝私の下駄箱に入ってたんだよ? 殴り書きでも無さそうだし」

 各々が思ったことを口にする。

 キリが無いのであさがパソコンを起動させ――隠して持ってきているらしい――新しくファイルを作った。

「まずは社長に連絡だけどそれは後回しね。
 それから演劇部にネックレスを貸してもらいたいけど」
「どう話すか? これは秘密だからね。まあ後で考えよう」
「ところでガーネットってなんですか?」

 一月の誕生石ということは知っているが実物を見たことが紫は無いのだ。

「深紅色で柘榴ざくろ石とも呼ばれているんだ。えーと」

 しんが携帯で調べた画像を見せる。

「真っ赤……というより少し黒っぽいですね」
「そうだね。だから劇によっては偽物だったり違う石を使ってたりするんだ」

 へえ。と紫は写真に見入った。

「ねえしん」

 紫と一緒に見ていたしんをまさは自分のいる方に引き寄せる。

「どうしたの兄さん」
「似てない? ガーネットの色」
「……何と?」
「破壊神の。あの時の目と」

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