乙女よ。その扉を開け

雪桃

紫の知られざる一面

 里奈からもらった写真は深紅色のガーネットだった。

 《厳重警備されてて持ってこれなかったからこれで我慢して》

「マジであったんだネックレス」
「信じて無かったのかよあや」

 何枚か撮ってくれたようで上から見たものや横から見たものもある。

「赤っていうか……やっぱ黒に近いよね」
「なんか毒々しい」

 確かにこれを少女が身につけて劇を演じる為の脚本は色々面倒だろう。

(毒々しいけどなんだか綺麗)

 色が濃いからこそ他とはまた違った美しさがある。

 血のように赤く全てを破壊できてしまいそうな――狂気の色

 べシン!!

「うぐっ!」

 頭をぶっ叩かれて紫は呻いた。

「なんで叩くんですか!?」
「いや名前呼んでも返ってこないから……力ずくです」
「この頃やけにボーッとしてる日が多いね」
「うぅ……すいません」

 疲れが溜まっているのだろうか。
 まだ二学期も始まったばかりだと言うのに。

「そういえば文化祭で何出すかって今日決まったんだよね」
「まあね。私は元より不参加型の展示だけど。やまもそうだし」

 基本的に学校行事を取り締まる高二はあまり目立たず忙しい係の仕事に徹する。

 代わりに高三、高一が出し物をするのだ。

「ゆかはお化け屋敷?」
「です」

 と言っても他とは違いスプラッタ系中心のため斬新的なお化け屋敷だ。

「高三組は?」
「……」

 あさがそっぽを向く。

「? まさ、何すんの?」
「言ったらあさに殺される」
「???」

 あさと同じクラスのまさに聞いてもスルーされた。

「しんは?」
「俺はなんか工作みたいなやつ」

 こちらも曖昧だった。

「うーんまあ行けば分かるか」
「来るな」
「へ?」
「来るな」

 あやの目がキランと光った。

「よしじゃあシフト教えてね」
「来んなっつってんだろうが!」

 また喧嘩が始まった。
 しんが溜息を吐きながら止めに入る。

「……ふふ」
「どうしたのゆか?」

 小さく笑うと隣にいたまさが首を傾げる。

「いいえ。ただ楽しくて」

 絶望なんかしない。
 ずっとこの人達と一緒に生きていくんだ――










「ユカリ! オハヨ!」
「……おはよう」

 人の輪に入っていたフェリスは紫を見つけるや否や猛進してきた。

(留学生として色々交流したいのだろうけどこの頃ずっとくっつかれてる気がするのは気のせい?)
「ユカリ! キョウシツ! classroomイク!」
「あ、うん」

 半ば強引に引きずられながら一緒に三階まで上がった。だが紫が思っていたことは気のせいでは無かったのだ。

 朝のホームルームが終わった後、授業と授業の間の休み時間、昼休み、放課後――。

 紫が一人になる時間は殆ど無く、誰かが迎えに来ない限り部室にもいけないのだ。

「……精神的に限界です」
「まだ三日しか経ってないぞー」

 机に突っ伏した紫を励ます――プレッシャーをかける?――あやはまた写真を見ている。

「やっぱりひよも写真じゃ分からないって」
「情報量があまりにも少なすぎるのが問題ね。何とかして集められないかしら」
「あやの異能を使えば?」
「その一部分だけ記憶を消すのって結構難しいんだからね」

 相変わらず一回で大量の魔力を消費する記憶操作を使いたくないあやである。

「まあ動かないことに変わりは無いし遠巻きに調べてみるか」

 丁度演劇部が今回はネックレスを使うと聞いたためそこへ向かう者と里奈に許可を取って校長室に忍び込む者に分かれた。


「やっほーゆきちゃん。頑張ってるねー」

 演劇部組のあや、まさ、紫は部長である深雪というに聴取しに来た。

((みゆき、ちゃん?))

 初対面のまさと紫は首を傾げる。

「名前で呼ぶなっつってんだろうが秦」
「え〜良いじゃん。可愛いよ。
 み・ゆ・き・ちゃん♡」
「殺す」

 性格はガッツリと男だった深雪はあやに鉄拳を食らわせようとしていたがスルーされていた。

「え……っと深雪君? 急に呼び出して悪いのだけれど今時間ある?」
「……三十分だけなら。後俺のことははざまと呼んでください。名前は嫌いなんです」
「ねえねえ深雪ちゃん女装して?」
「死ね」










「間君は本物のネックレスを見たことはある?」

 間深雪は事件のことを知っていたらしく話は簡単に進んだ。

「一度だけ。部長になった時に代々校長室に呼ばれてケースごしに見せられたんです。
 俺的には緊張しっぱなしであんまり覚えてはいないんですけど」
「盗まれるような価値はありそうだった?」
「さあ。まあ確かに光沢はありました。本物っていうか他とは違うっていうか」
「文化祭の時にそのネックレスをつける子には言っているの?」
「言ってません。このことを知っているのは俺だけです。本番になって辞められたら困るし」

 今練習しているのはシェークスピアのロミオとジュリエット――の二人が生きていると過程した未来の空想話らしい。

(ロミジュリって悲恋だよね。それを覆してしかも台本まで考えるなんて凄いな)

 生憎紫と親しい者の中に演劇部員はいない。

 だが体育館の舞台で練習している姿はまるで本物の役者のようだ。

「……すごい」
「ゆかもこういうの好きなの?」

 紫を下から覗き込むあや。

「好きというか同年代の子がこうやって演じる姿を見るのは初めてなんです。
 中学の頃は陸上部で毎日走り込んでいたので機会が無かったんです」
「ふーん……ってあんた陸上部だったの!?」
「はい。高校になってからはやめましたけど。今も走ればクラス一位ですよ」

 異能者だから身体能力が違うのかとも思ったが里奈曰く、少しは違うだろうが殆ど変わらないそう。

「じゃあ体育祭が楽しみだね」
「はい!」
「二人とも。終わったから帰るよ」

 深雪と別れたまさが手招きしてきた。

「まさ! ゆかって陸上部なんだよ!」
「ああやっぱり」
「「え?」」

 あやはともかく紫自身まで驚いた。

「足を見れば分かるよ。医者はリハビリとかも考えなきゃいけないから予想できるようにしておくんだ。
 ゆかは筋肉が付きにくい体質だからちゃんと見ないとわからなかったけど」

 家出していても医者の息子である。
 それなりの知識はあるようだ。

「なんだー。久し振りにまさの驚く顔見れると思ったのに〜」
「僕をなんだと思ってるのあや」
「珍動物」
「……」

 決まり悪そうに眉を寄せてまさは苦笑する。
 紫にとってはその表情もまた見慣れないが。

(本当にまさは恵子さんに似てるなあ。でも目はしんと同じだからお父さん似か)

 紫はそんなことをこっそりと思ったりしていた。

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