乙女よ。その扉を開け

雪桃

阿修羅のいたずら〜入れ替わり〜

 “まーゆーみー! 遊ぼーよー!”
「ごめんね阿修羅。今忙しいの。
 ちょっと待っててね」

 そう言って阿修羅を頭の上に乗せたまま真由美は書類整理を始めてしまった。

 “むーむー”

 阿修羅は真由美の髪を一房掴んで引っ張ったりしたが小さい為痛みも無いらしい。

 “なら一人で遊ぶから良いもん”

 空気に溶け込んでいなくなってしまった。

「一応、じん様なのになぁ」

 子どものような阿修羅に対して真由美は苦笑いをした。



 “真由美が遊んでくれないなら違う人達で遊ぶもーんだ”









 翌日。

「ふあぁぁ……ねむ」

 紫は目を擦りながらベッドから降りた。

 癖になっているストレッチをしようと体をクの字に曲げると髪がバッサリ垂れてきた。

「……」

 しばし硬直。
 紫の髪は確かもう少し短かった気がする。
 いや、そうでなくても――

「……鏡」

 机の上にあった化粧鏡に近付く。
 そこに映った顔は――

「……あや?」

 緋色の髪と大きな二重の目を持つあやの姿が鏡に映る。
 順応力の高い紫の思考も流石に一旦停止した。

「えーっと特殊メイク、異能、私の目がおかしくなった。後は」

 二次元の世界とかにある入れ替わり。

(あ、読者の皆様。私達からすればここは三次元ですからね……って何言ってんだ私?)

「にしても特殊メイクならよく出来てるな」
「ゆか――!!」

 ノックもせずに部屋に入ってきたのはだった。

「うわぁ鏡見て喋ってるみたい」
「あ、それは同感……って違う! なんでそんなに馴染んでんのさ!」
「馴染んでは無いんですけど自分の顔が目の前で変な動きしてるのって奇妙だなって」
「奇妙!?」

 紫もとい中身あやは中身紫に呆れながらも落ち着かせるように深呼吸した。

「と、とりあえず社長のところ行こうか」
「はーい」

 パタパタと二人揃って階段を降りる。

「社長なんかやばいこと起きてる何こ」
「同じ反応をしないでツッコむのが疲れるのよ」
「社長。俺の顔で女口調はやめて」

 しんと里奈。

「まともな方はいらっしゃいませんのでしょうか」
「見たところ無さそうだろう」

 ひよとやま。

「入れ替わりの対処が調べても載ってないし」
「ある方が可笑しいけどね」

 あさとまさ。
 そしてあやと紫。

「君のな」
「色んな所から規制入るからやめなさいあや」
「しん……じゃないか社長それゆか」
「どっちも同じようなものよ」
「「同じようなもの!?」」

 流石にこれに関しては紫もショックを受けた。

 まあそれはさておき事態を把握する為に一旦全員ソファに座る。

「さて……色々やりたいけどまず誰が誰なのか名札作りましょうか」
「社長お願いだから足揃えて座らないで。
 見る人からすれば俺オネエみたいだから」
「分かった。ついでにあなたは足を揃えなさい」
「社長ワンピース着てると幼女みたい」
「しんの状態なら拳骨強くなるわ」
「早くやりましょうよ」

 パニック状態でまともに思考が働くのは紫のみらしい。

「あやー」
「はーい」
「ゆかー」
「はい」

 まさ――もといあさが裏紙を使って急いで作った名札を手渡す。

「私とまさでしょ。それからしんに社長。やまとひよ」
「「「…………」」」

 この無言の時間に全員は同じことを思っていたに違いない。

 探偵社の人間はいないものを除いて九人。
 今八人入れ替わっている。
 残った者は考えずとも分かる。

「おはよう。皆早起き……」
「真由美――!!!!」










「入れ替わった!? なんでまた」
「それが分かれば今頃解決策を考えてるわよ」
「あ、そっか」

 真由美は一人納得するようにポンと手を叩いた。

「どうしたら良いものかしら。
 明日までに治ってくれないと学校が始まっちゃうし」
「ゆかとひよはどうしたって授業についていけないしね」

 あやに入れ替わった紫はまだギリギリセーフかもしれないがひよとやまに関しては中一と高二だ。
 どうしたって何も出来ないだろう。

「頑張ってやまになりきりますわよ!」
「ひよ。じゃあまずその口調を無くしてくれよ」
「できるものならとっくにやってますわ」
「できないんかい」

 癖になってしまったものは仕方が無いらしい。

 あさはたまに男みたいな口調になるおかげでまさになっても口調に違和感は無いが。

 と、全員で思案していると真由美とひよ――もといやまが一点を見た。

「どしたの?」
「小鬼がいるんだが」
「阿修羅ね」

 体はそのままの為異能は残るらしい。
 百目の力で見ているのだろう。

「そういえばどこ行ってたの阿修羅。昨日仕事してる間どっか行ってたでしょう……え?」
「どうしたの真由美」

 こちらからは空中に向かって喋ってるとしか思えないが視線の先には阿修羅がいるのだろう。

 そして急に真由美がフリーズした。

「えーと……単刀直入に言いますと」
「うん」
「阿修羅が退屈しのぎに皆の魂を寝てる間に遊んでたらどれが誰の魂か分からなくなって適当に入れたらこんなことになったらしい」

 こんなこと=入れ替わりだろう。なるほど。

 魂で遊び、片付け場所が分からなくなったと。
 小さい子どものように。

「真由美。殴らせなさい」
「私のせい!? 」

 里奈の強烈なパンチを寸でのところでかわす。

「から姉どうにかなんないの?」
「なるにはなるけど。私が阿修羅にどの魂か伝えれば良いから皆がまた寝てくれれば。
 ただ」
「ただ?」
「阿修羅って一回自分で力使うと回復するまで時間がかかるの。
 だから治るのは明日の夜……かも?」
「殴らせなさい真由美」
「だから私のせい!? 」

 結局明日まで入れ替わりだそう。







 翌朝。

「ごめんなさいやま。力不足で」
「いや。寧ろ休んでてくれた方が嬉し……あ、いや何でも無い」

 年齢差のあるひよはやはり休みとした。

 それとしんが入れ替わっている里奈も今日は病欠ということにして、紫は飲み込みが早かった為教科書を読み込めば分かるそう。

「……スースーする」
「まさが女の子の制服……ふふ」
「あさ。トラウマになるから掘り下げないで」

 桜高のスカートは膝上十センチから膝頭を覆う程度の長さが許されているがまさはそれはそれは昔のヤンキーかと思う程スカートを下に伸ばそうとしてあやとあさに止められていた。

「ずっと思っていたけどあなた本当に背が高いのね。
 足を思いっきり切り落としたい」
「社長やめて。なんか本気でやりかねないから」

 百九十センチはあるらしい。
 まさがそのせいで少々不機嫌だが置いておこう。

「とにかくバレないようにしないとね。
 良い? 何がなんだろうと阿修羅に戻してもらうまで何事も起こさないようにね」
「了解」

 紫は置いておいて他は少なくとも二年は一緒にいるのである。
 口調などを抜かせば学校の態度も分かる。

 ――学校にて。

「おはよう彩乃。今日は大山君はいないんだ」
「……」
「彩乃?」
「え!? あ、わ、私か」
「あんた以外に誰がいんのよ」

 いえまあ“あやの”ならたくさんいそうですが私は生憎“ゆかり”なんです。

(って言いたいぃぃぃ!!)
「ご、ごめんごめん。ボーッとしてた。
 え、えっとねやまは今日は風邪ひいてるの」
「珍しい。休む程の風邪なんて今まで無かったのにね」
(そりゃあ風邪じゃありませんから)

 紫は必死にあやを演じきることにした。
 一方あやの方は

「……」
「何よ紫」
「いや」

 ひなみとの接し方に戸惑っていた。

 恐らく他が気づかなくてもひなみならばすぐに変化に気づいてしまうだろう。
 弱味を握られる訳にはいかない。

「ひなみ」
「何」
「か、漢字テストでもしようか」
「はあぁぁぁ?」

 気づかれはしなかったが――敵だと言うのに――病院に行くよう勧められた。
 敵なのに。ガチで。








 そしてようやく夜。

「一日交換してみてどうだった?」
「「「なんか疲れた」」」

 勉学面ではなく全員人と接するのに困ったらしい。
 ひよやしんは仕事もあった。

「それじゃあ魂を元に戻しましょうか。仮死状態になるから皆が寝た後ね」

 という訳で真由美以外は早々に眠りについた。

「それじゃあやりましょうか阿修羅」
 “あーい!”

 一人ずつ魂を抜いて特別な瓶に真由美が入れる。

「ところでどうして阿修羅は急に魂抜いて遊んでたの?」
 “真由美が遊んでくれなくて寂しかった”
「……分かった。ちゃんと遊ぶ時間も作るからね。
 だからもうこんなことしちゃ駄目よ」
 “うん”

 全員の魂を抜き終わり廊下に出た瞬間、真由美は急に鼻がむず痒くなった。

「ふ、ふぇ……くしゅん!」

 蓋の空いた瓶からくしゃみの勢いで魂が全て抜け出ていく。

「あ」

 魂は全て違う部屋に入りそれぞれの体に入り込んだ。

「あ、阿修羅」
 “無理”

 阿修羅も理解したようだが即答した。










 で、案の定翌朝。

「真由美――!!」
「わ、悪かったわ。
 でも自然の摂理には逆らえないというかなんというか」

 魂は元に戻ることなくまた違う人の体に入ってしまった。

「これもしかしたら無限ループとか……」
「ゆか止めて。想像するだけでも恐ろしいから」

 結局体と魂が一致したのは一週間後だったらしい。

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