乙女よ。その扉を開け
鬼の拷問
「お疲れ様武田警部。急に仕事を増やしてすいません」
異能者とも繋がりのある裏警察――通称・異能特務課の長である武田の元へ真由美は行っていた。
「いや。異能者が予定外のことを行うのは当たり前になっているだろう。
それで今日も面会か」
――面会。
傍から見ればそうなのかもしれないが。
「とりあえず鍵を貸してもらえますか? ああ、伴は付けないで」
「分かっているさ。だがあんまりボロボロにしないでくれよ。ここでの件は上にも伝わるのだから」
「ええ」
鍵を受け取り牢のある地下室を更に奥まで進んで行く。
《暗証番号を》
機械に数字を打ち込みいくつもの鍵の中から一つを差すと扉が開く。
その向こうにはまた果てしない廊下があり、突き進んで行くと頑丈そうな扉。
《暗証番号を》
先程と同じように数字を打ち込み鍵を差し込み廊下を歩き数字を打ち込み鍵を差し込み廊下を歩き。
五回目にカギを差し込んだ時、ちがった風景になった。
一つの電球しか無いため、薄暗いその部屋の前には檻があり椅子に足を、手は背もたれに縛り付けられている人間――体中を包帯で巻き付けられ見えているのは右目と口だけだが――と真由美は対面していた。
「……起きてるんでしょう? もう罵詈雑言は吐かないの?」
その人間はギリギリと歯噛みをする。
「今日漸くゆかが起きたわ。すぐに寝てしまったけど後遺症は残らないと思うわ。本当に安心した。でなければあなたを殺してしまうところだったもの。
ねえ? アイラ」
アイラの手首と足に付いている枷は魔力を封じるものであり、どれだけ真由美が何を言おうとも反撃すらできない。
「……殺せ」
アイラの口から憎しげな声が出る。
「奴隷にすることも無くこの場で捕えているだけ無駄だ。殺せ」
「……アイラ・ナール。
十を迎えるまで娼婦の母と共にスラムの街で奴隷として生きてきた。異能で母を殺し商人を殺し……死体への愛着だけで今日まで生きてきた。
愛を知らない哀れな子」
アイラの目が怒りに燃えた。
「私が哀れ? 鬼の分際で同情を向けるな。お前なら一振りで私を殺せるだろう。
日本は貧しい国では無い。お前に分かるものか。
幼い頃から酒と女にしか執着しない者共の奉仕をしてきた。母は汚い男の為に腰を振って金を稼いでいた。
そんな屈辱に耐えてきた私の気持ちをお前に知られてたまるものか!!」
顔を歪めたことで傷口が開いたのか血が染み出してくる。
「殺せ! 殺せ! 殺せ! 情を向けるなら殺せ。慈悲などくれてやるな」
「……お前は殺さない」
冷ややかな眼差しをアイラに向ける。
「今はまだその時じゃない。
ゆかへの償いを……お前が苦しめてきた人間達への償いを終えたら殺してやる。
だからそれまでは私の奴隷でいろ。アイラ・ナール」
真由美はそれだけ吐き捨てると元の道を引き返した。
(里奈だって知らない私が作った牢獄。異能者にとっては拷問部屋。
そんな場所を皆が知る必要は無い)
自嘲するように真由美は笑い、その声は延々と木霊した。
翌日。
一日中寝ていた里奈は全快して、そのまま教員として通勤していった。
「え、栄養剤も飲まずにあんな回復するなんて本当に異能者って凄いのね」
「違う母さん。あれは例外」
里奈を見送り、その体力に畏敬している恵子にしんがツッコむ。
平日の今日は流石に紫につきっきりは出来ないが、せめて行くまではとしん達は病院に残ったのだ。
「それはそうと母さん。本当にゆかを任せて大丈夫?
多分起きても動かないとは思うけどほぼつきっきりになるだろうから院長としての仕事は」
「平気よ。今日は手術も無いし病室でもカルテは作成できるから……ふふ」
「何?」
「ううん、ちょっとね。
息子の成長した姿を見れることなんてもう一生来ないと思ってたから」
幸せそうに笑い、恵子はしんの頬を撫でる。
「やっぱり二卵生なのね。正一とは似てるけど少し違う。
というか身長差が凄いわね。あの子は百七十くらいなのにそれより大きいでしょ」
楽しそうに恵子は喋る。
「俺達は元からあまり似てないだろ母さん。それとそのことはまさに言っちゃ駄目だよ。
ああ見えて気にしてるんだから」
「え、そうなの? 十分だと思うのだけど」
決して彼女がまさのことを“人形”だとか“木偶”だと言うことは無かった。
まさと対面する時も愛情を称えた眼差しだった。
勿論後ろめたさも残っていたが。
「母さん」
「なぁに?」
「お疲れ様」
昔、亡き父が恵子にしたように頭に手を乗せる。
「そろそろ時間だから行ってくるよ。何かあったら連絡してね」
指定バッグを肩にかけてしんは外に出る。
ドアが閉まるのと同時に恵子はその場に座り込んで嗚咽を漏らす。
(あなたが守ってくれた子ども達は……優しい子に育ってくれました)
異能者とも繋がりのある裏警察――通称・異能特務課の長である武田の元へ真由美は行っていた。
「いや。異能者が予定外のことを行うのは当たり前になっているだろう。
それで今日も面会か」
――面会。
傍から見ればそうなのかもしれないが。
「とりあえず鍵を貸してもらえますか? ああ、伴は付けないで」
「分かっているさ。だがあんまりボロボロにしないでくれよ。ここでの件は上にも伝わるのだから」
「ええ」
鍵を受け取り牢のある地下室を更に奥まで進んで行く。
《暗証番号を》
機械に数字を打ち込みいくつもの鍵の中から一つを差すと扉が開く。
その向こうにはまた果てしない廊下があり、突き進んで行くと頑丈そうな扉。
《暗証番号を》
先程と同じように数字を打ち込み鍵を差し込み廊下を歩き数字を打ち込み鍵を差し込み廊下を歩き。
五回目にカギを差し込んだ時、ちがった風景になった。
一つの電球しか無いため、薄暗いその部屋の前には檻があり椅子に足を、手は背もたれに縛り付けられている人間――体中を包帯で巻き付けられ見えているのは右目と口だけだが――と真由美は対面していた。
「……起きてるんでしょう? もう罵詈雑言は吐かないの?」
その人間はギリギリと歯噛みをする。
「今日漸くゆかが起きたわ。すぐに寝てしまったけど後遺症は残らないと思うわ。本当に安心した。でなければあなたを殺してしまうところだったもの。
ねえ? アイラ」
アイラの手首と足に付いている枷は魔力を封じるものであり、どれだけ真由美が何を言おうとも反撃すらできない。
「……殺せ」
アイラの口から憎しげな声が出る。
「奴隷にすることも無くこの場で捕えているだけ無駄だ。殺せ」
「……アイラ・ナール。
十を迎えるまで娼婦の母と共にスラムの街で奴隷として生きてきた。異能で母を殺し商人を殺し……死体への愛着だけで今日まで生きてきた。
愛を知らない哀れな子」
アイラの目が怒りに燃えた。
「私が哀れ? 鬼の分際で同情を向けるな。お前なら一振りで私を殺せるだろう。
日本は貧しい国では無い。お前に分かるものか。
幼い頃から酒と女にしか執着しない者共の奉仕をしてきた。母は汚い男の為に腰を振って金を稼いでいた。
そんな屈辱に耐えてきた私の気持ちをお前に知られてたまるものか!!」
顔を歪めたことで傷口が開いたのか血が染み出してくる。
「殺せ! 殺せ! 殺せ! 情を向けるなら殺せ。慈悲などくれてやるな」
「……お前は殺さない」
冷ややかな眼差しをアイラに向ける。
「今はまだその時じゃない。
ゆかへの償いを……お前が苦しめてきた人間達への償いを終えたら殺してやる。
だからそれまでは私の奴隷でいろ。アイラ・ナール」
真由美はそれだけ吐き捨てると元の道を引き返した。
(里奈だって知らない私が作った牢獄。異能者にとっては拷問部屋。
そんな場所を皆が知る必要は無い)
自嘲するように真由美は笑い、その声は延々と木霊した。
翌日。
一日中寝ていた里奈は全快して、そのまま教員として通勤していった。
「え、栄養剤も飲まずにあんな回復するなんて本当に異能者って凄いのね」
「違う母さん。あれは例外」
里奈を見送り、その体力に畏敬している恵子にしんがツッコむ。
平日の今日は流石に紫につきっきりは出来ないが、せめて行くまではとしん達は病院に残ったのだ。
「それはそうと母さん。本当にゆかを任せて大丈夫?
多分起きても動かないとは思うけどほぼつきっきりになるだろうから院長としての仕事は」
「平気よ。今日は手術も無いし病室でもカルテは作成できるから……ふふ」
「何?」
「ううん、ちょっとね。
息子の成長した姿を見れることなんてもう一生来ないと思ってたから」
幸せそうに笑い、恵子はしんの頬を撫でる。
「やっぱり二卵生なのね。正一とは似てるけど少し違う。
というか身長差が凄いわね。あの子は百七十くらいなのにそれより大きいでしょ」
楽しそうに恵子は喋る。
「俺達は元からあまり似てないだろ母さん。それとそのことはまさに言っちゃ駄目だよ。
ああ見えて気にしてるんだから」
「え、そうなの? 十分だと思うのだけど」
決して彼女がまさのことを“人形”だとか“木偶”だと言うことは無かった。
まさと対面する時も愛情を称えた眼差しだった。
勿論後ろめたさも残っていたが。
「母さん」
「なぁに?」
「お疲れ様」
昔、亡き父が恵子にしたように頭に手を乗せる。
「そろそろ時間だから行ってくるよ。何かあったら連絡してね」
指定バッグを肩にかけてしんは外に出る。
ドアが閉まるのと同時に恵子はその場に座り込んで嗚咽を漏らす。
(あなたが守ってくれた子ども達は……優しい子に育ってくれました)
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