乙女よ。その扉を開け

雪桃

戦禍となった山

 〈おかけになった電話番号は現在電波の届かない所にいるか、電源が切れている状態です〉

 このアナウンスも、もう何回聞いたか分からない。
 里奈は深々と溜息を吐いた。

(山奥でもあそこはちゃんと電波も届いてるし、そうでなくてもすぐに終わる仕事を選んだのに)

 あや達全員も最初の仕事として里奈はこれを選んでいる。

(ゆかなら階段も軽々だろうし。というかどうして松さんまで連絡がつかないのかしら)

 松とは依頼主の名である。

「里奈。まだ起きてるの?」

 真由美が部屋に入って来る。
 時計はとっくに一時を越していた。やけに静かだと思っていたら全員部屋に入って寝静まっていたのだ。

「もう寝なよ。里奈は疲れを溜めやすいんだからまた体調崩すよ」
「そうね。ゆかはまた明日に」

 不意に里奈の携帯が鳴る。期待を込めてディスプレイを見るが紫では無く、警察からだった。

「里奈」

 スピーカーを押して真由美も聞こえるようにする。

「もしもし。どうしたの」
『城ヶ崎。異能者を全員起こして山梨に向かえ』
「え? ていうか、え? 全員?」

 眠りに落ちている者を起こすのは少し気が引ける。

「山梨って今ゆかが行ってるわよ?」
『その柊が巻き起こしている』

 捜査の関係上、武田も異能者の顔と名前は覚えているのである。

「……どういう意味?」
『俺にもよく分からん。山梨の集落が崩壊していると連絡があったんだ』
「崩壊?」
『狂ったように殺しあっているんだ。家に火をつけたり人を刺したり。刺してもまだ動いているようだ』
「「?」」

 先程から二人が疑問に思っていること。
 破壊神はその体に強大な狂気を溜めているせいで殺人をしているが、狂気を分けて人殺しをさせるわけでは無いのだ。自分で殺す喜びが減ってしまうから。

「とにかく現状を見るしか無いわね。真由美、皆を呼ぶわよ。ひよだけで良いから」
「うん」

 通話を切って各々の部屋へ向かう。
 因みにひよの寝起きに対抗できるのは真由美だけなのである。

(手っ取り早く起こす方法。方法……)

「異能」


 ――数分後。

「よし。皆揃ったわね」
「危うく死ぬ所だった」
「寝起きでナイフ投げられた私達の気持ちを知って欲しいわ」

 他に考えつかなかった里奈は眠気が吹っ飛ぶように部屋全て一気に頭上めがけてナイフを振り上げた。
 そのせいで軽くそれぞれの壁に跡が付いているが気にしない。

 ずっと起きていた――というかいつ寝てるのか分からない雛子と真由美が起こしたひよ以外に。

「大丈夫でしょ。私のナイフ投げが外れたことなんて無いもの」
「逆に外れたらどうするつもりだったの」

 寝起きでも元気な異能者である。

「さてと。それじゃあ行きますか」
「どこに?」
「山梨」

 何故? という質問を里奈は無視して――現場を見れば分かると言って瞬間移動の使える真由美と二言三言話す。

「今から真由美に移動してもらった人から一組で奥地まで行って。詳しいことは後で教えるから」
「お仕事ですか?」

 叩き起された理由も彼らは知らないのである。

「とりあえず二人一組になる?」
「一人余るよ」
「あやで良いんじゃない」
「捨て身か私は」
「あやは私とよ。真由美は平気?」
「平気」

 戸惑いはしているものの夜中の仕事も経験が無いわけでは無いため、指示に従う。

 二人ずつ真由美と手を繋ぎ、移動していく。真由美は百キロメートル以内であれば瞬間移動ができるのだ。

(山梨って)
「ゆかに何かあったの社長?」
「分からないわ。現状を見てないから」

 真由美が往復して戻ってくる。

「はい最後。里奈、武田警部の言ってたことは本当だったよ」
「そう」

 あやと里奈は片手を握り探偵社を後にした。

「何これ」

 あやの視界に映ったのは火の海と化している森林だった。
 燃え盛る木が大きな音を上げてあや達のすぐ側に倒れた。

「なんなの社長? 誰の仕業」
「あや、後ろ!」

 振り返ると包丁を持った老人があやの頭上を狙っていた。

「わ! ま、松さん!?」

 異能者の良き理解者の一人である松が狂ったように呻く。その目からは血が流れ、白目を剥いている。

「あや、逃げるわよ!」
「え、あ、うん!」

 真由美と二手に分かれる。

「ねえ社長。武田さんと何話してたの? あ、ゆかは!?」

 ある程度走った所で里奈はマイクの電源を入れる。

「聞きなさい皆。まず村人には手を出さないこと。下手したら殺しかねないわ。護身に集中しなさい。そしてそれよりも」

 一度あやの方を見る。

「ゆかを……破壊神を止めなさい!」

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