乙女よ。その扉を開け

雪桃

最悪のタイミング

「旻だって成長するのよ。何を呆然としているの」

 梅香は声のした方を見る。

「里奈殿」
「何かしら」
「少し二人だけで話がしたい」
「……良いわよ。皆、ちょっとここで待ってなさい。氷河の死体はそのままにしておいて」
「はい」

 二人は人の見えない所へ移動した。 

「話って何?」
「話という程でも無い。頼みがあるんだ」
「頼み?」
「妾を殺してほしい」
「どうして」

 里奈は急な願いを訝しんだ。

「気流に乗ったら真由美に瞬間移動してもらうわ。船を落として見殺しなんてしないわよ」

 梅香は苦笑して徐に着物の胸の部分をはだけさせた。

「これは」
「神に埋められた魔水晶さ。厄介物でな。年を経るにつれて魔力を抜かれていき死ぬものだ」

 梅香は七つの頃に神にこの水晶を入れられて遊女に落とされた。

「本来であれば月の異能を使っても戦えたんだ。だがもう十年以上経てば限界じゃ」

 梅香が簪を抜くと髪がハラハラと床に落ちていった。

「妾は旻を可愛がっておった。そんな旻に妾の死を見せたくはない。地上でじわじわと死を待ちたくはない」
「そう。悪いけど私には気持ちが分からないわ」

 それでも里奈は手にナイフを握る。

「里奈殿。娘らには自らの過去を話さぬのか」
「……その時が来れば話すわ」

 里奈は梅香の胸にナイフを目掛ける。

「無理をしたらまた同じことの繰り返しだぞ、咎の女よ」

 ナイフが梅香を貫く。梅香が口を開くが声は出ない。水晶が割れるのと同時に梅香は事切れた。

「殺されておいて、ありがとうなんて言うんじゃないわよ」

 里奈は吐き捨てて梅香の血を止めて着物を戻した。

「咎の女、か。何年ぶりに言われたのかしら」
「里奈!」

 真由美が剣を持って走ってきた。

「真由美。ひよは?」
「魔力をあげたから今は落ち着いた。しん達に任せたよ」
「そう」

 血が付いたナイフを丁寧に拭く。

「死んだの?」
「殺してと頼まれたから」

 冷静な里奈を真由美は複雑な表情で見る。

「何?」
「里奈。あのね」

 真由美が言いかけると機体が再度大きく傾いた。

「とにかく戻って様子を見ましょう」
「彼女は?」

 里奈は周りを見てから梅香を人気のない部屋へ連れていく。

「転生したら幸せになることを願います」

 顔に布をかけてベッドに寝かせた。

「さようなら」

 里奈と真由美は急いで実験室に向かった。

「あ、社長。とから姉!」
「あや、機体は?」

 あやは親指を立てた。

「旻の異能で一時間はもつよ」
「平気になった」

 あやに続いて旻も頷く。

「そう。それなら後は真由美に任せましょうか。百キロは超えてないと思うわ」
「分かった。それならまさとあさから」

 珠を出すと真由美は二人と手を繋ぐ。

「異能・阿修羅あしゅら……」
黒獣神こくじゅうしん

 真由美の珠が突然に消え去り、パキンと割れた。いや、噛み砕かれた。

「黒獣って」
「久しぶりだね里奈」

 真っ黒な衣服を身に包み、禍々しい獣を従えた女――

「魔姫!」
「おや早い。上達したようだね」

 魔姫は紫の方に目を向けた。

「相模の時に暴走したと聞いたからどうかと思ったがそろそろ化け物じみて来たんだね」
「っ」
「大丈夫紫。後ろに隠れてて」

 雛子が紫を庇う姿を見て魔姫はせせら笑う。

「取って食ったりはしないさ。それに後ろに隠れない方が良いぞ」

 魔姫の言葉を理解する前に紫の首を誰かが掴んだ。

「うっ」
「ゆか……り?」

 雛子は振り返って絶句した。

「氷、河?」

 アイラによって首を落とされたはずの氷河が平然と紫と雛子の目の前に立っていた。

「ああそうか。アイラは彼の姿を知らなかったね」

 同じように驚いているアイラに魔姫は苦笑した。

「アイラ。氷河はマフィアの人間だよ」
「は?」

 アイラは――否、魔姫と氷河以外の全員が耳を疑った。

「ま、魔姫様! 私はこんな男を一度も」
「ああそうだね。氷河はこの研究所を乗っ取る仕事を命じられたからアイラが来るより前にマフィアを出たんだよ」

 それでもアイラは氷河と距離を置こうとする。

「それであなたは何しに来たのよ。世間話をしに来たんじゃないでしょ」

 皮肉を込めて里奈が言う。

「そうだね。行動される前に片付けてしまおうか。氷河」

 魔姫が命ずると氷河が紫を向かい合わせにさせた。

「ゆか!」
「黒獣」

 魔姫の獣が何体も襲いかかり、紫との距離を引き離されてしまう。

「氷河」

 氷河は紫の頭に両手を乗せる。

「離して!」
「冷却」

 もがいて逃げようとしていた紫がその言葉を聞いた瞬間体を止めて動かなくなった。

「ゆか?」

 あやの呼びかけにも答えず紫は腕を力なく垂らし、氷河が手を離しても身動ぎ一つしない。

「ゆかに何したの!」
「別に。氷河の異能で思考を凍らせた。停止させただけさ」

 魔姫が黒獣を近くにやっても紫はピクリとも動かない。

「思考を奪って何がしたいのよ」
「なんだ里奈。私の目的を忘れたのか?」

 何を。という前に黒獣が紫を咥えて魔姫の元へ走っていった。

「探偵社を潰したいが今は破壊神が手に入れば良い。用も済んだし帰るとしよう」
「待ちなさい!」

 里奈がナイフを投げる。だが黒獣に遮られる。

「あや、真由美!」
「了解!」

 あやが炎を、真由美が剣を構えて魔姫の懐に入ろうとした。

「往生際が悪いね。あまり使いたくは無いんだけど」

 魔姫は黒獣を後ろに下がらせて腕を伸ばす。

「異能」

 守護神しゅごしん

「「……え?」」

 里奈と真由美の声が重なる。その直後、見えない壁にあやと真由美は弾き飛ばされた。

「何今の。獣じゃないよね」
「な、んで」

 里奈の呆然とした呟きが魔姫の耳に入った。

「それはどのなんでだ?」
「その異能は」
「ああそうだよ。これは私のでは無いさ」
「おかしいじゃない。だってあの人は」
「死んではいないよ。仮死状態なだけだ」

 先程からあや達には何を言っているのか分からない。

「ねえから姉。何の話をしてるの」

 あやの言葉は聞こえているはずだが真由美は顔を逸らして何も話してくれない。

「子の過去は遠慮なく覗くと言うのに自分のこととなると黙りこくるのか」
「なっ。そんな言い方!」
「事実だろう」

 あやは口を閉ざしてしまう。否定したいが間違ったことを言われてはいないのだ。

「だがそちらには百目がいるだろう。ばれなかったのか」
「さあ。あの子にも見る見ないの自由はあるわ」
「そう。折角家族を死ぬ気で守っているのに妖にも人ならざる者と見られているのか。可哀想な女だ」

 魔姫は里奈を軽蔑の目で見た後、氷河の方を向いた。

「もう行こう。あまり長居はしたくない」
「ああ」

 黒獣が獣の姿から大きな影となって紫と魔姫を包んでいった。

「魔姫!」

 再度里奈の方を向いた魔姫は小さく口を開いた。

「さようなら、里子様・・・

 魔姫の姿が消え、後ろを振り返ると氷河とアイラの姿もなかった。

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