乙女よ。その扉を開け

雪桃

人形には慈悲など無い

 紫がもう何も考えられずただそこに突っ立っているとアイラが瞬時に鎖を首に巻き付けて転びそうになる程強く引っ張った。

「いっ」
「さっさと来なさい。前にできなかった分まで可愛がってあげるから」
「ふん」

 茜の視線も気にせずにアイラは紫を連れていってしまった。
 奴隷部屋――アイラの仕事場は地下にあり、一気に瞬間移動されたせいで紫は軽く目眩を起こした。

「紫。あんた何でもするって言ってたわね」
「うぅ。え?」
「いくら切羽詰まったとしても敵に対してそんなこと言っちゃ駄目よ」

 入った所には拷問道具と思われるものは一切無く、浴槽だけが目に映った。

「何ここ」
「お風呂よ。見たら分かるでしょ」
「何で」
「汚いお人形で遊びたくないでしょ」

 アイラは紫に目隠しをして蛇口をひねった。

「お前な。移動するなら俺も連れてけ……って何してんだ」
「ああ秀。紫の服脱がせておいて」
「はあ?」

 目隠しされながら立っているせいでよろめいている紫を支えながら秀は怪訝な声を出す。

「だってそんな血やら何やらの服でお風呂入ったって綺麗になんないでしょ」
「そういうことは同性同士でやれよ」
「嫌よ。なら下着だけにして。その子つるぺったんだから女として見る気は無いわ」
「お前は今度デリカシーを学べ。悪いな紫」

 秀は紫を拘束して血で汚れた制服を脱がしてやった。
 白のノースリーブシャツと腿の四分の一までしか無い黒スパッツだけの姿になった紫は歯をカチカチ鳴らす。

「寒い」
「もう冬だもんな。見てるこっちも寒いよ。で、そうだと言うのに何をやってるんだお前は」
「何回言わせるの。お・ふ・ろ」
「風呂、ね」

 湯の音とは違うような不規則なボチャボチャという音が紫の耳に入る。

「紫、覚悟しとけよ。体が強くないとお前でもショック死するかもな」
「?」
「終わったわよ。貸しなさい」

 鎖を引っ張られる。

「目隠しは?」
「取るわよ」

 布を取り去られて光に目を慣らそうとしている紫は次の瞬間浴槽に頭から突き落とされていた。

「っぐ。がほっ!」

 アイラのことであるから水責めされるとは思っていた。しかしそれ所では無かったのだ。

「あぐっゲホッ!」
「秀の言うこと聞いてなかったの? 覚悟しとけって」
「普通考えねえよ。海水の氷風呂だなんて」

 そう。アイラが入れていたのは海水と氷だった。その激しい冷たさに呼吸を止めようにも止められない。

「海水だから飲むと倍以上苦しいの。頑張ってね~っと!」

 アイラは息を整えていた紫に慈悲を与えずに引っ張っていた鎖を放し、足で紫の体を沈めた。
 一つ一つが大きい氷が紫を押し込め、アイラからの圧力で鼻からも水が入ってきてすぐに息を吐き出してしまう。

「がっあっ!」
「ちゃんと息継ぎしないと。まだまだ続けるわよ」

 最初より休憩時間が短くなったせいで水中の中でも先程より苦しさが増した。

(無理! 無理! 死ぬ!!)

 一際心臓が大きく鳴った後、紫は暴れるのを止めた。

「あれ?」

 急に動かなくなった紫に向かってアイラは呆けた声を出す。そのまま鎖を引っ張って紫を起こす。

「あ」
「だから加減を学べって毎回言ってんだよ」

 寒さのせいで紫の唇は紫色に変色しており、白目を剥いたまま紫は声も出さず痙攣している。

「神だからもっと頑丈かと思ったのよ」
「本当にほっといたら殺しかねないなこいつ」

 秀はアイラに聞こえないようにこっそり溜息を吐いた。

「まあ水責めはこれくらいにしとこ。秀、着替え持ってくるから見張ってて」
「はいはい」

 久し振りに最高の玩具で遊べたことが嬉しいのかアイラは鼻歌をしながら部屋を出ていった。

「ふう」

 秀は紫の瞼を閉ざした。

「俺は別にお前に恨みは無いんだけどな。アイラを怒らせるのは嫌だから付き合ってくれよ紫」

 せめてもの情けなのか秀は異能を使い、紫の体から極度な冷えの感覚を無にさせた。
 数分後、アイラは張り付いたシャツやスパッツを脱がせて紫を裸にした。

「だから俺の前でやんな」
「どうせ抵抗しないわ」

 裸になった紫にアイラは半袖の麻のワンピースを着せて別の場所へ歩いていく。

「今度はどこに行くんだ」
「流石に海水浴びせたままにしたら叫ぶものも叫ばなくなるから暖めるのよ」
「暖める……次元が違うだろ」



 パチパチと紫の耳に軽快な音が響く。

(なんの音?)

 頭に血が上って鼻が痛い。
 先程までは冷たい水の中で暴れ回って気絶したが、目が覚めたのか。
 それよりも足が熱い気がする。いや、本当に熱い。

「――――っ!」
「あ、起きた。じゃあもう少し火力強めてもいっか」

 目の前にはやはりアイラが。紫は十字架に縛り付けられており足の辺りは焚き火で火が燃え盛っていた。
 紫の足を焼くほど。

「ひっ!!」
「悲鳴上げるならもっと大きい声で啼きなさいよ。はいはい暴れなーい。大丈夫。下半身まで到達する頃には止めてあげるから。そうでないと死んじゃうし」

 そう言った後、アイラはそうだと蝋燭を二本持ってきて紫の腕に固定した。

「下半身が燃えてる間上半身はお留守だからね」

 アイラは固定された蝋燭にライターを近づける。

「人間燭台器って言う言葉があったらきっとこういうことだろうね。じゃあ秀今度も見張ってて。ちょっと仕事しなきゃなんないから」
「火が尽きたらどうすんだ」
「動けないだろうから十字架から外してそのままにしておけば良いよ」

 相変わらず楽しそうにアイラは部屋を出ていく。

(俺だって仕事残ってんだけどな)
「……けて」
「うん?」

 秀なら助けてくれると思ったのか、はたまた痛みに我を忘れてしまったのか。
 紫は顔から大量の汗と涙を流しながら秀に懇願した。

「たす、けて。これど、けて。あつい、あづい」
「…………」

『助けて、兄さん』

 ギリ、と秀は奥歯を噛み締める。

「どけられないさ。精々耐えろ、紫」

 助けて――

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