乙女よ。その扉を開け
依頼
白髪混じりの初老の男性が玄関口に立っていた。
「も、申し訳ございません。
い、今少し立て込んでおりましてお客さ……依頼人様にご迷惑を」
「別に良い。
それより早く依頼を受諾して欲しいのだが」
「あ、はい。こ、こちらです」
紫と男性は足早に部屋へ向かう。
「そ、それでは」
「うむ。私の名は相模当道。
しがない会社員だ。
今日の依頼は近隣のトラブル……の手助けなのだが」
「手助けですか?」
ああ、と当道は頷く。
「私の家の近くには大型病院があってね。
隣の夫婦が……夫の方と友人なのだが。
それが最近認知症の傾向が出てきて、まあ察しているだろうが」
夫の方は病院に行かない。
妻の方は行かせようとしている。そんなところか。
「どうして行きたくないんでしょう」
「自分は認知症では無いと言い張りたいのだろうがそれだけだとは思えんでな。
もしや病院に悪い噂でも流れているのかと思ったのだが何分こんな老いぼれがこそこそしていたら怪しまれるだろう。
それ故ここに頼みに来たのだ」
「成程。
それでは社長に問い合わせてみますので病院名を教えてもらえますか?」
「白川総合病院だ」
「はい、しらか……え? あの、もう一回?」
「ん? 白川……白いに流れる川で白川だ」
いや漢字が分からなかったのでは無くて――
「そ、それでは少々お待ちください」
外に出て扉を閉める。
(いや、白川なんてそんなに珍しくないし近所に二つ同じ名字がいても………ね?)
「ええそうよ。その病院はしんとまさの実家」
「あ、やっぱり……」
だろうと思いました。はい。
「白川病院か。
怪しい所では無いのだけれど……その……」
里奈は何故かしんの方を見て渋面をしている。
大半は仕事に出掛けたのだろうがあさ――病み上がりの為外出禁止なのである。
そしてへ無闇に外に出すと数日帰ってこないらしい錬。
医務室にはまさ――流石に体力の使い過ぎで真由美に休めと言われたそう――がいる。
「あさと錬は………でもしんは……まさを連れていくのも……」
「………社長。俺が行きます」
里奈の途切れ途切れの言葉に首を傾げている紫の隣にしんは立って言った。
「いやでもあなた」
「まだ新入りのゆかを一人にはしておけませんし。
いつマフィアが来るか分からないのにあさも連れていけません」
「………分かったわ。気をつけてね二人とも」
紫は疑問で頭を抱えながら当道を呼び病院に向かった。
夏真っ盛りで太陽も余すこと無く照っている。
「暑い……」
半袖にショートパンツ姿でも死にそうな程の暑さだ。
それなのに少し前を歩いている当道は厚手のスーツ姿で汗一つかいていない。
「なんで平気なんでしょうか」
「さあ。
営業や仕事上で慣れているんじゃないかな」
隣を歩いているしんが答える。
(これなら熱中症患者も増えて病院も大変なんじゃ)
「しん。
そこが実家って跡継ぎとかどうなんですか?
勉強とかも……」
「ゆか」
しんの声が急に低くなる。
紫は話すのを止めた。
「ごめん。あまりその話に触れないでくれないか。
……家族の話はされたくない」
「…………すみません」
紫はあさのことを思い出す。
兄を殺しかけてしまった。
家族に捨てられ自らを異質と考えた。
そんなことがこの人達にもあるのだろうか。
しんの背中がひどく遠くに感じた。
到着。
紫はその建物に目を奪われた。
「…………病院?」
「病院だ」
(大き過ぎじゃ? 探偵社のビルの何倍だろ……)
紫は病院が嫌いだ。
何というか寂しい雰囲気が不安気なのだ。
しかし玄関口からして一言で言うなら明るい――明る過ぎやしないかと思うくらいに。
「柊殿。それでは……」
「あ、はい! 
何かあったら連絡させていただきます」
当道は小さく会釈をして来た道を戻っていった。
「あの人は付いて来ないのか?」
「老いぼれがうろうろするのは怪しいって」
「ふーん……」
何かが腑に落ちないのか曖昧な返事をしんはした。
「えっと……じ、じゃあ行きましょうか?」
「そうだね」
二人は院内に入る。
外見に負けないくらい内面も華やか(?)だ。
「えっと……凄いですね」
「うん」
「その……調査って具体的に何をすれば」
「内科が一番よく使われる所だからね。
お金持ってる?」
一応必需品は備えているが――
「擬似ですか……ひゃっ」
急に首に手を当てられた紫はビクリと体を震わせた。
「半分半分だね。
重くはないけど微かに喉が枯れてるし悪化する前に診てもらった方が良い」
「え!? そんな感じはありませんけど」
「暑さで鈍感になってるんだよ。
夏風邪はほっとくと長引くからね」
受付に行き、待合室へ向かう。
搬送は無さそうだが具合が悪いのか人は混み合っている。
「これだけ混んでたら手早く終わらせてしまえそうですね。
調査できるかな……」
「俺が見てるからゆかは検診をして、患者に対する態度を見れば良いよ」
しんの雰囲気が幾分柔らかくなる。
(仕事の話をすれば落ち着くのかな)
でも家族と言えばまさは双子のお兄さんなのにそこは平気なのだろうか。
そんなことを思っているとアナウンスで呼び出される。
「あ、呼ばれ…………」
――そういえば内科とは聴診器の“あの場所”では無かったか?
「つ、付いて来るんですよね?」
「………………」
見ないようにするという目線を送られた。
やはり少しの間だけでもあさを連れてくれば良かったと思う紫であった。
「も、申し訳ございません。
い、今少し立て込んでおりましてお客さ……依頼人様にご迷惑を」
「別に良い。
それより早く依頼を受諾して欲しいのだが」
「あ、はい。こ、こちらです」
紫と男性は足早に部屋へ向かう。
「そ、それでは」
「うむ。私の名は相模当道。
しがない会社員だ。
今日の依頼は近隣のトラブル……の手助けなのだが」
「手助けですか?」
ああ、と当道は頷く。
「私の家の近くには大型病院があってね。
隣の夫婦が……夫の方と友人なのだが。
それが最近認知症の傾向が出てきて、まあ察しているだろうが」
夫の方は病院に行かない。
妻の方は行かせようとしている。そんなところか。
「どうして行きたくないんでしょう」
「自分は認知症では無いと言い張りたいのだろうがそれだけだとは思えんでな。
もしや病院に悪い噂でも流れているのかと思ったのだが何分こんな老いぼれがこそこそしていたら怪しまれるだろう。
それ故ここに頼みに来たのだ」
「成程。
それでは社長に問い合わせてみますので病院名を教えてもらえますか?」
「白川総合病院だ」
「はい、しらか……え? あの、もう一回?」
「ん? 白川……白いに流れる川で白川だ」
いや漢字が分からなかったのでは無くて――
「そ、それでは少々お待ちください」
外に出て扉を閉める。
(いや、白川なんてそんなに珍しくないし近所に二つ同じ名字がいても………ね?)
「ええそうよ。その病院はしんとまさの実家」
「あ、やっぱり……」
だろうと思いました。はい。
「白川病院か。
怪しい所では無いのだけれど……その……」
里奈は何故かしんの方を見て渋面をしている。
大半は仕事に出掛けたのだろうがあさ――病み上がりの為外出禁止なのである。
そしてへ無闇に外に出すと数日帰ってこないらしい錬。
医務室にはまさ――流石に体力の使い過ぎで真由美に休めと言われたそう――がいる。
「あさと錬は………でもしんは……まさを連れていくのも……」
「………社長。俺が行きます」
里奈の途切れ途切れの言葉に首を傾げている紫の隣にしんは立って言った。
「いやでもあなた」
「まだ新入りのゆかを一人にはしておけませんし。
いつマフィアが来るか分からないのにあさも連れていけません」
「………分かったわ。気をつけてね二人とも」
紫は疑問で頭を抱えながら当道を呼び病院に向かった。
夏真っ盛りで太陽も余すこと無く照っている。
「暑い……」
半袖にショートパンツ姿でも死にそうな程の暑さだ。
それなのに少し前を歩いている当道は厚手のスーツ姿で汗一つかいていない。
「なんで平気なんでしょうか」
「さあ。
営業や仕事上で慣れているんじゃないかな」
隣を歩いているしんが答える。
(これなら熱中症患者も増えて病院も大変なんじゃ)
「しん。
そこが実家って跡継ぎとかどうなんですか?
勉強とかも……」
「ゆか」
しんの声が急に低くなる。
紫は話すのを止めた。
「ごめん。あまりその話に触れないでくれないか。
……家族の話はされたくない」
「…………すみません」
紫はあさのことを思い出す。
兄を殺しかけてしまった。
家族に捨てられ自らを異質と考えた。
そんなことがこの人達にもあるのだろうか。
しんの背中がひどく遠くに感じた。
到着。
紫はその建物に目を奪われた。
「…………病院?」
「病院だ」
(大き過ぎじゃ? 探偵社のビルの何倍だろ……)
紫は病院が嫌いだ。
何というか寂しい雰囲気が不安気なのだ。
しかし玄関口からして一言で言うなら明るい――明る過ぎやしないかと思うくらいに。
「柊殿。それでは……」
「あ、はい! 
何かあったら連絡させていただきます」
当道は小さく会釈をして来た道を戻っていった。
「あの人は付いて来ないのか?」
「老いぼれがうろうろするのは怪しいって」
「ふーん……」
何かが腑に落ちないのか曖昧な返事をしんはした。
「えっと……じ、じゃあ行きましょうか?」
「そうだね」
二人は院内に入る。
外見に負けないくらい内面も華やか(?)だ。
「えっと……凄いですね」
「うん」
「その……調査って具体的に何をすれば」
「内科が一番よく使われる所だからね。
お金持ってる?」
一応必需品は備えているが――
「擬似ですか……ひゃっ」
急に首に手を当てられた紫はビクリと体を震わせた。
「半分半分だね。
重くはないけど微かに喉が枯れてるし悪化する前に診てもらった方が良い」
「え!? そんな感じはありませんけど」
「暑さで鈍感になってるんだよ。
夏風邪はほっとくと長引くからね」
受付に行き、待合室へ向かう。
搬送は無さそうだが具合が悪いのか人は混み合っている。
「これだけ混んでたら手早く終わらせてしまえそうですね。
調査できるかな……」
「俺が見てるからゆかは検診をして、患者に対する態度を見れば良いよ」
しんの雰囲気が幾分柔らかくなる。
(仕事の話をすれば落ち着くのかな)
でも家族と言えばまさは双子のお兄さんなのにそこは平気なのだろうか。
そんなことを思っているとアナウンスで呼び出される。
「あ、呼ばれ…………」
――そういえば内科とは聴診器の“あの場所”では無かったか?
「つ、付いて来るんですよね?」
「………………」
見ないようにするという目線を送られた。
やはり少しの間だけでもあさを連れてくれば良かったと思う紫であった。
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