乙女よ。その扉を開け

雪桃

戻れない道へ

 里奈は宙を見た。

「ちょっと社長! ぼーっとしないで今戦い中! 」

 ひなみとの戦いに集中しているあやの方を見た。

「あや悪い。嫌な予感がする。後は任せた」
「え? ちょ……社長のバカーー!」

 里奈は地下牢へ急いだ。

(ゆか……まさか! )







「アハ……フフフ……フフ」

 紫の声なのに、体なのに、顔なのに……おかしい。
 紫はこんな狂気な目をしていない。
 血を見て喜ばない。
 獣の首を片手でちぎれない。

 これは…………

「破壊神」

 魔姫も嘲笑を止め、豹変する紫に視線をやった。

「ハ、カイ……フフ……コワス……ミンナ」
「お前は小娘の中に入っている神なのかい。
 本来のその体の持ち主と全く逆のことを言っている」
「モチ……ヌシ……カミ……ハカイ」

 人形のように片足でぴょんぴょんと魔姫の方へ向かっていった。

「……面白い、神同士で争おうということかい。
 黒獣神!」

 何体もの獣が一斉に紫に襲いかかった。

「……アハ」

 紫は片足をバネにして獣を避け続けた。

「……シ、ネ」

 その一言で獣の体はバラバラに砕け散り、血の雨が降った。

「アハハハハハハ!!」
「うえ…………」

 ひよが口に手を当て血を避けるためにしんの方へ向かった。

「しん。ゆかはどうしちゃったのでしょうか」
「何らかの原因で破壊神の引き金が引かれてしまったんだよ。
 皮肉だけどあの魔姫って人に任せるしか無い」
「シネシネ……シネ!!」

 血でぐちゃぐちゃになっても紫は攻撃を止めない。

「アハ、ハハハ……ハハハハ!!」
「……その笑い声は気に食わないね。
 破壊神こっちに来なさい」

 標的ターゲットを見つけた紫は魔姫の方へ寄っていきその体を貫いた。

「う……っ。
 ひっかかった……」

 貫いている手を掴み、動きを止めるとそのまま珠を獣に食わせた。

「ア……」

 狂気が蠢いていた赤黒い眼が黒目に変わり異能力が消えていった。

「時雨の化」

 気づいた時には紫は魔姫の体を貫いておらず、里奈に抱えられていた。

「……里奈」
「「社長!」」

 いつの間にいたのか分からないが時を操れるのなら気づかなくても当然だろう。

「一応暴走を止めてやったのにお礼もなしかい」
「暴走の原因はどこのどいつだ」

 意識を失っている紫をしんに預け里奈は魔姫を真正面から睨みつけた。

「まあ良い。今日は偵察が目的だ。見逃してやるさ。
 だが……」

 言葉を切って魔姫は殺気をたたせた。

「次は無いと思え。里奈」

 魔姫の姿は闇に消えていった。



 オマエヲノットル

 そんな声がどこからか聞こえてきた。

 ダケドマダハヤイ。
 オマエガモット――モットセカイニゼツボウシタラ。
 ソシタラ

      コ         ロ         シ           テ            ヤ           ル


 体がビクリと痙攣して目を見開くと真っ白なタイル張りの天井が目に入った。

「………………?」
「目、覚めた?」

 声のする方に目だけ向けるとまさが紫の顔を覗きこんでいた。

「ま、さ……私、は……うっ」

 思い切りむせて、言葉が続かなかった。
 そんな紫にまさは水を差し出す。

「ゆか飲んで。
 二日寝てたから……急に喋っちゃ駄目」

 支えられてゆっくり水を飲みながら紫は何が起こったのか考えた。

(マフィアに連れてかれて牢に入れられて幹部って言ってた魔姫に会って足を食べられて……)

 左足!!
 コップが倒れるのもお構い無しに掛け布団を取った。

「私の足……左足は」
「あるよ。
 君の異能には治癒能力もあって……首と心臓以外は再生する」

 コップを拾い上げて紫をもう一度寝かせ、布団を掛け直すとじーっと紫を見つめた。

「覚えてる?」
「何を……」
「破壊神が暴走したこと」

 顔色を変えずに言うまさを紫は凝視した。

(ぼ、暴走?
  え、だってひよちゃん達が来て……それで)

 記憶が続かない。

「ゆかはひよ達を庇うように破壊神を呼び出した。
 でもその力を抑えきれなくて……獣を」
「殺……したんですか?」

 こくりと頷くまさを見てから自分の手を見つめた。
 ほとんど肌色で面影も無い……と、思っていたのに

「…………………っ!」

 落ちきれなかったのか、指先に血の跡やぼんやりと内臓を掴み取った気持ち悪い感触が残っている。

「……ひっ……はっはっ」

 パニックになり過呼吸に陥る紫の背中をまさは撫でた。

「落ち着いてゆか。
 殺したと言ってもほとんど幻のようなものだから」
「そ、それ、でも……それでも」
「ゆか」

 まさはゆかの言葉を制し、諌めた。

「誤ちを犯してしまったのなら……そうならないように努力すれば良い」

 背中に置いていた手を頭に乗せた。

「……君はまだ“こっち”に来てないんだから」
「え?」
「……ううん。何でも無いよ」

 まさは立ち上がり外へ出て行こうとした。

「あ、そうだ。
 今日は月曜だから社長は学校にいるよ。
 帰ってきてから色々話があるらしいから」

 それだけ言って出ていった。

(……何でまさはここにいるんだろう?)

 紫は首を傾げてからまさの言っていた言葉を思い出した。

「こっちって言ってたような。こっちってどこ?」

 この時の紫にはまだ分からなかった。
 探偵社に巣食う無数の闇を。
 『こちら側』を







 ドタドタと鳴る音で紫は目を覚ました。

(あれ……いつの間に寝て……)
「ゆか!!」

 壊れそうな勢いでドアが開き、里奈が入って来た。

「せんせ……社長?」
「無事? 痛いところは? これ何本に見える?」
「さ、三本」

 顔がくっついてしまいそうな程の距離で問い詰めてくる里奈に少なからずたじろいだ。

「里奈。
 ゆかがびっくりしてるから。
 ちょっと離れてあげなよ」

 後から真由美が入って来て里奈に苦笑した。

「無事? ゆか」
「は、はい。おかげさまで。ちょっと眠いですけど」

 ようやく離れた里奈は軽く溜息を吐いた。

「異能を一時的に急に出すと疲労が強くなるの。
 ひよやまさが例ね。
 私はあなたに“こちら”を知らせたくない。
 けれどここまで来てしまったのなら……マフィアに狙われてしまったのならもう後戻りは出来ない。
 探偵社に入りなさい、ゆか」

 一週間という忙しない日が過ぎ五月十六日。
 紫の人生が一変する事件が起きたのだった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品