乙女よ。その扉を開け

雪桃

裏切り

 廃墟と化している瓦礫だらけの古いビル。そこに複数人の影が現れた。

魔姫まき様。破壊神が見つかりました」

 魔姫と呼ばれた女は薄気味悪い笑みを浮かべた。

「場所は?」
「城探偵事務所です」
「異能探偵共か……面白い」

 魔姫は立ち上がり報告した男と周りにいる部下達に命令した。

「破壊神を捕まえてこい。皆殺しもしたいが今は偵察だけでいいな……この任務はあいつらに任せる」

 そう言うと何も見えないほど暗い闇に溶け込んでいった。





「聞いてくださいよ皆さん!」

 5-1で紫は五人に向かって愚痴を並べ始めた。

「今日古文があったのですけどね。何か急に抜き打ちテストだって言われて頭真っ白になったんですよ。それで全然解けなかったんですよ、勿論。そしたら先生が見下すような目でこっちを見てきて。しかも点数までばらしたんですよ。最低です! 体罰です!」
「桜場のこと言ってんでしょ? あの男ならそういう奴だって覚えとけ。私も言われたから大丈夫よ」
(何のフォローにもなってない!)

 というか相槌は打ってもほとんど話を聞く体制になっていないことから絶対馬耳東風状態だろう。

「そんなことよりあんたそろそろ決めた方が良いんじゃない?」
「決める?」
「探偵社で働くかどうか」

 お試し期間が始まってから今日で五日目。明後日には答えを出さないといけない事態だ。

 探偵社にいると楽しいし仕事も面白そう。だが自分がやるのと見るのとでは大違いだ。それに異能も使いこなせないのなら役に立てない。

「……まあいいじゃん今はまだ。考えときなって」

 落ち込むように俯いている紫を励ますようにあやが背中を軽く叩いた。

『あやの親は亡くなっている』

 ひよに言われたその言葉が紫の脳に突き刺さる

「あや……」
「ん?」

 寂しくないの? あやの緋色の目の奥を紫はじっと見た。

「いいえ、何でも無いです」

 紫は出かけた言葉を飲み込んだ。

(こんなこという必要無い……よね)






「おはよう紫。どしたの眉間に皺なんか寄せて」

 ひなみが眉間に皺を寄せて何やら考え込んでいる紫の顔を覗き込んだ。

「ああおはようひなみ。ちょっと頭痛くてね」

 あやは考えとけと言ってくれたがもう残すところ一日だ。

(今の状態じゃ決められない。異能者となるか普通の一般人に戻るか。でも秘密は知ってしまったし……)
「ちょっと紫聞いてる?」
「え? あ、ごめん何?」

 ひなみは呆れたように溜息を吐いた。

「昼休みに体育倉庫に行って欲しいの。先生に頼まれたんだけど今日用事が出来て行けなくなっちゃって……暇でしょ?」
「暇だけど」
(今それどころじゃない……って言ったら問い詰められるんだろうな)
「分かった。いいよ」

 紫はひなみからメモ用紙を受け取った。








 昼休み。ひなみは用事があると言われていた場所へ行ってしまう。一人で昼食を食べるのも寂しいので先に倉庫へ向かった。

(えーとテニスの羽とラケット……)

 倉庫は薄暗く、足元にも部活の道具が転がっている。探すのは軽く難しかった。

(あ、あそこかな?)

 それらしき影を見つける。そこへ足を進めようとした時、スイッチを入れるような音が入口から響いた。
 誰か来たのかと思い、後ろを向く。すると背の高い女性が拳銃を構え向けていた。

「え?」
「破壊神……捕獲」

 引き金が引かれ、弾丸が紫の足を打ち抜いた。

「あ……あああ!」

 今までに感じたことのな激痛。紫は我を忘れて叫んだ。彼女が絶叫した瞬間、学校の窓ガラスや扉にヒビが入る。
 間を置かずに校舎中がガラスが割れる音で響き渡った。







 教室中が悲鳴に塗れた中であやは外の体育倉庫を見続けた。

「あや。これってまさか……」

 やまが近づきあやに言う。

「ええ……これはどう考えたって異能の仕業。ゆかに何かあったんだ」






 息を荒くしながら紫は赤黒く光り始めた目で女を睨んだ。

「……あなた……誰なの……?」

 女性は冷ややかに紫を見下ろした。

「破壊神の力は本当に脅威ね」
「……答、え……て……」
「私の名は高堂こうどうあかね。マフィアの一人とでも覚えておけば良いわ」
(マフィアって確か……異能者を奴隷として売り飛ばしている)
「あなたにはマフィアの一人になってもらうわ。兵器として」
「……っ。兵器ってなに……あんた達の言う通りになんか」
「なるわ。きっとね」

 貫かれた痛みでも冷静に話す紫。その様子を見て、茜は再び紫の足に拳銃を向ける。

「茜。あまり傷つけないで」

 鋭い声が響き渡り拳銃を遮った。

「この子を連れてくるなら傷ついてても構わないと言われたわ」
「それでも一応・・私の友達なのよ。苦しませるために呼んだわけじゃない」

 涙でぼやける目を駆使して茜達を見る。

「……ひ、なみ?」

 目の前にいたのは何年も見知っている顔立ち。ひなみは言葉を失っている紫の方へ向かい跪いた。

「ごめん紫。騙してたんだよ私。でも大丈夫。あなたはマフィアとして味方になるんだから」

 紫が口を開く前に布を当て、気を失わせた。倒れ込んだ紫を抱きかかえて二人は外に出ようとする。

「どこに行く気?」

 目の前にはあやとやまが行く手を阻んでいた。

「探偵社!」

 茜が拳銃を構え、すかさず撃ったが弾は炎で溶かされ当たらなかった。

「異能探偵が何の用かしら。私達は紫を連れに来ただけ。赤の他人には関係のないこと」
「赤の他人? 笑わせんじゃないわよマフィア共」

 後ろの方から声がして見ると里奈が怒りを隠さずにそこに立っていた。

「その子は探偵社の部下、それに私の教え子よ。赤の他人はあんた達の方でしょ犯罪者」
「犯罪者……教え子……その言葉をあなたが使えるんですか。紫のことだってただマフィアに対抗するための兵器として考えてたんでしょ。
 それなら私達と同様……」
「てめえらと一緒にすんじゃねえよ!!」

 あやとやまが異能を出そうと珠を具現化させたら時だった。

「はいはい。乱闘は危ないね」

 黒い獣が里奈の横を抜けてあや達の珠を食らった。

「は?」

 呆然とする二人と舌打ちをした里奈の目の前に黒装束の一際魔力が高い女が現れた。

「魔姫!」

 里奈が二人を後ろに引っ張る。

「あら久しぶり里奈。教え子さんはこれからあなたの敵となってしまうね。どう? 仲間を盗られる気持ちは」

 嘲るような目で魔姫はこちらを見下ろす。

「何を馬鹿なことを言っているのかしら。ゆかは敵になんかならないし、あんた達に渡す気もないわ」

 里奈は珠を呼び出した。

「血が上って忘れたのか?」

 闇のように黒い珠が魔姫の前で創造される。

「私もアビリティーキラーだってことを」

 二体の黒獣が球から現れ、里奈に襲いかかった。

「社長!!」

 あやが覆いかぶさって何とか攻撃を逃れる。
 だがそこにはマフィアの姿はなく静寂だけが戻っていた。

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