乙女よ。その扉を開け

雪桃

城探偵事務所

 翌々日。
 日曜日にも関わらず紫は六時三十分に起きた。
 明後日まで待ってくれと言われ、もどかしい思いはしていたが一日中悩み続けていたせいか、ぐっすりと眠り込んでいた。
 なので一応全快だ。

「社長……解雇……異能者」

 意味も無く呟いてみた。
 学生には聞きなれない単語ばかりだ。
 私服に着替え里奈に渡されたメモを取った。

『東京都板橋区・じょう探偵事務所・山手線目白駅から徒歩十分』

 ここからだと四十分程度の場所だ。

(早く行ったら迷惑だろうしもうちょっと待とうかな)

 怪しまれないように母には友達と遊びに行くと言っておいた。

「一昨日変なこと言ってたけどそれについては大丈夫なの?
 何か家に帰ったのがどうとかこうとか」
「うっ……そ、それは……そう! 手違いだよ!
  ぼーっとしてたんだよね~私」

 曖昧に笑顔を作って逃げ出すように家を飛び出した。

(そ、そういえばそれからお母さんと話してなかったんだ。色々とあったから忘れてた!)

 とにかく家を出てしまったからには仕方がない。
 今から事務所に行けば十時三十分には着くだろう。





 探偵事務所は普通の目立たない質素な四階建てのビルだった。
 特徴と言ったら窓に大きく探偵事務所と書かれているくらいだ。
 だがうじうじしていても仕方ない。
 思い切って紫はドアを引いた。

「ご、ごめんくださーい。
 ひ、柊紫と言うものですが」

 一階には何もなく、小さな蛍光灯と二階に続く階段だけが紫の目に映った。

「あの……誰かいませんかー?」

 古びているのかギシギシ言っている木の床の上でウロウロしていると
 バキッ!!
 と音がした。

「……え? えええええ!?
  ご、ごごごごめんなさい! 
 ど、どうしたら元に……ってあれ?」

 紫が足下を見ても穴は空いてなかった。
 では今の不吉な音は一体何だったのか……と、前を向いた時だった。

「死ねーーーー!」

 上に行くための階段から少女に続いて机が降ってきた。

「…………」

 今起こったことを理解しようと思考をフル回転させた。
 まず階段から飛び降りてきた少女はすぐにわかった。

「せ、先輩! 秦先輩!」
「ん? あ、紫ちゃん。おはよう」

 あやが紫の方へ向かおうとした時、階段からもう一つの影があやを吹っ飛ばした。

「ちょ……てめえあさ! 
 顔面蹴んじゃねえよ。首ちぎれるわ!」
「ちぎれてしまえこの放火娘! 
 私の髪燃やしやがって!」

 あさはおおよそ成人男性でも持ち上げるのが難しそうな先程落ちてきた机を軽々と片手で持ち上げ振り回した。

「……うぇ?」
「ちょ……それは絶対死ぬから! 
 ねえ危ないって……あ」

 近づいてきた机をあやは弾き飛ばした。
 だがその方向が……

「え、ちょ……え?」

 紫はぎゅっと目を瞑って身構えた。

「………あれ?」

 覚悟していた痛みは……いや、それどころか何かが当たったような感触も無い。
 恐る恐る目を開けてみると目の前にはバラバラに砕け散った机の残骸がある。

「え、え? 何で? 先輩今何が起こっ……」
「……破壊神」

 あやがぼそりと呟いた。

「破壊の力って凄いわね。
 で、これは今どういう状況かな~?」

 階段から里奈が――目だけが笑っていない里奈があやとあさの首根っこを掴んだ。

「どうして机がこんなにボロボロになってるのかな~二人とも?」
「し、社長。
 こ、これはですねその~ちょっと事故っちゃって~……」

 里奈は手を拳固にして二人の頭に大きく振りかぶせた。

「公共の物を壊すんじゃない!! 何で毎日毎日物を破壊すのよあんたらは!」

 里奈の怒声に紫も怯んだ。

(ていうか先生ってもっと大人しかったはずじゃないの!? 
 こっちが素ってこと?)

「あ、そうだ柊さん!」

 里奈は思い出したように紫の方へ向き直った。

「放ってたわねごめんなさい。
 事務所は二階だから行きましょうか」
「あ、はい」

 里奈の後を紫は慌てて続いた。

「とりあえず私達は破片を拾いますか」
「ですな」




「いらっしゃい柊さん。
 ここが城探偵事務所の本部よ」

 そこには呪い道具の人形や悪魔を呼び出すような魔法陣……のような紫が思っていた物は一つも無く、いかにもふつ~うの事務所だった。

「異能者の割に普通~」

 里奈に図星をつかれたように紫はギクリとした。

「だ、だって昨日のことを思ったらそうもなるんです! 
 さっきの先輩方と言い……てか何で浅葱先輩は机振り回せてたんですか?」
「あああれね。
 後であの子達にはたっぷり絞られてもらうわ。
 それよりこっちに来て説明しちゃいましょうか」

 里奈に促されて紫は隣の部屋に移った。 
 そこも簡易的な普通の室内だ。

「……さて。じゃあ心の準備はいいかしら」
「は、はい!」

 里奈はすっと笑顔を消した。




 まず異能とは読んで字の如く異なる能力――全員が持ってる訳ではない特殊能力のことだ。

 数百年以上前。
 異能者とそれを持たない人間は共存していた。
 ある者は火。またある者は水を操り、他にも天災を操り被害を食い止めたりもした。
 異能者と言っても人間。
 それは誰しもが分かっていたことだ。

 だが良く思う者がいれば勿論悪く思う者だっている。
 後者の者は異能者を戦争に連れ出して無理矢理戦わせた。
 戦死する者や奴隷にされた者もいた。
 役立たずな異能者は魔女狩りのように火炙りや水責めで殺されもした。

 それでも生き残った者が子孫を残し今も数こそ少なくなってきているものの異能者は存在している。

 マフィアと言うのはそんな貴重な異能者を高値で売り払い奴隷としている集団のことだ。
 その脅威に対抗するものこそが異能探偵社――城探偵事務所だ。




「そしてここが建てられた」
「奴隷や戦争……先輩達が私をマフィアだと勘違いしたのは」
「学校にスパイがいるという噂があったの。
 特にあなたの能力は」

 里奈は紫を一度見た。

「わ、私の能力は?」
「あなたは破壊の能力である破壊神……“アビリティーキラー”とよばれているわ」
「アビリティー……キラー……能力の殺人者?」
「流石に高校生だから英語は分かってるわね。
 ねえ柊さん。
 どうして新上さんやお母さんには記憶が無かったのか分かる?」
「……………………」

 アビリティーキラー……能力殺し……

『記憶は貰ってくわね』
「あの時」

 紫は震える口を開いた。

「先輩は記憶を奪った。
 それなのに私は効いてない……いや効いてはいたけど私は……破壊した?」
「……正解よ」

 弱々しい笑みを里奈は浮かべた。
 里奈にとって異能は脅威でなくとも負担のかかる辛いものなのだろう。

「でもね柊さん。
 あなたが気づかなかったように、普通は誰も気づかないものなの。
 だから明日からはこのことを忘れて……容易では無いけれど……ただの女子高生に戻れるの。
 ここも探偵部ももう詮索なんてしないから」

 紫は動けなかった。
 異能を隠しておけばこれまで通り過ごせる。 
 それは喜ばしいはずなのに胸騒ぎがする。

「あの……先生……私は」
「社長大変です!」

 勢いよくドアが開かれ、あやが入ってきた。

「本部に人質を連れた爆弾魔が飛び込んで来ました!  社長を呼ばなければ爆破するって……」
「爆弾!?」

 里奈は軽く舌打ちをした。

「探偵事務所はよくそういう喧嘩を売られることが多いのよ。
 いつもは受け流しても何ともなく終えることが出来るわ。
 だけど人質もいるとなると話は別ね。
 柊さん、ちょっと付いてきて」

 本部の方へ行くと三十秒で止まっている爆弾と社長机に座って貧乏ゆすりをしている男。
 そして手首を縛られ口を布で封じられている恐怖で震えている女の子がいた。

「あの人……また来たのね」
「また?」

 隣にいたあやはこくりと頷いた。

「あの男は肥前ひぜんけい
 前も社長を殺そうとしたのよ。
 その時は異能で何とか食い止められたのだけれど今日はひよ……和田わだ日和ひよりが捕まっているから迂闊には手を出せないわね」
「か、彼女も異能者なんですか?」
「ええ。彼女は人の心を読むことが出来る“悟り”の能力よ。
 肥前はそこを狙ったのね」
「肥前!!」

 里奈は前に出て肥前に睨みを効かせた。

「おとなしく来てやったんだからひよを離しなさいよ」

 肥前ははっと乾いた声で笑った。

「お前の能力はもう知っている。
 時を操れる能力で俺が離した瞬間俺は負ける。
 城ヶ崎を殺すまではこいつを離さないし、異能を使うもんなら爆弾を起動させるしこの女もナイフで血まみれにしてやる」

 ナイフを走らせ日和の首に切れ筋が出来た。

「ゔーーーーーー!」
「止めろ!」
「くっくっ。さあどうする? 
 自分の命を捨てて事務所を守るかこの女の命を捨てて俺を倒すか」

 里奈は拳を握りしめた。
 自分を殺して満足するなら爆弾なんて用意しない。
 結局全員を殺すつもりだ。
 だが……

「だからと言って異能を使えばすぐひよは死ぬ。
 人間はどうしても社長の能力じゃ動かせないから。
 せいぜい爆弾を破壊するしか……」

 いつの間にか隣にいたあさが悔しげに呟いた。

「私たちも異能は使えるけどあいつはそれも知ってんでしょ」

 二人が思案している中で紫は思いついた。

『あなたは破壊の能力である破壊神』
「あの爆弾を壊すことは出来るでしょうか」

 紫の言葉に二人は瞠目した。

「私の破壊の力なら爆弾を壊せるし、先生も異能を使えるでしょう」
「た、確かに壊すことは可能だし一番手っ取り早いけどさ……コントロールが効いてない能力は危険過ぎるよ」

 暴走してしまうというより標的ターゲットに的中できるのかと言っているのだろう。
 正直成功する可能性はずっと低い。

「それでもゼロパーセントでは無いと信じたいんです。教えてください」
「「…………………」」

 二人は顔をしかめて見合わせた。

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