シニガミヒロイン

山本正純

大切な平穏

『突然男子高校生達が拉致され、1か月以内に遺体となった家族の元へ送り返されるという事件は、本当に終わったのでしょうか? 今回は1年と1週間に及び全国各地で起きた一連の事件を検証します』


閉鎖された警察病院の待合室に設置されたテレビでは、報道特別番組が始まっていた。赤城恵一が現実世界に戻ってきてから、6時間程が経過した。
大々的に取り上げられた事件に進展があったということで、各テレビ局は報道特別番組を始める。おそらく1日中やるつもりだろうと思いながら、恵一は検査を待った。


シニガミヒロインのメインコンピュータが停止したことで、恵一達はゲームの呪縛から解放された。幸いなことに、カセイデミル改でゲームオーバーになった9人の始末は済んでおらず、彼らも助かった。
動かないコンピュータの前で少年達が目を覚ますのと同じタイミングで、防護服を着た警察官が到着。警察官は用意したワクチンを男子高校生に打ち、念のため密閉されて布袋に入れて外部に運んだ。
解放された高校生の中に白井美緒という女子高生が混ざっていたことに、警察官達は驚いたが、美緒は咄嗟に説明した。拉致事件について調べていたら、自分も悪い人に捕まったと。
これは美緒なりの優しいウソだと恵一は思った。警察官は彼女の説明に納得したのか、他の男子高校生と同じ処置を施す。

『拉致された男子高校生達を解放した、プレイヤーYとは、何者だったのでしょうか?』


報道特別番組はいつの間にかプレイヤーYに関する話題になっていた。監禁場所に警察官を呼んだのはプレイヤーYらしい。プレイヤーYは、国際微生物研究所で作成しているウイルスのワクチンを24名分用意して、監禁場所に来いという奇妙な要求をした。そのおかげで恵一達は助かったのだ。また、昏睡状態の武藤達も目を覚まし、生存者は27名となった。


だが、少年達の命の恩人になった東郷深雪を含むデスゲームを運営していた人々は、警察が到着する前に姿を消した。犯人は誰一人捕まっていないのだ。
本物の椎名真紀は東郷深雪と共に死んだのか?
デスゲーム運営に関わった人々は、どこかで生きているのか?
嫌な疑問が少年の頭の中に巡る頃、白井美緒は女子トイレから帰る道中、達家玲央と出会った。
少女と向かい合った少年が頭を下げる。
「酷い事と言ってごめんなさい」
「えっと、何のこと?」
謝罪の理由が分からず、白井美緒は目を丸くしてしまう。すると、達家は顔を上げた。
「中田君は生きていたんだよ。警察病院に搬送されるって看護師から聞いた」
「本当?」
自分のせいで殺された中田の生存を知り、美緒は自分のことのように喜んだ。少女の笑顔を見た達家は謝罪を続ける。
「白井さんのせいで中田君が殺されたなんて、もう思わない。ごめんなさい。そしてありがとう。こうやって生きているのは、赤城君と白井さんのおかげだと思う」
「私と恵一は何もやってないよ」
両手を振り、白井美緒は否定した。そして彼女は達家玲央の向かい笑顔を見せた。
「達家君。ありがとうね。いいことおしえてくれて」
少女は笑顔で幼馴染の少年の元へ戻った。


そして、1か月後、全ての検査を終わらせた生存者達は揃って警察病院を退院する。こうして恵一達に平穏が戻った。


1人の少女は、28名の生存者が警察病院を退院した知らせをテレビのニュースで知った。
腰の高さまで伸びている後ろ髪。その髪の色は艶のある黒髪で、前髪が右の方向へと分けられている。そして一番の特徴は、可愛らしい二重瞼。
一連の事件に関わった少女は、ホテルの一室で彼らの安否を知り、ホッとした。
すると彼女が宿泊する部屋のドアがノックされ、そのままドアが開いた。それからぞろぞろと、黒いスーツを着た男達が室内に入ってくる。
少女はテレビのスイッチを切り、黒服の集団の中に混ざる女の顔を見た。
「公安調査庁長官、自らお出ましとは想定外でした。この度は色々とご協力ありがとうございます。例のウイルスを国際微生物研究所に提出。その他、情報操作をしていただき、助かりました」
「感謝しないといけないのは、私達の方よ。あなたのおかげで、平和的な恋愛シミュレーションゲームをデスゲームに変貌させた黒幕の尻尾を掴むことができたから。あなたに目を付けて正解だったわ」
集団に混ざった長官が頬を緩ませた後で、少女は尋ねる。
「ところで、あれはあなたたちの入れ知恵なの?」
「違うわ。あなたが教えてくれたアジトに調査員を向かわせたけど、既に爆破されていて、焼け残った現場から大量の遺体が発見されたのよ。多分デスゲームの運営に関わった人々は、全員爆死したんでしょうね。遺体の数及び身元は調査中」
的外れな答えを聞き、少女は首を横に振る。
「そうじゃなくて、バイオテロのことです」
「そっちのことなら、その通りね。バイオテロを実行しようとしているという情報を手に入れた私達は、ウイルスと睡眠ガスを入れ替えて、テロを阻止した。当然のことよね」
「でも、爆破事件はやり過ぎだと思います。仲間に頼んでおいた、事件の真実を伝える動画も投稿されていません。その件にもあなたたちが関わっているのですか?」
少女の発言を聞き、長官は不敵な笑みを浮かべる。
「最初から決まっていたことよ。国家のためなら、多少の犠牲は惜しまない。それに、もしもあの動画が投稿されていたら、あの震災の遺族がパッシングを受けるかもしれないわ。それだけは避けないといけないの。私はあの娘の母親でもあるのだから」
「一般人に被害が及ばないよう配慮したこととは感謝しますが、あなた達の正義は納得できません。まあ、この取引が終われば、自己保身をするあなたと会うことはなくなるのだから、議論なんて無意味だけど」
そう言いながら少女はUSBメモリを女に見せた。
『ご苦労様。そのデータがあれば完璧なテロ対策ができる』
ホテルの前に路上駐車された車のカーラジオから少女が接触している女の声が流れ、助手席に座る髪の長い少女は頬を緩ませた。
「もういいよ。空港に行って」
運転席に座る黒いスーツを着た男は頷き、車を走らせる。
「はい。椎名真紀様」

5分後、ホテルのチェックアウトを済ませた少女は、ホテルの入り口となる自動ドアの前で携帯電話を取り出した。それと同じタイミングで仲間から電話が掛かってくる。
電話を掛けて来た人物を確認した少女は、笑みを浮かべ、受話器を耳に当てた。
「はい。そろそろあなたから電話が掛かってくると思いました。報酬はちゃんと手に入れたよ。約束通り山分けしましょう」
そう言いながら少女は左手に持った銀色のアタッシュケースを見つめた。
「こちらこそありがとうございます。拉致する男子高校生のリストを改ざんして、あなたを潜り込ませて正解でした。岩田波留君」

その日の夜、桐谷凛太朗は絶叫した。いつものように部屋に籠り、恋愛シミュレーションゲームを楽しんでいると、突然誰かがドアをノックした。
「何?」
イラつきながら凛太朗は返事をする。その後で取り乱した顔付きの母親がドアを開けた。
「大変よ。警察から連絡があったんだけど、お父さんが交通事故に巻き込まれて亡くなったって」
母親と顔を合わせない少年はコントローラーのボタンを押すことができなかった。続けて母親は衝撃的な事実を口にする。
「お父さんの両親は既に他界している。さらにお父さんには兄弟がいない。だからお父さんの遺産は私達の物。10年前の震災で、あなたのお母さんと妹は亡くなったからね」
「妹なんていましたか?」
夫が亡くなったにも関わらず、すぐに遺産の話を始める母親に飽きれながら、首を傾げると、少年の母親は真実を告げた。
「覚えていないの? 13年くらい前のことだけど、お父さんと離婚した倉永さんは、あなたの妹を連れて生まれ育った福井県のある村に渡ったのね。それで10年前の震災で2人共亡くなった。あなたの妹の名は……」
母親から告げられた真実を聞いて、桐谷凛太朗は呟いた。
「まさかね」
ある疑惑を抱えながら、桐谷凛太朗はゲームをセーブして、母親と向き合った。

5月13日。水曜日。この日、赤城恵一は現実世界へ帰還してから初めて登校する。
いつもの時間にインターフォンが鳴り、ドアを開けると、セーラー服姿の白井美緒が立っていた。そんな彼女は、幼馴染の少年の変化に気が付く。
「おはよう。恵一にしては珍しいね。あんな事件に巻き込まれる前は、この時間帯でもパジャマ着ていたのに」
赤城恵一は学生服を着て、既に登校の準備を済ませていたのだ。彼は学習鞄を手にして玄関の前に姿を見せる。そして、玄関に鍵を掛け、迎えに来た少女と共に通学路を歩き始めた。


恵一は心の底から喜んだ。現実世界の通学路を美緒と一緒に歩くことができた。当たり前だったことが、あの事件の影響で奪われ、2人は離れ離れになった。だが、命を賭けたゲームが終わったことで、平穏が戻った。
少年の隣で白井美緒は彼と同じように喜び、笑顔を見せる
「またこうやって、恵一と一緒に学校に通えて嬉しいよ」
彼女の笑顔の中に、悲しみが隠されていると感じ取った恵一は、彼女に問いかける。
「もしかして真紀のことが心配なのか?」
「うん。友達の話だと、真紀は学校を辞めたみたいで、行方は誰も知らないの。あの事件の犯人達は誰も捕まっていないってニュースでやっていたから、真紀は……」
「絶交しないんだったら、真紀は生きているって信じろ。犯人が捕まってないっていうのは、警察の情報操作かもしれないだろう。あの事件の犯人が未成年だったって報道したら、マスコミは真紀のことを叩く。それを避けるためかもな」
優しいフォローを受けた美緒が首を縦に動かす。
「そうだよね。じゃあ、今週の土曜日、恵一と遊園地に行きたいな」
「えっ」
突然のことに恵一の思考は固まった。
「だから遊園地に行きたいの。あの時、私は恵一と一緒にいられなかったから、今度は2人きりで行きたい。ダメ?」
美緒からの頼み事を聞き、恵一の顔が一気に赤く染まる。
「それってデートか?」
「そのつもり……ってバカ」
白井美緒は赤面して、通学路を走り始めた。


命を賭けた恋愛シミュレーションデスゲームは、多くの人々の人生を狂わせた。しかし、ゲームの生存者は、当たり前の日常を取り戻している。

大切な平穏を心に刻みながら、赤城恵一は返事をするために、好きな人を追いかけた。


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