シニガミヒロイン

山本正純

3つのウソ

午後5時58分。約束の時間の2分前に赤城恵一は白井美緒と共に、悠久ランドの中央に位置する西洋風の城の前に到着した。
周りには椎名真紀の姿はない。ということは、先に入っているのか?
そう思った恵一は門扉を開けて、城の中に入る。


恵一の手で開かれた扉に白井美緒も続けて入る。扉の先は1分道の通路ができていて、その道を進んだ2人は異様な光景に辿り着く。
そこにあったのは、木造の2階建ての校舎だった。城の中のはずなのに、なぜ校舎があるのかと美緒が疑問に感じていると、恵一は校庭の中心にラブと椎名真紀が立っているのを見つけた。美緒と共に恵一は真紀の元へ駆け寄る。それと同じタイミングで、ラブは不気味な声を出した。
「2人を呼んだってことは、これが最終決戦って奴なのかな?」
「そう。これで最後の説得。無意味なデスゲームを終わらせて、今この遊園地内にいる現実世界から連れて来た人を、全員解放することが私達の要求」
「だから、そんな要求従うわけがないじゃない。わざわざ始まりの場所に呼び出して、何を言い出すかと思ったら、そんなことを言うなんて、時間を無駄にしたわ。こっちは新しいゲームの準備とかで忙しいんだよ」
「それって次のデスゲーム参加者の選出? 私の特殊能力のリミッターを解除したくらいだから、今回のカセイデミル改でプレイヤーを全滅させるのかと思ったからね」
図星を突かれたラブは、体を硬直させる。
「どうしてそれを?」
「分かるよ。あなたの考えていることくらいなら。ということで、ラストゲームを始めます。ラブが私達の要求に従ったら勝ち。逆に従わなかったら負け。私達が負ければ、この遊園地内にいるプレイヤーを全滅させても構わない。まあ、こっちのカードが届くまで、真相を明らかにしましょうか」
「そんなことをして何になる」
ラブが真紀の発言に食いついた。そして真紀はクスっと笑う。
「別にいいでしょう。ただ危険なデスゲームに巻き込まれて死にましたじゃあ、死んでも死にきれない。冥土の土産として話してもいいんじゃない? どうして恋愛シミュレーションデスゲームを開催したのか?」
微笑む真紀の顔を見て、ラブは覆面の下で唇を噛んだ。丁度その頃、島田夏海は医務室のベッドの上で目を覚ました。
時計で時間を確認すると、既に約束の時間を過ぎている。遅刻していると思いながら、島田夏海は医務室を抜け出して、ラブがいる城に向かい走り始めた。


同じ頃、椎名真紀は右手人差し指と中指と薬指を立て、説明を始める。
「まず、ラブは3つのウソを吐いているの。1つ目は、多くの男子高校生を拉致してきたラブの仲間の人数。何人だと思う?」
「14人だろ。最初に紹介があった12人とラブと真紀。合わせたら14人になる」
最初に仮想空間へ連れてこられた時のことを思い出しながら恵一がハッキリと答える。悪夢の体育館で目覚め、次々とラブが男子高校生を殺した様子は、今でも少年の頭に焼き付いている。その時、ステージ上にラブの仲間という12人の黒服の男達が並んでいた。ゲームマスターのラブと運営に属している椎名真紀。14人というのは、小学生でも分かる算数問題だろう。だが、真紀は首を横に振る。
「それが最初のウソ。実行犯14人で、システムの開発やプレイヤーの監視。遺体の搬送なんてできるはずがない。現実世界と仮想空間の時差と同じように、ゲームに関係ないからラブは伝えなかったんだろうけど、本当は2000人くらいの大規模な組織がデスゲーム運営に関わっているの」


「2つ目のウソは、ゲームオーバーは現実世界での死ということ。間違ってはいないんだけど、実際は仮想空間での死は演出に過ぎないんだよ」
「どういうこと?」
真紀の話を理解できない美緒が首を捻ると、真紀は説明を始める。
「どうして同時期に拉致されたってだけで、警察は男子高校生集団失踪事件の被害者って確定したんだと思う? それは死因が同じだからだよ。仮想空間でウイルスに体を蝕まれて、無残に亡くなった人も階段から転落して亡くなった人も、現実世界で殺害される。その前に、昏睡状態に陥った西山君達を助けて、警察に引き渡したんだよね。遺体にワクチンを注射しても生き返ることはないから。それで、命を賭けたゲームから脱落した彼らをどうやって殺すと思う? 現実世界の空気を吸わせる。簡単でしょ?」
「意味が分からないな」
腕を組み理解に苦しむ恵一が発言すると、真紀が頷く。
「前に私の家の地下室で言ったよね。あの部屋から出て行ったら死ぬって。あれと同じ理由。ラブの仲間が密かに開発したウイルスの発症方法は、回りくどい奴なの。まずスタンガンに似た形の圧迫式注射器で被験者の体にウイルスを注射する。その後で被験者の体を仮想空間に送り込む。それから現実世界に体を戻し、現実世界の空気を吸わせたら、体内のウイルスは物凄い勢いで増殖して、彼らの体はウイルス感染によって死に至る」
「何となく理屈は分かったけど、何で現実世界の空気を吸わせただけで死ぬの?」
美緒からの質問を聞いて、真紀は一呼吸置いて答えた。
「空気中には見えない細菌が漂っているというのは、保険の授業で習ったよね? 個体差はあるけど、ウイルスの潜伏期間である2日以内なら、普通に現実世界の空気を吸っても問題ない。だけど、仮想空間の空気を吸ったウイルス感染者が、再び現実世界の空気を吸収したら、ウイルスによる感染症で死亡。現実世界と仮想空間の空気中に漂う細菌と体内に蓄積されたウイルスが合体することで、初めて死に至る。そのウイルスが遺体から検出されたら、警察はあの事件の被害者としてカウントするのよ」
これまでラブは真紀が明らかにする真相を黙って聞いていた。風すら吹かない静かな校庭の中で、椎名真紀は衝撃的な事実を口にした。
「3つ目のウソは、このデスゲームを全クリしたら、生きた状態で現実世界に戻すという約束。最初からラブは、ゲームをクリアさせる気がなかった。これが、これまで600人以上の男子高校生がデスゲームを全クリできなかった真相」
「何だと!」
あの約束はウソだったのか。恵一は衝撃的過ぎる事実を知り、怒りを露わにした。白井美緒はショックを受け、黙り込む。
「600人もいたら、1人くらいゲームを全クリできる人がいてもおかしくないでしょう。もしも、あのゲームを全クリできる天才がいたとしても、ラブは目的を達成するために、問答無用で殺すよ」
全てのウソが明らかになった後で、ラブは沈黙を破り、声を挙げる。
「そう。私の夢は、椎名真紀を含めた14人のヒロインのための世界を創ること。そのためには、多くの人々の力が必要なんですよ。このデスゲームで亡くなった彼らは負け犬じゃなくて、世界を構成するパズルのピース」
理解し難い説明に恵一達の怒りが爆発しそうになる。すると真紀はラブの話を補足した。
「個人の持っている情報は限られます。仮に私の知っていることだけで世界を創れば、チグハグな世界ができるでしょう。即ち世界というのは、多くの人々の主観や経験によって構成されているの。多くの人間の持つ情報を仮想空間に取り込むことができたら、世界は精巧な物になる。仮想空間内で人を殺すことで、初めて全てを取り込むことができるのよ」
真紀の補足説明の後で、恵一は疑問を口にする。
「だったら、何でデスゲームなんかするんだ。無差別に拉致して、仮想空間内で大量殺人を実行する。それだけで良かったんじゃないのか?」
「確かに赤城君の言うように、本当は仮想空間に連れて来た人達を一気に爆弾で殺せば済む話だったんだよ。恋愛シミュレーションデスゲームなんてする必要はないって普通は考えるよね? さらに拉致する標的を男子高校生に限定する必要もない。だけど、男子高校生だけを拉致したのには、ちゃんとした理由があるの。それは、プログラム的な動きしかできないヒロインと生身の男子高校生のコミュニケーション。それを繰り返すことで、人間的な反応を高める」
少しずつ目的が明らかになる中で、ラブは笑う。
「全てはあの娘達のためにやったことよ。プログラムに支配されたヒロインに人間性を学習させ、高校生同士の恋愛を疑似体験できる世界を創る」

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