シニガミヒロイン

山本正純

北風と太陽ゲーム

連れの岩田波留が中々トイレから帰ってこないため、小倉明美はベンチに座り、退屈そうに欠伸を出した。男のくせにトイレが長いというのは偏見であることを、小倉明美は知っている。だが、彼女は待たされていることを怒っていた。
そんな彼女に髪の長い少女が近づく。
「退屈そうね。明美」
その少女、椎名真紀は小倉明美の隣に座る。その後で冷酷な目付きの少女が愚痴を言う。
「暇過ぎる。まさかこんなにトイレが長いとは思わなかった。15分もトイレから戻ってこないなんて、あり得ないわ」
「トイレから帰る次いでに、何かを買ってるのかもよ」
親友からの励ましを受けても、明美は退屈であることに変わらない。
「偶然見かけた鈴木大河君と遊んでたんだけど、彼は2分くらいで壊れちゃったからね。面白くなかった。今度誰かが来たら、遊んじゃおうかな?」
「鈴木君を脱落させたのは、あなただったの?」
「正解。暇そうにしていた鈴木君のスマートフォンを奪ったのね。自分の携帯を取り返そうと近づいてくる所を、抱き着いたら顔を赤くしちゃって、その様子を彼の携帯で撮影。2人で抱き合っている所をメールで送信したら、すぐ壊れちゃった」
「その大きな胸で男を破滅に導く。あなたらしいやり方ね」
「あの人がやろうとしていることに私は賛成しているから。目的が達成されてしまえば、退屈になってしまうのが残念だけど」
「そうなんだ。岩田君とのデートの合間に、遊んでもいいけど、赤城君には手を出さないでね」
真紀からの命令に対し、明美は不満そうに口を膨らませた。
「また赤城君贔屓が始まった。彼ほど壊し甲斐のあるおもちゃはないからね。いい暇つぶしになると思ったのに。ケチ」
「ケチで結構」
「まだ彼の唇を奪おうとしたことを根に持っているのかな? 謝るからお願い」
両手を合わせて頭を下げる少女の反応を見て、明美はクスっと笑う。
「分かったわ。じゃあ、ゲームに勝てたら3分だけ許してあげる。北風と太陽ゲームね。次に私達の前を通りかかった男子を絶望させたら勝ち。制限時間は1分で、標的に話しかけた所からスタート。もちろん私は特殊能力を使う。先行は明美でいいよ」
面白いという感情とは裏腹に、明美は腑に落ちないと思った。
「ちょっと待って。真紀は全員生存を訴えている赤城君の仲間だから、こんな理不尽なゲームを提案するわけがない」
「もうあの問題の答えは分かっているでしょう。私は最低なの」
瞳に涙を溜めて、じっと見てくる真紀を見て、明美は溜息を吐いた。
「そうね。だったら、そのゲームやってやるわ。次に通りかかる奴が、赤城君の友達でも恨みっこなしね」
それは予言だった。その時、偶然2人の少女の前を通りかかったのは、赤城恵一の友達、三好勇吾だったのだ。


三好は椎名真紀の姿を見て、立ち止まった。やっと見つけたと心の底から喜ぶ三好は、隠しヒロインの元へ歩み寄る。しかし、少女の近くにいる小倉明美は、それを許さない。
明美は三好の前に立ち塞がり、悪魔のような笑顔を見せた。
「ダメ。真紀と話したいんなら、私と遊んでからよ。1分だけでいいからさ」
冷酷な雰囲気の小倉明美が危険な存在であることを、三好勇吾は知っている。この女の標的になったら、死ぬリスクが増えるらしい。
相手にするわけにはいかないと、三好は警戒心丸出しで、明美の顔を睨み付ける。
「嫌だ。お前と遊ぶとロクなことがないと赤城君から聞いているからな。兎に角、俺はお前には用はない」
明美を避けて真紀の元へ向かう三好に対して、壁となる少女は彼の耳元で囁く。
「あなたみたいな弱い人は、真紀に話しかける前に死ぬよ」
「何だと!」
三好は顔を強張らせて、その場に立ち止まった。
「そう。あなたは弱い人。運良くここまで生き残ってきたけれど、それはここで終わり。あなたは、堀井千尋を攻略しようとしている他の2人にも勝てない。そんなあなたは、真紀に話しかけることもできず、無様に死ぬ。少しでも長生きしたかったら、何もしなければいいんだよ。赤城君を裏切ることになるけど、自分の命の方が大切なんでしょう?」
徐々に追い詰められていく三好は、絶望することなく笑ってみせる。
「俺は赤城君を裏切らない。お前と話しても時間の無駄だ。椎名さんと話しをさせてもらう」

「はい。時間切れ」
裏切らないという強い意志を持ち、椎名真紀の元へ歩み寄る三好を前にして、ベンチに座る少女は、両手を叩き明美へ呼びかけた。
その直後、明美は舌打ちする。
「もう少し弱そうな奴だったら、勝てそうだったのに」
この2人は何かのゲームをやっていたのかと三好は悟った。だが、今はどうでもいい。椎名真紀はラブを裏切って、自分達を助けようとしているのだ。自分達を追い詰める敵ではない。そう思いながら、三好勇吾はベンチに座る椎名真紀に近づいた。
その瞬間から、悲劇が始まる。
「三好君」
少年の右耳は、聞き覚えのある少女の声を捉える。まさかと思い右側を見ると、そこには堀井千尋が立っていたのだ。いつの間に現れたのか。そもそもなぜ堀井千尋がこの場所にいるのか。三好勇吾はパニックに陥る。
すると堀井千尋は三好に尋ねた。
「その……人は……誰?」
「彼女は……」
どうやって彼女を紹介すればいいのかと悩んだ三好は、言葉を詰まらせてしまう。
一方で三好が狼狽えているように見えた、堀井千尋は少年に一言告げて、その場から去って行った。
「バカ」
内気な少女が三好の前から姿を消した瞬間、彼の体に異変が起きる。突然雷に打たれたようなショックを心臓に受けた少年は、そのまま倒れ、動かなくなった。


一部始終を見せられた小倉明美は、拍手をしながら、真紀の元へ歩み寄る。
「久しぶりに見せてもらったわ。あなたの鬼畜過ぎる特殊能力。本当に使うとは思わなかったよ」
「この能力は自分でも止められないから、仕方ないよ。この遊園地に来る前は、制御できたんだけどね。多分ラブが私の知らない所でリミッターを解除したんだと思う」


丁度その頃、岩田波留が両手にジュースを持って、小倉明美の前に姿を現した。
「明美。お詫びにジュースを買って……」
待たせた少女にジュースを渡そうとした岩田波留は、彼女の近くに椎名真紀がいることに気が付き、視線を送る。少年に気付かれた真紀は、頭を下げて挨拶する。
「初めまして。椎名真紀です。あなたがここに帰ってくるまでの間、彼女とお話をしていました」
真紀が隣にいる明美の顔を見ると、残忍な顔付きから穏やかな顔に変化していた。いつの間にか元の人格に戻った少女は、目を丸くして、真紀の顔を見つめた。
「暇潰しに話し相手になってもらって、ありがとうございます。それでもう一人のワタシは何か変なことをしませんでしたか?」
敬語で話しかけられ、真紀は思わず笑ってしまう。
「敬語じゃなくてもいいのに。まあ、2人の邪魔したらいけないから、私はここで失礼するよ。お似合いのおふたりさん」
椎名真紀は、ウインクしながら2人の元から離れていく。その後ろ姿を小倉明美は顔を赤くして見つめていた。そんな彼女の前に、岩田波留はジュースを差し出す。
「トイレから帰る時に、ジュースを買おうと思って列に並んでいたら、こんな時間になりました。待たせてしまって、ごめんなさい」
頭を下げ謝る岩田を明美は許す。彼女は彼から受け取ったジュースをストローで一口吸った後で、照れたように笑った。
彼女の笑顔を見ながら、岩田波留はスマートフォンが入っているズボンのポケットに手を突っ込む。両手にジュースを持ち、この場に帰る直前、何回か少年の端末は振動を繰り返した。両手が塞がっていたため、リアルタイムで確認はできなかったが、今は片手が使えるため、何が起きたのかを確認できる。
さりげなくスマートフォンを取り出した彼は、そこに表示された事実を知り、驚愕する。だが、彼は異変を隠すため、涙を封印してポーカーフェイスを貫いた。
あの時、岩田波留は三好勇吾の死を知った。

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