シニガミヒロイン

山本正純

ラブレター事件

5月19日の早朝、赤城恵一がベッドから起きると、そこには顔を赤くした白井美緒がいた。
少年は何も気にせず、瞼を擦りながら幼馴染の少女に挨拶する。
「おはよう」
いつものように挨拶した少年に対して、美緒はムッとした表情を見せた。
「こうやって恵一を起こすことになるなんて。夫婦みたい」
「だったら起こしに来なかったらいい」
「そんな問題じゃないよ。学校だとデスゲーム攻略の相談ができないでしょう。まだ4日くらい猶予があるけど、ゆっくりする時間はないと思うの」
「分かった。そのことなら寝ながら考えていた」
恵一はベッドの端に座り、美緒は彼の前に立ち首を傾げた。
「何を考えていたの?」
「攻略法だよ。恋愛シミュレーションゲームっていうのは、ヒロインと話したり、プレゼントを送ったりすると好感度が上がる仕組みなんだ。カセイデミルっていうゲームは、島田さんにプレゼントを送ることで大量の好感度を獲得して、何とかクリアできた」
「だから真紀にプレゼントを送ろうってことね。そういうことなら任せて。真紀の好きな物なら分かるから」
恵一の攻略法を理解できた美緒は、やっと彼の役に立てると喜んだ。それに続けて恵一は衝撃的なことを美緒に伝えた。
「それと岩田君が買収してきそうになったら、全力で断ろうと思う」
「どうして?」
「負担を掛けたくないんだ。岩田君に買収されたら、俺達の稼ぐべきポイントが減るが、それだけ岩田君の負担が増えてしまう。そのせいで岩田君が攻略できなかったら、俺達も巻き添えで死んでしまう。つまり俺達を買収しなかったら、岩田君は助かるかもしれない。アイツは下校イベント争奪戦で助けてもらったからな。ここで恩返ししたい」
「それで大丈夫?」
「大丈夫だ。俺達はデートを妨害するんじゃなくて、真紀を攻略するんだ。ヒロインの攻略はこれまでやってきたことだから、何とかなる。もちろん三好君と矢倉君を仲間にするけどな」
「分かった。4人だったら1人辺り1000ポイント稼げたらゲームクリアだね」
こうして2人きりの朝の作戦会議が終わる。
それから2人はいつものように登校した。ちょっとした事件が起きるとは知らずに。


下駄箱を開けた白井美緒の目に、白色の封筒が飛び込んできた。それを目にした少女の動きが固まる。この不可思議な動作が気になった恵一は、少女に近づく。
「どうしたんだ?」
そう聞かれた美緒は恐る恐る封筒を開けて、中に入っている手紙を少年に見せた。
「恵一。これを見て」
手紙を渡された少年が文字を追う。
『白井美緒様。2人きりで話したいです。昼休み、屋上で待っています。高橋空。宮脇陸翔』

それは紛れもなくラブレターだった。連名だから2人きりではないというツッコミを入れることができない程、恵一は激しく動揺してしまう。少年の反応を見た美緒は、彼の顔をジッと見つめる。
「どうして恵一が私以上に動揺しているの?」
「だから、ラブレターなんて書く奴いるんだなぁと思っただけだ」
彼は本音を隠す。もしも目の前にある手紙が本当のラブレターだったら、幼馴染の少女はどうするのだろうか? 交際を断らない可能性もある。まさかの可能性に、少年は動揺してしまう。
そんな彼の本音を知らない少女は、呑気に笑う。
「きっとあのことで相談したいことがあるんだよ。この前の岩田君の時だってそうだったから、間違いない。だから、昼休みになったらこの2人に会いに行く」
「ちょっと待て。何があるか分からないから、俺も行く」
「1人でも大丈夫なんだけど、そんな私のことが心配なら、来てもいいよ」
美緒は少し顔を赤くしながら、同行を認めた。そして昼休みまでの間に、恵一は三好と矢倉を仲間に誘った。2人は快くメンバー入りを認め、恵一のチームは4人になった。


昼休みの屋上は、小雨の降る天気ということもあってか、人気がない。白色の殺風景なアスファルトが広がり、遠くの街並みを見下ろすこともできる。
そんな場所で赤城恵一と白井美緒は人を待っている。あの手紙には時間の指定がなかったことため、2人は弁当も食べずに、昼休み開始時点から待っていた。
昼休み開始から5分が経過して、お腹が空く頃、屋上のドアが開き、2人の男子が姿を見せた。背の低いスポーツ刈りの少年、宮脇陸翔は、少女の姿を見つけると、すぐに頭を下げる。
「白井さん。力を貸してください」
「宮脇君。先に要件を述べないと、分からないって」
宮脇陸翔の右隣りに立つ天然パーマが特徴的な高橋空が彼を注意すると、宮脇は納得した。その後で高橋は白井美緒と向き合う。
「白井さん。僕達は椎名真紀を攻略しようと考えている。そこで白井さんのアドバイスが欲しいんだ。白井さんと椎名さんは友達だっていう話を知って、彼女に関して色々と教えてほしいんだ。頼む。僕達を助けてくれ」
高橋と宮脇は深く頭を下げた。突然のことに美緒は慌てる。
「頭を上げてください。真紀のことなら色々と教えることもできるよ。それで確認だけど、もしかして2人でやるつもり?」
「他に仲間がいたら、ここに連れてきてます」
宮脇の答えを聞いた美緒は、首を縦に動かした。
「そう。だったら恵一のチームに入らない? 2人がメンバーになったら6人になるから、稼がないといけないポイントが減るよ。いいよね? 恵一」
少女の右隣りで安心した恵一は優しく頷いた。
「分かった。仲間になりたいんなら、放課後俺の家に来い。他のメンバーの顔合わせと作戦会議をやるから」
高橋と宮脇は迷うことなく、頷きながら右手を差し出す。
「6人で椎名真紀を攻略しよう」
高橋の言葉を合図に、恵一達は互いに握手を交わす。こうして恵一のチームは6人になった。
その日の放課後、姉が眠っている病室の中で、島田節子は溜息を吐いた。
「間違ってないよね」
そう呟いた少女は、数時間前のことを思い出す。その時、彼女は学校の廊下で千春光彦という先輩に会った。何度か登下校を共にしたことのある少年は、彼女に対して頭を下げる。
「節子ちゃん。今週の土曜日、一緒に悠久ランドに行きませんか?」
その言葉は節子にとって嬉しい物だった。だが、少女の脳裏に今も眠り続ける姉の姿が浮かぶ。そうして彼女は、首を横に振った。
「私だけが楽しい思いをするのは嫌です。お姉ちゃんの意識が戻らないと、遊園地に行けません」
申し訳なさそうに節子は頭を下げ、2人はそのまま別れた。


節子自身は悪い事をしたと思っている。しかし、姉のことが心配で断ってしまったのだ。


本当にこれで良かったのか。答えが分からなくなった少女は、眠り続ける姉の顔を見つめる。するとベッドの上の少女の瞳が動いた。瞼が徐々に開き、少女は覚醒する。
「節子」
昏睡状態だった島田夏海は、目に飛び込んできた妹の名前を呼ぶ。節子は姉の意識が戻ったことを喜び、涙を流した。
「良かった」
「節子。今日は何日?」
夏海は涙する妹に尋ねた。
「5月19日。火曜日。大体24時間くらい意識不明で心配しました」
「そう。節子。何か話したいような顔してるね」
目が覚めて間もない姉に図星を指され、妹は照れた。
「お姉ちゃんには敵わない。実は千春先輩が、今週の土曜日に悠久ランドに行かないかって誘ってきたから、悩んでいるんです」
「今週の土曜日に悠久ランド?」
妹の言葉を繰り返した姉の脳裏に、椎名真紀の声が浮かんだ。その日、その場所にラブが出没する。これは偶然なのか。それとも危ないことが起きようとしている。
嫌な予感を覚えた夏海は考え込む。その深刻そうな顔を見た節子が目を丸くする。
「やっぱり行ったらダメ?」
「ちょっと考えさせて。そんなことより、看護師さんに知らせた方がいいよ。私が目を覚ましたって」
すっかり忘れていた節子は、頷き病室から立ち去った。看護師を探す道中、島田節子は違和感を覚える。あんな深刻そうな顔をする姉を見たことがない。節子には夏海が何かを隠しているように見えた。重大な問題を抱え込んでいるような気もする。
問題も気になるが、今はそれどころではない。節子は看護師に声をかけ、姉の意識が戻ったことを知らせた。
しばらく後、島田夏海の病室に医師や看護師が集まり始めた。


一通りの検査が終わった頃、島田夏海の病室をあの少女が訪れた。ドアの隙間から顔を覗かせた椎名真紀の顔を見て、島田夏海はベッドの上で笑みを浮かべる。
「椎名さん。会えて良かった。退院したらあなたを探さないといけないと思っていたから」
「それなら、この訪問はグッドタイミングだということね。いつ頃退院できるの?」
「検査の結果次第だけど、特に体の異常はないみたいだから、金曜日の夕方くらいに退院できそう」
夏海の説明を聞き、真紀はホッとした。
「良かった。それなら計画に支障がなさそう。それで、何を聞きたいの?」
「節子のこと。節子は今週の土曜日に悠久ランドへ行くみたい。千春君と一緒にね。でも、そこにはラブがいるんでしょう。もしかしてあの場所で危ないことが起きるの? もしそうなら、危険な場所に節子を行かせたくない」
「あそこは危険なゲームのステージで、多くの人が死ぬ。赤城君達もあの場所で、命を賭けたゲームに挑むんだよ。でも、あなたの妹に危害が及ぶことはない。その誘いを断ったら、千春君は死んでしまうけど、それでも彼女は悲しむことはないでしょう」
「どうして? 千春君と節子はあんなに仲が良いのに。彼が死んだら、節子は絶対悲しむよ」
プログラムに支配されていた少女の正論を聞いて、真紀は首を横に振る。
「彼が死んだら、あなたの妹やあなたの中にある千春君に関する記憶が消去されるから。同じように赤城君が死んだら、あなたは彼のことを忘れてしまう。この世界で人を死なせないために、背中を押して」
「分かった」
答えを決めた夏海は真剣な顔付きで頷いた。その後で真紀は、一度手を叩いた。
「最後に確認。命を賭ける覚悟はあるの? あなたの命を犠牲にしないと、赤城君は助からない。私達がやろうとしているのは、この世界に住む人々を殺すこと。もちろん現実世界から連れて来た人達は助かるけどね。この世界が壊れてしまったら、あなたは二度と赤城君に会えなくなる。それでもいいの?」
「それでも私の気持ちは変わらない!」
夏海の言葉から強い意志を感じ取った真紀が優しく微笑む。
「分かった。次は今週の土曜日。本番で会いましょう」
真紀はそう伝えると、病室から立ち去った。

          

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