シニガミヒロイン

山本正純

緊急会議

島田節子が自宅の前に救急車が停車しているのを見つけた頃、ラブはどこかの会議室のドアを開けた。四方が長机で覆われた空間には、10人の黒服の男が集まっている。いずれも同じサングラスと黒色のスーツを着用した男達は、ラブが会議室に集まるのを確認すると、すぐに席を立ちあがった。
「ラブ様。お待ちしていました!」
男達が口を揃えた後で、ラブは部屋の一番奥にある自分の席に座った。
「無駄な世間話は抜きにして、早速本題に入りましょうか? 緊急会議の議題は、島田夏海の異変について」
ラブはスーツのポケットからスイッチを取り出し、それを押した。すると、前方にあるモニターが起動して、島田夏海のプロフィールが表示された。その後でラブは会議を進行する。
「最近島田夏海がおかしいというのは周知の事実ですが、ここで彼女はいつからおかしくなったのかを確認してみましょう。お手元の資料の1ページを見れば分かるように、我々が異変に気が付いたのは、下校イベント争奪戦の時。赤城様が下校イベントの発生条件を満たしていないにも関わらず、夏海本人が一緒に下校しても良いという趣旨の発言をしたことです」
ラブに状況説明を聞きながら、1人の黒服の男は右手を挙げた。
「それは真紀様が仕掛けたバグだったのではありませんか?」
「それは違いますよ。いくら真紀ちゃんでもシステムは偽れない」
「ラブ様。お言葉ですが、真紀様はあの少年を一時的に現実世界に戻したんですよ。それができるんでしたら、ヒロインを操ることも簡単なはずです」
部下の推理を聞き、ラブは右手の人差し指を素早く左右に振る。
「それとこれとは全くの別問題。赤城様を一時的に現実世界へ戻すだけで精一杯なはずですよ。もしも真紀ちゃんがヒロインを操っているのなら、下校イベントを断らせるわけがないんです。散々断っておいて、最終的に一緒に帰るなんて無駄なシナリオは用意しませんよ。真紀ちゃん黒幕説は却下。ということでお手元の資料の2ページをご覧ください」
ラブの部下たちは資料を捲り、目を通す。その間ラブは説明を続けた。
「敗者復活戦以降、島田夏海の異変は加速しました。条件を満たしていないはずの赤城様が、逆下校イベントや逆登校イベントを体験したこと。条件を満たしている滝田様が登校イベントを起こそうとしているのに、それを拒んだこと。赤城様が修羅場イベントに巻き込まれたのに、死亡フラグケージが増えなかったこと。授業中に何度も赤城様の顔を見つめる仕草。全てがおかしいです。現在私が雇っている世界各国の天才プログラマーたちを総動員して、バグの有無を調べてもらっていますが、原因は分かっていません。状況説明はここまでにして、対策を考えましょう」
直後、ラブの部下たちは次々に手を挙げる。その行動にラブは腕を組み、感心した。
「皆様。積極的ですね。それじゃあ、山持さん。意見をお願いします」
山持と呼ばれた男は席を立ちあがり、一礼した。
「はい。ここは原因を取り除くべきだと思います」
「それって赤城様を殺すってこと?」
「はい。そうです。赤城様がいなくなれば問題は全て解決されます。脱落者に関する記憶はヒロインの記憶から消去されますからね。赤城様が死ねば、通常通り計画を進められるでしょう」
残りの9人の黒ずくめの男達は、山持の意見に賛同した。しかしラブは、意見に納得できないのか、首を捻っている。
「簡単に殺せばいいっていうけど、どうやって殺すの?」
ラブの思いがけない問いかけに対し、山持の右隣りに座る男、園部が、手を挙げた。
「ラブ様。何を言っているのですか? 死亡フラグケージを上げればいいだけの話ではありませんか?」
「そうやって殺すのなら、死亡フラグケージが上がらないっていう不具合を直さないとね。残る殺し方は、赤城様をゲームから脱落させること。もしくは強引にバッドエンドにするか」
「バッドエンド?」
「そう。我々はあの世界で好き勝手に殺人ができない。でも、イベントを用意することはできる。巻き添えで5人死ぬことになるけど、最悪な場合は……」
「ちょっと待った!」
園部の正面の席に座る青山は悪魔のように笑うラブを睨み付け、机を思い切り叩く。そして言葉を続けた。
「ラブ様のやり方に反対です。運営がプレイヤーをバッドエンドに誘導するなんて、間違っています。そんなことをするくらいなら、プレイヤーYを利用して、我々の目的を達成させた方がマシです」
「素晴らしいフェア精神ね。具体的にはどうするの?」
「それは……」
青山の意見を聞き、ラブは覆面の下で頬を緩めた。その後でゲームマスターは指を鳴らす。
「面白いアイデアね。技術的に可能かは分からないけど」
ラブが青山の意見を褒めた後で、山持は席を立ちあがった。
「はい。細菌兵器開発チームがウイルスの気体化に成功したと報告が上がっています。細菌の効果を試す人体実験も終わっていて、感染率は90%を超えたそうです」
「人体実験の被験者人数は?」
「20人です」
「だったら、そこまで大規模じゃなくてもいいかもね。15人くらいでいいや。ということで、青山さん。立案者として12時間以内に実行してよ」
「了解です」
青山は敬礼してから、席に座る。
これで会議は終了すると思われた。しかし、黒服の男、宮野が突然席を立ちあがったことで事態は思わぬ方向に動き始める。
「ラブ様。不具合を修正する緊急メンテナンスには、お詫びが付きものです。これがスマホゲームの常識」
「何を言い出すかと思えば、そんな下らないことですか? シニガミヒロインはスマホゲームではありませんよ。あれがスマホゲームだったら、ゲームスタート1週間は経験値を2倍にするからね。そんな生易しいシステムがないんだから、お詫びは無用です」
「しかし、ゲームはフェアでなければなりません。島田夏海が目を覚まさない限り、あの3人はゲームができないんですよ。他のプレイヤーは普通にゲームがプレイできるのに、何もできないなんて、公平ではありません。だからお詫びとして……」
「分かった。ラブコールを配布すればいいんでしょう。それに加えて、暇潰し用のゲーム開催。これで納得?」
「はい」
「そうと決まれば、準備しないとね。念のため、切り札も用意するわ」
緊急会議は終わりを迎え、ラブは覆面の下で不気味に笑った。

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