シニガミヒロイン

山本正純

疑惑の下校イベント 

その日の放課後。事件が起きた。授業が終わり、生徒達はいつものように帰り支度を整える。
赤城恵一が鞄に教科書やノートを詰めていると、突然彼の元に島田夏海が近づく。
「赤城君。一緒に帰らない?」
微笑むヒロインの発言を近くで聞いていた滝田はショックを受けた。まさかヒロインがプレイヤーに下校を申し込む、逆下校イベントを自分よりも早く初心者が起こすとは、考えられない。
同じようにオタク体型の高校生、桐谷凛太朗も驚きを隠せなかった。滝田から最近メインヒロインの様子がおかしいと言う話は聞いていたが、まさか逆下校イベントを目にするとは、彼は予想していなかった。
恵一は彼女の申し出を断ることができず、首を縦に動かす。
「分かった。一緒に帰ろう」
「ありがとう。最近誰かに見張られているような気がしてね。心細かったから。できたら自宅まで送ってほしいな」
「ちょっと待て」
2人のやりとりを見ていられなかった滝田が話しに割って入り、言葉を続けた。
「何で赤城君なんですか? そういうことなら、何度も一緒に帰っている僕を誘ってもいいのに」
焦りが籠る滝田の意見を聞き、夏海は首を横に振る。
「赤城君の方が安心するから」
恵一は夏海の笑顔に赤面しながらも、帰り支度を整えた。そうして2人は揃って昇降口に向かう。
一人で帰ると言っていた美緒は寂しい思いをしていないだろうか?
そんな心配が頭を過り、恵一は通学路を歩く。その隣には、島田夏海の姿がある。
夏海は歩きながら、赤城の顔を見上げた。
「赤城君。ごめんね。本当は白井さんと帰りたかったんでしょう? それに少し遠回りさせて……」
突然メインヒロインは言葉を詰まらせた。どうしたのかと気になった恵一が彼女の顔を見ると、少女は眉間にしわを寄せている。
それからしばらく経ち、夏海は恵一に尋ねた。
「赤城君。変だよね? 赤城君の家がどこにあるのかを知らないのに、遠回りだって言うなんて」
「別におかしくないだろう。同じ方向だから一緒に帰っているからな」
「確かにそうね。今朝だって真っ直ぐ登校しようと思ったら赤城君に出会ったんだから。それにしても偶然なのかな? 先週の金曜日は、赤城君が何時に登校しているのかも知らないのに、あなたに会うなんて」
夏海が思い出したように呟く。
「ただの偶然だ」
恵一の答えに夏海は納得し腕を組んだ。しかし、その表情は腑に落ちないようだった。
「そうだよ。やっぱり偶然だよね」
「言葉と表情が一致していないな」
「気になることがあって。今朝滝田君にも登校中に会ったんだけど、なぜか赤城君と一緒に学校に生きたくて誘いを断ったの。どうしてかな?」
恵一は答えを詰まらせると同時に、妙な違和感を覚えた。島田夏海の様子がおかしい。まるで自分がゲームのキャラクターであることを自覚し始めたような物言い。積極的に下校や登校イベントを起こす行動を、彼女自身が起こしている。
何かがおかしいと恵一が考え込むと、その顔を島田夏海が見つめて来た。
「一緒に帰ってほしいって頼んだ時に言ったよね? 最近誰かに見張られているような気がするって。先週の金曜日くらいから感じるようになったんだよね。咳も出ないのに、体が熱いような気もする」
「それは大変だな。そういうこともあるんなら家に送って正解だった」
「ありがとう。それと、今週の日曜日に、赤城君と一緒に遊びたいんだけど、予定とか入ってる?」
想定外な展開に恵一は焦った。彼女は自然にデートへ誘っている。一緒に下校するようになってから何かがおかしいと彼は考えていた。恋愛シミュレーションゲーム上級者の岩田波留に相談すれば、何か分かるかもしれない。
恵一は動揺を隠し、頷いて見せた。
「分かった。一緒に行こう」
「じゃあ、午前10時に駅前集合ってことで」
そう言うと島田夏海は赤色の屋根の一軒家の前で立ち止まった。気が付けば恵一は夏海の自宅の前に到着していたのだ。
何事もなく夏海を自宅に送り届けることに成功した恵一は安堵し、彼女に手を振った。
「島田さん。また明日な」
「うん」
夏海も手を振り、来た道を戻る少年を見送った。少年の姿が見えなくなった時、それを待っていたかのように、一つの影が夏海に近寄った。
一方、メインヒロインと一緒に下校する恵一を静かに尾行していた白井美緒は、動揺していた。遠くから見た島田夏海は、自分よりも仲良く恵一と接しているように見えたのだ。
いくらゲームとはいえ、自分より幼馴染の彼と仲良く接するヒロインを彼女は初めてみた。その姿を見ていると、自分の居場所がなくなるのではないかと錯覚してしまう。
美緒は思い切り首を横に振った。ゲームが終われば、また恵一の隣に戻ることができる。
そう考えた美緒は、尾行がバレないように飛び込んだ物陰から、元気に歩き始める。

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