シニガミヒロイン

山本正純

遭遇

5月18日。月曜日。午前7時30分。島田夏海は先週の金曜日と同じ時間帯、通学路を歩き始めた。
先週と同様、なぜいつもよりも早い時間に登校しようと思ったのか? その疑問の答えを、少女は知らない。
いつもと同じ道を歩く夏海の頭には、一人の少年の顔が浮かぶ。その少年、赤城恵一の姿を思い出す度に、夏海の心は嬉しさで満たされ、胸がドキドキと震える。
「島田さん」
突然目の前に一人の男子高校生が現れ、女子高生は立ち止まった。彼女の前にいるのは、細目で五分刈りの少年、滝田湊だ。
滝田湊と島田夏海は、ゴールデンウイーク明けから何度も一緒に下校している。仲の良い同級生だった。
「滝田君。何の用?」
そう尋ねると滝田は笑みを浮かべながら、彼女に頼む。
「一緒に登校しません?」
少年は頭を下げながら、密に頬を緩ませた。恋愛シミュレーション初心者の赤城恵一にできることは、ゲーム上級者の自分でも簡単にできるはずだと。しかし、その自信は少女の意外な一言で破壊される。
「今日は一人で行きたいから……」
島田夏海は滝田湊の申し出を断り、足早に彼の元から立ち去る。


一体何が起きたのか。まさか断るはずがないと自信満々だった滝田湊の心に傷が付く。
きっと条件が満たされていなかったから彼女は断ったのだと、彼は思い始める。現実世界で多くの恋愛シミュレーションゲームを攻略してきた自分は、この世界では優秀な存在のはずだった。初心者に負けるはずがないというのは怠慢かもしれない。だが、条件が整っていないと考えなければ説明できないのだ。


何としても明日こそは登校イベントを発生させると滝田が決意を固めていた頃、島田夏海も彼と同じようなことを考えていた。
滝田湊と島田夏海は、ゴールデンウイーク明けから何度も一緒に下校している。仲の良い同級生だった。
そんな彼の申し出を、彼女は断ってしまった。その理由を考えると、なぜか赤城恵一の顔が思い出される。
自分はどうしてしまったのかと考える少女は、先週の金曜日と同じように立ち止まった。
その視線の先では、赤城恵一という少年が見知らぬ少女と一緒に歩いている。その二人から互いを認め合っている絆を感じ取った夏海は、その場に立ち尽くしてしまう。
楽しそうに会話する二人の姿を後ろで見ていた夏海に異変が起きる。彼女は突然の激しい頭痛に襲われたのだ。数十秒ほどで痛みは治まり、少女は自然な体勢で、目の前を歩く男子高校生に駆け寄った。
「赤城君。おはよう」
朝の挨拶を済ませた夏海は笑顔を見せる。その後で赤城恵一は立ち止まり、彼女と顔を合わせた。
「島田さん。おはよう」
それから夏海は、彼の隣に立つ少女の顔を見つめる。その少女は、黒色のショートボブの髪型で、身長は夏海と同じほど。夏海と同じ制服に身を包んだ彼女のことが気になり、少女は首を傾げた。
「赤城君。そっちの女の子は?」
メインヒロインに尋ねられた恵一は焦った。同じ高校に白井美緒が通うことになっているのだから、幼馴染の少女と島田夏海の出会いは避けては通れない。このまま修羅場イベントが始まり、自分は追い詰められてしまうのではないかと思った恵一は冷や汗を掻き、黙る。すると、彼の隣にいる白井美緒は、進んで一歩を踏み出した。
「このロングヘアの子が、恵一と仲良くしている島田さん? 私は恵一の家に居候している白井……」
美緒が自分の名前を言おうとした瞬間、恵一は彼女の口を塞いだ。突然の出来事に、白井美緒は腹を立て、彼の右腕を抓る。彼の腕に痛みが走り、少年は少女から離れる。
「恵一。何するの? いきなり口を塞ぐなんて」
抗議する少女に対し、恵一は彼女の耳元で小さな声を出す。
「悪い。詳しいことは後で話す。だから……」
しかし、恵一の咄嗟の策は儚く打ち砕かれてしまう。なぜなら、島田夏海は意外な一言を話したのだ。
「もしかして赤城君の幼馴染っていう白井美緒さん?」
「そうだけど」
美緒の素直な答えを聞いた恵一は終わったと思った。彼女に策を伝える前に先手を打たれてしまった。白井美緒が死んだという嘘は、完全に暴かれ、このままではメインヒロインとの関係は悪化。そのままゲームオーバーで、死亡するかもしれない。少年の顔の血色が悪くなる中で、島田夏海は白井美緒に同意を促す。
「酷いよね? 美緒さんが死んだなんていうブラック過ぎる嘘。赤城君の力になりたいってこの前言ったけれど、生きているんだったら意味がないね。あの言葉は忘れて」


島田夏海はそう言い残し、赤城恵一の元からメインヒロインが離れた。少女の後姿を瞳に捉えた恵一の体は崩れ落ちる。
「恵一。大丈夫?」
心配した白井美緒が彼の元に駆け寄ると、恵一はアスファルトを思い切り殴る。
「終わりだ」
「恵一。終わりってどういうこと?」
「近くに誰もいないみたいだから話すけど、この世界ではメインヒロインに嫌われたら、死ぬんだ。死亡フラグケージっていうのが100%にならないと、死ぬことはないんだが、さっきの会話で退路が断たれた。嘘を吐くような奴は嫌われる。だから、このままだと1週間以内に死ぬかもな」
「だったらなんで私が死んだなんて嘘を吐いたの?」
「真紀の指示だ。島田さんはお前に気を遣って、俺と一緒に下校しなかったんだ。一度でもメインヒロインと下校しないと死ぬっていうゲームをやらされて、どうしようもないって言うときに、真紀からメールが届いた。美緒が死んだって嘘を吐けば上手くいくって。その指示に従ったら、何とか一緒に帰ることになったというわけだよ。本当はお前が白井美緒の双子の姉か妹って名乗れば、ややこしいことにはならなかったんだが」
「そういうことなら、登校する前に相談しとけば良かったね」
「そうだな。これは俺のミスだ」
軽く頷きながら、恵一はスマートフォンを取り出す。死亡フラグケージの溜まり具合を確認するために。だが、彼のステータスに異変が起きる。


その異変はラブや運営も同じく気が付いた。
「どういうこと? 死亡フラグケージが溜まらないって」
画面を覗き込むラブは訳も分からず首を傾げた。それに合わせて黒服の男は頷く。
「はい。先程のイベントで、赤城様の死亡フラグケージは99%まで溜まるはずでした。しかし、ご覧のように赤城様の死亡フラグケージは現状を維持しています。もちろんバグは検出されていません」
「それにしても、最近の島田夏海はおかしいですねぇ。登校イベント発生条件を満たしている滝田様の誘いを断って、1人で登校しようとする。イベント発生条件をクリアしていないのに、赤城様は島田夏海との登校イベントを成功させている。真紀ちゃんがデータを改ざんしたんでしょ?」
ラブの冷酷な視線をぶつけられた椎名真紀は、ラブの元に歩み寄りながら首を横に振る。
「そんなわけないでしょう。私は何もやっていない。あなたたちは何度もバグがないか調べているんですから、不可能よ。もしも赤城君が有利になるような不正を、私がやったんだったら、とっくにバグが見つかっているはず。あなたがある目的のために世界中から集めた天才プログラマーも調べているんだから尚更ね」
「それもそうね」
ラブは冷たく笑い、モニターに映る島田夏海の姿に疑いの視線を向けた。

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