シニガミヒロイン

山本正純

幼馴染との再会 後編

何をやっているのだろうと恵一は思った。彼は純粋に幼馴染の少女を危険な目に遭わせたくなかった。彼女が自分を助けたいと思っていることを知っても、それを拒む。自分の説得なら、少女も納得して諦めるのではないかと少年は期待している。
しかし、幼馴染の少女は優しい。大切な人が危険な目に遭っていると知れば、助けるために行動する。誰かが助かるのなら自分はどうなってもいい。いつも一緒だったからか、少年は少女の危険な一面を知らなかった。
彼女は恵一の説得に応じず、自ら危険な道を選んだ。そのことの意味を知らずに。
後悔だけが頭に残る状態の中、恵一の体は明るい部屋の中で誰かに揺さ振られる。それと同時に、少女の声が少年の耳に届いた。
「起きて。恵一」
何事かと少年が瞳を開けると、幼馴染の少女の顔が飛び込んでくる。
「美緒か。やっぱりお前は……」
その少女、白井美緒はゆっくりと微笑む。
「うん。仮想空間? 恵一がいる場所に来たよ」
「どうして疑問形なんだ?」
「だって、何か仮想空間に来たという実感がなくて」
「こっちの世界は殆ど現実世界と同じだからな。普通に高校にも通って、勉強もしているよ」
それは久しぶりの幼馴染の会話だった。現実世界では、自分が拉致されてから数日しか経過していないのだが、それでも恵一は懐かしく思い、思わず笑顔が出る。
「高校で勉強? それで何をやらされているの? プレイヤーYが怒っている恵一の動画を流出させて、ネットの動画サイトにアップしていたから、何となくデスゲームをやらされているんじゃないかっていうことは分かっているけど」
興味津津に幼馴染の少年に少女は尋ねる。だが、少年は初めて知った事実に驚いた。
「ちょっと待て。動画流出って何だ」
「知らないの? 恵一がラブっていう人に宣戦布告する動画が現実世界のネットに流出したの。絶対誰かを見殺しにしないって動画の中で恵一は言っていたけど」
美緒が言うやりとりに恵一は心当たりがあった。第1回イベントゲームの最中、恵一はラブに宣戦布告したのだった。その裏でプレイヤーY絡みのハプニングが起きていたのではないかと少年は思っていたが、まさか動画が流出していたとは。少年は衝撃の事実に驚きを隠せない。
「マジかよ」
「それだけじゃなくて、プレイヤーYは3人の男子高校生を警察に保護してもらったみたい。確か名前は、武藤幸樹さん、西山一輝さん、長尾紫園さん。そんな名前だったような気がする」
「あいつらが警察に保護? 死んでいないよな?」
「生きているみたいだよ。警察病院に彼らは搬送されたんだけど、警察は病院ごと封鎖して、家族の面会は許していないけど」
何かがおかしいと恵一は思った。あの3人は敗者復活戦で負けて死んだはず。それなのに彼らは現実世界で生きているらしい。プレイヤーYが何かをして、死んだはずの彼らを助け出したと考えれば自然だ。しかし、ゲーム上の死と現実世界の死が直結する世界で、そんなことができるのか? 恵一は疑念を抱いた。
それとは裏腹に、恵一は彼らが生きているということを知り、安心した。
「良かった。真紀は俺の知らない所でゲームを終わらせようと……」
不意に美緒の顔を見つめた恵一は、彼女の顔が暗く重たい物に変わっていることに気が付く。
「恵一。どうして真紀は危険なゲームに関わっていたのかな?」
突然の問いかけに、恵一は戸惑いながら、彼女の右肩に触れる。
「それは俺にも分からない。だが、真紀はラブに騙されて、デスゲームの運営に関わらされているとも考える。だから信じてやれ」
「今でも真紀のことは信じているけど、分からないの。真紀は自分のせいで恵一を危険なゲームに巻き込んでしまったと言っていたから」
白井美緒は椎名真紀を疑っていない。それよりも、どうして彼女は悪い人たちと関わっているのかという疑問の方が強かった。それに対し、恵一はカミングアウトする。
「実は俺、真紀のことをあまり覚えていないんだ」
「えっ」
「活動資金を稼ぐために、ラブは俺に特定の人物に関する記憶を消す薬を注射したらしい。人体実験という奴だな。それで椎名真紀に関する記憶を消されていた」
「酷いよ。そんなことのために恵一を拉致して、変な薬を注射するなんて」
「そうだな。今のところ体調に変化はない。人体実験のことは真紀から聞くまで知らなかったよ」
白井美緒は安心したのか、明るい顔を取り戻した。そんな彼女は思いがけない疑問を口にする。
「ところで、真紀とラブの関係って何かな? ラブは真紀のことをちゃん付けで呼んでいたから、親しい間柄なんだと思うけど」
「姉妹かもな」
この少年の答えを美緒は首を横に振り否定する。
「それは違うよ。真紀には兄弟や姉妹がいないから。親か友達、親戚という関係かもしれないよね」
赤城恵一は幼馴染の少女の前で悩む。どこまで話せばいいのかと。ウイルスに関することを話せば、彼女はパニックになるのではないだろうか。どうすればゲームオーバーになるのかを話した所で、彼女はプレイヤーではない。ここは簡単にルールを説明するだけに留めておけばいいのかもしれない。
思考を巡らせていた少年の中で、もう一つの悩みが生まれる。これまで彼は現実世界で幼馴染の少女と再会して、彼女を安心させるために頑張ってきた。
しかし、今は違う。今彼の目の前には、ラブの企みによって仮想空間に送り込まれた幼馴染の姿がある。この時点で再会云々という目的は奪われた。残っているのは、無慈悲に人を殺すラブが許せないという正義感のみ。
それでは、今後何を目的にゲームを攻略すればいいのか。恵一が険しい顔付きで悩んでいると、白井美緒は彼の顔を覗き込んでくる。
「どうしたの? 恵一」
「どうしたらいいんだろうな。俺は現実世界に戻るために、必死でゲームを攻略してきた。だけど、俺の目の前には美緒がいる。この時点で目的は達成する必要がなくなったんだ。このままここで美緒と一緒に死ぬのも悪くないって思い始めて……」
「それでいいの? ラブが許せないって思わないの?」
諦めたような顔付きの恵一に、美緒は問いかける。すると少年は真顔で答えた。
「確かにラブは許せない。でも無理なんだよ。ラブは平気で何人もの人間を殺すような奴だ。そんな奴に何を言っても、聞く耳を持たない」
「でも、ここで死んだら真紀は救えないよ。真紀は恵一を助けるためにラブを裏切った。それでラブに拘束されている真紀を助けることができるのは、私と恵一しかいないんだと思う。どんな事情があるのかは分からないけど、これ以上真紀を危険な人たちに関わらせたくないって私は思う。だから私はゲームを終わらせたい」
曲がらない少女の決意を聞かされた恵一は、自分の頬を思い切り叩く。
「分かった。犠牲者を増やさないために、ゲームを終わらせよう。そのために、辛い事になるかもしれないが、美緒は俺に協力してほしい」
「当たり前でしょ。私は恵一を助けるためにここに来たんだから」
「本当に大丈夫か? 俺や他の男子高校生がやらされているのは、恋愛シミュレーションデスゲームだ。この世界に住むヒロインと結ばれることができたらゲームクリアで、生きた状態で現実世界に戻ることができる。ヒロインに告白して振られたら即死亡とか、ゲームオーバーになる条件が幾つも設定されてる過酷な奴な。もちろんゲームオーバーは現実世界での死を意味している」
「恋愛シミュレーションデスゲームね。恋愛ゲームなんてやったことがないはずなのに、生き残っているなんてスゴイよ」
白井美緒はキョトンとした表情で幼馴染の説明を聞いていた。
「ヒロインは初心者向けの奴を選んで、他のプレイヤーからアドバイスを聞いてやっていたら、何とか生き残ることができた。恋愛ゲームだって言っても、現実世界での恋愛テクニックが通用するともラブは言っていたな」
「だったら私もアドバイスできるね。女子の心理が分かったら、有利だよね?」
「多分な。それと約束しろよ。この部屋の外では、現実世界と同じように過ごしてほしい。間違っても、ここが仮想空間であることを、この世界の住人に悟らせるな。約束を破ったらお前は死ぬ。ラブは問答無用でお前を殺すだろう」
「分かったわ」


久しぶりの幼馴染の会話を、ラブは部下と共にモニター越しに見ていた。ラブの右隣りには椎名真紀の姿もある。
真紀は楽しそうに話す友達の姿を瞳に捉え、呟く。
「そろそろね」
「そろそろ? 何のことですか?」
隣のラブが首を傾げると、真紀は頬を緩ませ笑った。
「あなたの負けです。敗因は私を拘束したことでしょうか?」
「意味が分からないね」
「あなたは私の携帯を没収して、私を研究所に連れてきた。それが罠なんですよ。園田君に正午になっても私からメールが届かなかったら、大丈夫かってメールしてほしいと指示しました。これが罠を作動させるスイッチ。正午頃私のアドレスに彼からのメールが届けば、自動的に警視庁のパソコンにメールが届くプログラムを仕掛けておいたんですよ。メールの内容は、あなたの目的を暴く重大な証拠。そろそろ警察組織に重大な手がかりが届いているはず」
ラブは真紀の種明かしを聞いても、負けを認めず、クスっと笑う。
「何を言い出すかと思えば。残念ながら警察組織は脅迫済み。それに、こっちは新たなジョーカーを手に入れましたからね。どんな証拠を提供したのかは知らないけれど、ジョーカーを使えば、警察は私達のことを手出しできないよ」
「だからそれをやったらテロリストに……」
ラブは真紀の心配を無視して、説明を続ける。
「とりあえず真紀ちゃんは学校に通わせないから。白井美緒失踪事件の重要参考人になることは確定だからね。色々と面倒臭いでしょう。別件での事情聴取も待っているかもしれないから。それと脱落者600人突破記念ゲームの内容を少し変えるわ。だから少し出かけようかな? しばらくの間の監視は任せたから」
ラブは不気味な笑みを見せ、部下の左肩に触れ、監視ルームから姿を消す。

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