シニガミヒロイン

山本正純

接触

赤城恵一は、高校の校舎の廊下を歩いていた。その彼の隣には幼馴染の白井美緒がいる。
見覚えのある景色は、赤城恵一が通っていた高校と酷似している。今の時間は分からなかったが、2人は廊下を歩いていた。
しばらく2人が歩いていると、廊下の上で1人の少女が佇んでいるのが、恵一の視界に移った。その少女の容姿を見て、恵一は思わず目を大きく見開いた。
腰の高さまで伸びたストレートの後ろ髪に、可愛らしい二重瞼が特徴的な少女。彼女は白井美緒と同じ制服を着ている。恵一の隣にいた幼馴染は、その少女を見つけると、笑顔になって彼女の元に駆け寄る。
何が起きているのか分からず、茫然と立ち尽くす恵一の前で、白井美緒は楽しそうに少女と言葉を交わしていた。


その場面で赤城恵一は目を覚ました。仮想空間で行われているデスゲームに巻き込まれて以来、恵一は自分が死ぬような悪夢を見ていた。まさか夢の中で白井美緒が現れるのは、状況としておかしいと恵一は思う。
命を賭けたデスゲームの最中に、楽しい夢が見られるはずがない。もしかしたらあの夢は、自分の精神が麻痺している証拠になるのかもしれない。そう考えると、恵一の体に悪寒が走った。
夢の中で幼馴染の少女と再会できたことよりも、恵一には気になっていることがある。夢に出て来たもう1人の少女。その容姿は東郷深雪に似ていた。その少女と美緒が楽しそうに話している理由。それさえも分からない恵一は、新しい朝を迎えた。
いつものように制服に着替えて、通学路を歩きながら、スマートフォンを操作する。画面には『残りカード14枚』という文字が表示されていた。
現在の時刻は午前7時30分。いつもならXがカードを独占していてもおかしくない時間帯。それなのにXは動いていない。おかしいと思いながら、恵一は悠久高校へ向かう。


校門の前に立った恵一は、再び状況を確認してみる。
『残りカード11枚。岩田波留。3枚』
このような文字が表示され彼は、校門を潜り昇降口へ足を進める。早朝だからなのか、昇降口へと向かう道には、誰もいなかった。野球部がバットを振る音や大きな声も聞こえない。野球部の朝練はなかったのだろうと恵一は思った。
静かな校舎の下駄箱の前で靴を脱ぐと、岩田波留が下駄箱に寄りかかるように立っていた。岩田波留は右手を上げ、自分をアピールする。それから彼は制服のポケットから3枚のカードを取り出した。
「遅かったですね。とりあえず仲間のカードは必要な分だけ全て回収しておきましたよ」
岩田は言いながら、恵一にカードを差し出す。恵一は首を縦に振り、それを受け取った。
「悪いな。ところでなんで今日はXがカードを独占しなかったんだろうな」
岩田は赤城からの問いかけを聞き、腕を組む。
「簡単なことです。精神的に安定していると、Xは出現しない」
「この状況が3日続けばいいんだけどな」
「多分それはないと思いますよ。いずれにしろこのゲームを支配しているのは、僕ですから、安心して攻略してください。Xはトータル1時間くらいしか活動できないらしいから」
赤城恵一は岩田の発言に目を点にする。
「らしいって。そんなことで大丈夫なのかよ」
「まだ不確定要素が強いから。ここは明美に聞かないと分からない」
「そうか。それじゃ、島田夏海と堀井千尋と接触してくれ」
「了解。その前に質問に答えてほしいですね。今日A組は移動教室がありますか?」
「確か3時間目が第二科学室で、化学の授業があった。ところでそれを聞いてどうするつもりだ?」
「そういう情報を入手しておかないと、自然に接触できないからね。兎に角昼休みまでには答えを導き出します」
「悪いが、まだ頼みがある。今から言うことを確かめてほしい。俺はC組の長尾紫園君に聞いてくるから……」
岩田波留は赤城恵一から発せられる新たな要求を黙って聞き、首を縦に動かす。
「分かりました。お互い不確定要素を排除しましょう」
恵一と岩田が互いに握手を交わす。その後で上靴に履き替えた彼は、2年A組の教室へ向かう。


この瞬間から岩田波留の長い1日が始まった。島田夏海と堀井千尋と接触するためには、A組に潜入するしかない。だがそれでは面白くないと岩田は考えてしまう。
ため息を吐き岩田波留は、階段を昇り始める。
「内気な野球部のマネージャー。堀井千尋。内気キャラは図書室に出没するエンカウントキャラだから、何とかなると思う。だから問題は歴女な一面もある文系女子高生。島田夏海。3時間目、A組は移動教室らしいからそこで接触できたらいいんだけど」
ブツブツと呟きながら階段を昇っていると、突然誰かが岩田波留の右肩を掴んだ。
「何のこと?」
背後から小倉明美の声が聞こえてきて、岩田波留は後ろを振り向き、彼女と顔を合わせた。目の前にいる明美は、首を傾げている。その表情は、残酷な物ではなく素直な感じだった。
「何の用ですか?」
「一緒に教室に行こうって思って。本当は校門の前で待っていたかったんだけど、やっぱりそれは早いかもって思ったから」
無邪気な明美の笑顔を見て、岩田は密にガッツポーズをした。
「そうですか」
「それで本当に良かったのかな。カードを独占したことを謝らなくても」
「今日は独占していないみたいだから、謝らなくてもいいと思う。これで必要としている人は、反省しているって思うから」
「そうだったらいいんだけど」
小倉明美はどこか悲しそうな表情を浮かべ、岩田波留の隣を歩いた。先程の独り言の説明はスルーしてしまったが、波留は密かに瞳を燃やす。他のヒロインとの接触。このミッションを岩田波留は楽しんでいた。


1時間目終了直後の休憩時間、岩田波留は図書室に向かっていた。この時間帯は流石に堀井千尋はいないだろうという考えが、岩田の脳裏に浮かんだが、それでも彼は図書室に行きたかった。そこに彼女がいる可能性が否定できないから。
図書室のドアを横にスライドさせ、岩田が室内に足を踏み入れる。すると誰かが岩田の体にぶつかった。その弾みで1冊の文庫本が廊下に落ちる。
「ごめんなさい」
大人しい雰囲気を漂わせる黒色のボブヘアの少女は、何かに脅えるような口調で頭を下げた。岩田は透かさず落ちた文庫本を拾う。
「野球のおっさん。スポーツ小説の傑作だって聞いたことがあるけど、面白いのでしょうか? 堀井千尋さん」
堀井千尋は急に顔を赤くして、もじもじと指を動かす。
「その……」
聞き取れない程小さな声で堀井千尋は呟く。
その反応から岩田は察し、手にしていた文庫本を彼女に渡した。
「悪かったですね」
岩田も頭を下げ、周囲を見渡し始める。ドアの前で立ち話をしていたら、邪魔になると思った彼は、出入り口から離れる。
「面白いよ」
堀井千尋は離れていく岩田に声を掛ける。その答えを聞いた岩田は、振り向き笑顔を見せた。
何とか堀井千尋と接触できた岩田波留は歩きながら、生徒手帳のメモになっているページを開き、制服の内ポケットの中に仕舞われたシャープペンシルを取り出した。それから筆記用具で文字を書き込む。
「魅力重視かな」
独り言のように呟いた岩田は、急いで教室に戻った。


2時間目終了直後の休憩時間、赤城恵一が動き始めた。彼は授業終了を告げるチャイムが鳴り響いた後で、2年C組の教室へ向かう。急いでC組の教室のドアを開け、長尾紫園の所在を聞いた恵一だったが、そこには彼の姿はなかった。どうやらトイレに向かったらしいという情報を得た恵一は、深いため息を吐く。
長尾が向かったトイレは、谷口が死んだ場所。そこに近づかなければならないと思うと、深刻な表情になるのも当然のことである。
赤城恵一は腹をくくり、男子トイレへ向かう。長く感じた廊下を歩き、男子トイレのドアの前に立つ。そうして勇気を振り絞り、トイレのドアノブを握ろうとした時、当然ドアが開き、ロン毛という言葉が似合う程後ろ髪が長い男子高校生が出て来た。その男は、チャラい印象を受ける。
「もしかして長尾紫園君か?」
「そうっすけど、なんすか?」
その男、長尾紫園の口調はやはりチャラいと恵一は思った。だがそれどころではないと、彼は頭を振る。
「2年A組の赤城恵一だ。長尾君に話がある。とりあえずトイレの中で話そう。あのことが女子や先生にバレたらマズイからな」
半場強引に2人はトイレに入った。長尾紫園はトイレの洗面台の前で、目の前にいる男子高校生へ尋ねる。
「それでなんだ。話しって」
「放課後、木賀アリアは下駄箱の前にいて、そこで長尾君は一緒に下校するよう頼む。これで合っているか?」
「そうだよ。普通に下駄箱の前だけど、それがどうした?」
長尾は要領を得ない質問に、困惑するばかりだった。一方で恵一は自信満々に頬を緩めてみせる。
「ありがとう。これで成功しそうだ。ということで、そろそろ本題に入ろうか。単刀直入に話すが、俺の作戦に協力してほしい。全てはくだらないことで人が死ぬのを阻止するためなんだ」
その後で恵一は、ペラペラとした口調で作戦を伝える。その作戦を最後まで聞いた長尾は、腹を抱え笑うことしかできなかった。
「確かに理論上は可能だが、それは誰かが裏切ったらアウトだ。それでもいいのか?」
「全員が幸せになるためには、これしか方法はない。だから明後日に決行する作戦に付き合うのか。答えを教えてほしい」
恵一と紫園の目が合った。その瞬間長尾は、前髪をクルクルと弄り始める。
「確かにアイツのやり方は間違っている。ゲームは楽しいものだ。ゲームなんて命を賭けてやることじゃないから。だから協力するしかない!」
そう言いながら長尾紫園の頭には、ラブの姿が浮かんでいた。何とか仲間に引き入れることに成功した、恵一は紫園に対して頭を下げる。
「ありがとう。ただし今日古畑一颯君か石田咲君のどちらかが、大竹里奈さんと下校しなかったら、裏切って構わないからな。あの2人のどちらかが、今日下校しないと作戦は無意味になる」
「分かった」
こうして赤城恵一と長尾紫園は協力関係を結んだ。残る不確定要素は1つ。それを確かめなければ、作戦は失敗に終わる。そう考えながら、恵一は教室に戻った。

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