シニガミヒロイン

山本正純

下校イベント攻略法

赤城恵一が2年A組の教室に戻る。教室のドアを開け中に入ると、教室内にいた同性のクラスメイトたちが一斉に彼に注目した。
「説明してくださいよ。岩田君と何があったのか」
啖呵を切ったのは矢倉だった。周囲でモブの女子たちが会話を楽しんでいる。楽しい空気を漂わせる女子たちと、緊迫の空気を漂わせた男子たち。相反する空気が教室に充満し、恵一は同級生に頭を下げた。
「別に裏切ろうってわけじゃない。Xからカードを受け取ったのは岩田君が俺のことを信頼しているから。彼は本当に反省しているんだよ。だからこいつを預けた。独り占めなんて考えてないから、欲しい奴は取れよ」
理由になっていないのではないかという考えが恵一の頭に過る。だが彼は気にせず堂々とした態度で、自分の机の上に、3枚のカードを置いた。表面が見えるように置かれたカード。カードを必要としている三好と矢倉は、赤城恵一に近づき、机の上からカードを回収する。これで残るカードは堀井千尋Bと書かれたカードのみ。しかし村上は疑っているのか、そのカードを取らなかった。


それからいつものように日常が流れていき、放課後、赤城恵一は昇降口の下駄箱の前で島田夏海に頭を下げた。
「島田さん。俺と帰ってくれ」
けれども結果は先週の金曜日と変わらない。
「ダメでしょ」
これで3連敗。この後に矢倉も下校するよう誘ったが、それでも無駄だった。結局この日も滝田が夏海と下校したのだった。


午後4時10分。岩田波留は赤城恵一の自宅のインターフォンを押す。数秒後に玄関のドアが開き恵一が顔を覗かせた。恵一は突然岩田が尋ねてきて、不思議な顔付きになる。
「必勝法を教えにきましたよ。だから家に入れてください」
岩田は頬を緩め唐突に呟いた。だが赤城は彼の真意を理解できない。
「何でそんなことを俺に教える」
「仲間でしょ。あのことを隠蔽してくれたお礼も兼ねています」
「分かったよ。矢倉君もいるけどいいのか」
「いいですよ。一緒に教えます」
こうして恵一は岩田を自宅に招き入れた。
恵一の部屋の床に腰を落とし、部屋の中にいた矢倉と顔を合わせる。矢倉は疑いの目で岩田の顔を見つめ、恵一に耳打ちする。
「大丈夫ですか? 岩田君はカードを独り占めするくらい自己中心的な奴で……」
「大丈夫だ。岩田君は俺の仲間で、もう反省している」
矢倉は恵一の説明に納得したのか、安堵の表情を浮かべた。そんな中で岩田は説明を始める。
「早速だけど、下校イベント争奪戦の必勝法を教えますよ。その前に2人のステータスを見せてください」
なぜ岩田にステータスを見せなければならないのか。2人は分からず首を傾げてしまう。岩田は2人が意図を察していないことを悟り、彼らに疑問を投げかけた。
「じゃあ、質問な。赤城君と矢倉君はRPGというジャンルのゲームをプレイしたことがあるのかな? タイトルは何でもいい」
その問いに2人は首を縦に振る。それから2人は答えを補足した。
「友達の家で少しだけプレイしただけだったな」
赤城恵一の答えに対し矢倉は自信満々に腰に手を置く。
「僕はゲーマーってわけじゃないけど、通算1000時間くらいプレイしたことがありますよ」
「そうか。じゃあRPGを例にして恋愛シミュレーションゲームにおけるステータスの重要性を説明しよう。RPGではモンスターを倒すために勇者の体力や攻撃力、防御力などを上げるんだろう。その場合どんな感じにステータスを振り分ける?」
「バランス良く振り分けるに決まっているだろう。攻撃だけ異常に上げておいて、防御が最低だったら元も子もないから」
赤城恵一の意見に隣の矢倉も同意するように首を縦に振る。だが岩田はそれを否定するかのように首を横に振った。
「やっぱり恋愛シミュレーションゲーム初心者が陥りやすい重大なミスを犯している可能性が高いな。バランス良くなんて振り方は、恋愛シミュレーションゲームの世界では不正解なんだよ。正解は極振り」
「極振り?」
恵一は岩田の言っていることが分からない。それに対し矢倉は岩田の発言を聞き、驚いたように目を見開く。
「極振り。特定のステータスに絞り込んでポイントを振り分けるアレですね」
「矢倉君。正解。実際の恋愛シミュレーションゲームの下校イベント成功率は、ステータスに依存する。下校イベントなんて、特定のステータスが成功ラインを超える値だったら必ず成功するもんなんだよ。各ヒロインによって上げるべきステータスが異なる。多分難易度によって必要なステータスの値も異なるって所かな」


「ちょっと待てよ。どのステータスを重点的に振ればいいんだ?」
恵一が疑問に感じたことを尋ねる。すると岩田は腕を組む。
「分からないが俺に任せろ。恋愛シミュレーションゲーム上級者は、ヒロインと1度会話するだけでどれが1番重要なステータスなのかが分かる」
「敗因はステータスが足りていなかったからってことは分かりましたが、どうするのですか?」
「そうだ。あの鬼畜経験値システムの性でレベルを1つ上げるのに10日もかかった。今週末にレベルが上がりそうだが、そこまで待っていたらゲームが終わる可能性が高い」
焦る2人に岩田は腹を抱えて笑った。
「これは傑作だな。RPGをやったことがあるんだろ。ボスキャラが倒せなくて、武器屋で聖剣を買った経験とかあるんだろ。それと同じだ。1万円のお小遣いでステータスを増強する。これだったら確実に勝てるだろう。今日島田夏海と下校した滝田君は最後に固定だからな」
「そんなことができるのかよ」
恵一は驚き机に前のめりになる。
「ステータス画面には表示されないけど、鎧を買ったら防御力が上がるのと同じ感覚で、身に付けたらステータスが増強されるアイテムがこの世界には存在している。例えば辞書をカバンの中に入れるだけで、知識がアップ。自分の動きを変えるだけでも、ステータスを上げることができるんです。島田夏海は初心者向けヒロインだから、下校イベント発生条件のステータスの値も低いはず。だから、アイテムを身に着ければ、何とかなると思います」


そんな方法があるのかと2人が感心していると、岩田は手を叩いた。
「そろそろ作戦を伝えるけど、その前にこれは賭けだよ。この攻略手順だと最低3日かかる。この3日の間に残り12名の席が埋まったら元も子もない。それでもいいのか?」
「構わない。その賭けで先月のイベントゲームを勝ち抜いてきたからな」
矢倉も恵一と同じ気持ちのようで、首を縦に振る。そんな2人に岩田は尋ねた。


「もう1つ聞きたいことがあった。赤城君と矢倉君。どっちが先にイベントゲームをクリアするのか?」
思いがけない質問に2人は途惑う。
「それは明日1番目に島田さんと交渉した方だろ。順番が選べるわけじゃない」
「ところがどっこい。実は順番を操作できるんだ。例えば赤城君は矢倉君を生かしたかった。だけど1番という順番を引いてしまう。順番は変更できないけど、制限時間中何もしなければ、順番は自動的に2番目の矢倉君に移る。この要領で順番を操作すれば、好きな方を生かすことができる。仮に明後日順番固定から解放された滝田君がまだ攻略してない方より先に下校したとしても、同じ要領で順番を操作すれば明々後日攻略してない方を救済できる。だけど明後日の段階で12名の枠が埋まるかもしれない。そうなったら即死亡。どうする? どっちを生かす?」
究極の2択問題を突き付けられ、矢倉は唸った。しかし彼の隣にいた赤城は何かを覚悟したかのような表情を浮かべ、立ち上がる。
「矢倉君を生かしてくれ」
「ちょっと待てくださいよ。そんなことしたら死ぬかもしれませんよ。そうなったら白井美緒さんが悲しむ。それが分かっているのですか?」
恵一の驚きの答えに矢倉は席から立ち上がり尋ねた。それを受け恵一は補足する。
「確かにそうだな。だけど俺は今生き残っている27人全員で生き残る方法って奴を試したいんだ。まだ攻略していない奴の方が説得力があると思う。さっき岩田君が説明した順番を操作する方法を使うから、何を言っても無駄だ。順番が最初になってもスルーする」
何を言っても無駄というように、赤城恵一の覚悟は固かった。現に矢倉が何を言っても赤城恵一は意志を曲げようとしないのだから。
口論が1時間程続いた頃、机の上に置かれた3台のスマートフォンは一斉に震え、3回戦進出者の通知が表示された。
『村上隆司。鈴木大河。藤田冬馬。以上3名がイベントゲームをクリアしました』
これで残る席は9つ。その通知を見て赤城は思い出したかのように、岩田に頭を下げる。
「他力本願で悪いけど、三好君も助けてくれ」
「ちょっと待て。堀井千尋の難易度は中級者向けだろう。だったらあのカラクリを知っているはず。別に助けなくても何とかすると思うが」
「いや、三好君は初心者なんだ。野球部のマネージャーなら攻略できるんじゃないかって考えで彼女を選んだだけで。因みに同じヒロインを攻略しようとしている村上君と櫻井君は、経験者だけど初心者の三好君に協力しない」
恵一から事情を聞かされ岩田は納得する。
「分かったよ。堀井千尋とも接触する。でも成功確率は50%程だからな」
結局その日はお開きとなり、夕日が沈んでいった。

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