シニガミヒロイン

山本正純

終わりの朝

校庭にある大きなソメイヨシノの樹の前で学ランを着たスポーツ刈りの高校生が、立っている。
ソメイヨシノの花は4部咲き。もうすぐ春なのだが、今年の開花は遅いのか。
男子高校生は大木を眺めながら思う。その後で彼は、スボンのポケットから手鏡と櫛を取り出し、身だしなみの最終チェックを行う。
上空を灰色の雲が流れる中で、1人の女子高生が彼の前に姿を現したのは、それから1分後のことだった。
後ろ髪が腰まで届きそうなほど長いストレートヘアに、右頬に小さな黒子がある少女は、男子高校生と同い年くらいに見える。
「話って何なの? 」
女子高生が首を傾げながら尋ねると、彼は目の前に現れた少女の手を取った。
「夏海。お前と知り合ってから、もうすぐ1年になるな。だからこの際ハッキリ言う。お前のことが好きだ。だから俺と付き合ってくれ」
その少女、島田夏海しまだなつうみは突然の告白に赤面する。


しばらく沈黙の時間が流れていく。その間青空を白い雲が包み込んだ。
少女は今にも雨が降りそうな雲を見上げる。
それから1粒の雨が、少女の頬に落ち、男子高校生の方向へ視線を移す。
「ごめんなさい」
男子高校生はあっさりと振られた。その事実を知らせるように、少年の学ランの中に仕舞われたスマートフォンが振動する。
彼は恐る恐る、ポケットからスマートフォンを取り出し、画面を見る。
『ゲームオーバー』
スマートフォンの画面に、このような文字が表示され、告白した少年の顔が次第に青ざめていく。その瞬間、少年の世界は暗転した。


「嘘だ。あんなに好感度を上げたのに、失敗するはずがない」
男子高校生は校庭の樹の下で叫ぶが、現実は変わらない。
心臓の鼓動が速くなり、体が小刻みに震える。
告白の敗者は、少女の頬から落ちるそれが、涙ではないかと錯覚した。
「その涙は本物だろう。だったらどうして……」
島田夏海は男子高校生と視線を合わさない。
「さようなら」
島田夏海が最期の言葉を男子高校生に告げた。その瞬間、男子高校生の口から、大量の血液が噴き出す。
ソメイヨシノの記念樹に大量の血痕が飛び散る。しかし噴き出した大量の血液は島田夏海の体には届かない。
島田夏海は目の前で同級生が死んでいくにも関わらず、気にも留めない。何事もなかったように、その場から去っていく。そうしてその男子高校生、郷田亮ごうだりょうは亡くなった。


「今回も全滅か。最後まで生き残ったプレイヤーは全クリできると思ったのに」
覆面レスラーが着用しているような白色の覆面で顔を覆った人物は、男子高校生殺害の様子をモニター越しに見ていた。覆面の額にはピンク色のハートマークがプリントされている。
部屋の中にあるのは木製の机とキャスター付きの椅子。それ以外に、48台のモニターが設置されていた。
椅子に座り告白を見守った覆面の人物は、椅子を滑らせ、木製の机まで進み、そこに置かれていた机からリモコンを手にする。
「さて、リセットしますか」
すると突然ドアを叩く音が聞こえ、黒ずくめの大男が入室した。
「失礼します。ラブ様。先程告白に失敗した負け犬の遺体をダンボール箱に詰めました。今から発送します」
ラブと呼ばれた覆面の人物はリモコンを握りながら、大男の顔に告げる。
「そうですね。早速次のプレイヤーを探しておいてよ。次は東京都千代田区で開催しようかな」
「承知しました」
大男が頭を下げ、部屋のドアを閉める。
その後でラブは13番のモニターに映し出された、ソメイヨシノの樹の前で佇む島田夏海の顔を見つめる。
「リセットです」
ラブはリモコンのスイッチを押す。すると画面が突然白く変わった。その画面に、島田夏海の姿はない。





『4月6日。朝のニュースです。男子高校生集団失踪事件について。速報が入ってきました。埼玉県警の発表によりますと、先日失踪中の高校2年生、郷田亮さんの遺体が、段ボール箱に敷き詰められた状態で発見されたとのことです。警察は遺体を遺棄した不審者を追っています』
テレビで伝えられた衝撃的なニュースを、黒色のベリーショットにした少年が食パンを齧りながら見ていた。


ニュースでは淡々と事件の概要がキャスターによって伝えられる。
『同様の事件は、去年の4月から日本各地で発生しています。ある日突然国内の限られた範囲内で男子高校生たち48人が拉致されます。そして1か月以内に拉致された48人の男子高校生たちの遺体がダンボール箱に敷き詰められた状態で発見されてきました』
テレビ画面に日本地図が映り、キャスターが視聴者に対して説明を続けた。
『これまで同様の事件が発生したのは、北海道札幌市、宮城県仙台市、埼玉県入間市、群馬県川崎市、新潟県新潟市、愛知県名古屋市、大阪府大阪市、兵庫県神戸市、広島県広島市、香川県高松市、福岡県福岡市、鹿児島県鹿児島市の12か所で、これまで一連の事件で亡くなった被害者数は、576名に及んでいます。拉致された後に殺害された男子高校生はいずれも高校2年生ですが、何の接点もないうえ、犯人特定に繋がる遺留品も発見されておらず、警察の捜査は難航しています』


その男子高校生、赤城恵一あかぎけいいちは食パンを飲み込み、洗面台へと移動する。
するとその時、インターフォンが鳴った。赤城恵一は寝巻姿で、玄関まで行き、ドアを開ける。そこには黒色のショートボブに低身長の少女が立っていた。その少女は黒色のセーラー服を着ている。
「早く制服に着替えて、歯を磨け。高校2年生初日に遅刻するなんて許さないから」
「美緒。その前に挨拶をしたらどうだ」
「うるさい」
その少女、白井美緒しらいみおは頬を膨らませる。
「分かったから、着替えてくる。5分待ってくれ」
赤城恵一は玄関のドアを閉めようと、ドアノブに手を伸ばす。だがそれよりも早く、白井美緒は彼の手を掴む。
「そういえば駐車場に自動車が停まっていなかったけど」
「ああ、父さんと母さんは京都に出張中だ。今日の早朝から出かけて帰ってくるのは、1週間後だって言っていたな」
「だったら今日から恵一の弁当と夕食を作るからね。幼馴染として食生活が心配だから」
「好きにしろ」


赤城恵一は玄関のドアを閉め、軽く深呼吸する。彼の顔は赤く染まりつつある。
赤城恵一は白井美緒のことが好きだった。そんな彼女がこの1週間の食事の世話をすると言う事実は、彼の気分を高揚させる。
彼は靴を脱ぎ、スキップをしながら洗面台に向かい、歯を磨いた。
それから1分後、今度は自分の部屋に行き、白いワイシャツと学ランに袖を通す。
支度を整えた彼は急いで玄関先で待つ、白井美緒の元へ駆け付けた。
その直後、白井美緒は静かに赤城の元へ歩み寄る。
「えっ」
赤城恵一が驚いたような声を上げた。赤城恵一の心臓の鼓動が徐々に大きくなる。そして、2人の距離が僅か3センチ程となった所で、彼女は彼の首に手を伸ばす。
「学ランのホック。止まってないよ」
そう言いながら、白井美緒は彼が着ている学生服に触った。その行動に照れた赤城は、慌てて学生服のホックを止める。
「学ランのホックくらい自分で止められるし、そんなところを誰かに見られたら、後々面倒なことになるだろう」
赤城が近くにいる彼女に言い聞かせると、白井美緒はジド目で彼の顔を見た。
「変な事想像したでしょ。朝の挨拶としてキスをするとか」
「そんな想像するわけがないだろうが」
赤城は自宅の玄関のドアを施錠するために背を向けた。
また素直に言えなかったと赤城恵一は後悔した。彼は彼女との距離が3センチ程になった時点で、この場でキスをするのではないかと思っていた。その事実を彼女に言い当てられ、素っ気ない態度を取った。
その後悔に満ちた顔は、白井美緒には見えない。
玄関のドアが本当に閉まっているのかを確認するために、ドアノブを2回程引いてみる。
ドアがしっかりと施錠されていることを赤城が確認すると、2人は、通学路を歩き始めた。


4月6日。月曜日。高校2年生となった2人は、始業式に参加するため学校に向かう。いつもと同じ平穏な高校生活が始まると思いながら、赤城恵一は白井美緒の右隣りを歩く。
しかし、その平穏は、たったの5分で崩壊してしまう。


それは突然のことだった。いつもの通学路を歩く2人の後ろを、黒塗りのトラックがゆっくりと追い越す。この早朝という時間帯にトラックが通過することは珍しい。ボディが黒く染まっている怪しげなトラックだと恵一は思った。
丁度その時、そのトラックが2人を追い越した先で、突然停車した。
運転席のドアが開き、2人組の男が降りる。2人の前に立ち塞がったその男は黒色のスーツに黒色のワイシャツ、黒色のサングラスといった全身を黒色で統一したコーディネートの大きな男であった。
誰が見ても怪しいと感じる2人組の男が目の前に現れ、恵一と美緒は後退りした。この男達は犯罪者ではないかという偏見のような考えに行き付いた2人の高校生は、その場から逃げ出そうと走り出す。


しかし、黒い服を着た男達は、それを許さず彼らを全速力で追いかける。不審な男から距離を取った恵一は、スマートフォンを取り出し、警察に通報しようとした。
だが、黒服の男が彼に追いつき、ボタンを押そうとする右手を強く掴まれてしまった。男は慣れた手つきで、逃がす暇さえ与えず、男子高校生を羽交い絞めにする。その瞬間、恵一が握り締めていた自分のスマートフォンはアスファルトの上に落ちた。


「美緒。逃げろ!」
恵一は両手足をジタバタと動かし、抵抗しながら大声で叫んだ。しかし、白井美緒は恐怖から体を動かすことができなくなっていた。
大男の履いている革靴を、強く踏みつけた恵一だったが、男はビクともしない。やがて、別の男が静かに近づき、一生懸命抵抗する男子高校生の首筋にスタンガンを当てた。
強烈な電流と首筋に針が刺さったかのような痛みが彼を襲う。そして、その痛みに耐えることができなくなった彼は、意識を手放した。
大男は赤城が失神していることに気が付くと、彼の体から手を離す。
その光景に白井美緒は思わず悲鳴を上げる。
大男はうつ伏せの状態でその場に倒れこんだ赤城から恐怖で歪んだ彼女の顔へと視線を映す。それから痩せた男からスタンガンを受け取り、白い歯を見せた。
「誰か……!」
白井美緒が大声で叫ぶ。だがその声は近隣住民に届かない。大男は彼女をアスファルトの上に押し倒す。そして彼女の体に馬乗りになった。美緒は悪足掻くが、巨体の男の体はビクともしない。
男は美緒の口を左手で塞ぎ、右手で彼女の首筋にもスタンガンを当てた。
静かに彼女の瞼が落ちていく。男は気を失った少女を、その場に放置する。それから男は、うつ伏せに倒れている赤城恵一の体を担ぐ。少女を気絶させている間に、別の男が開けておいたトラックの荷台に向かって、男子高校生の体を軽々と担いだ男が歩く。そうして男は、気を失っている少年を荷台の中に押し込んだ。
2人組の男は、荷台のドアを閉め、何事もなかったようにトラックに乗り込み、そのまま走り出した。
この日の通学中の時間帯、東京都千代田区各地で同様な手口の拉致事件が多発した。白昼堂々に行われた事件の目撃者は数少ない。


数時間後、黒塗りのトラックは山奥の中にある寂れた研究所の前で停車した。間もなくして、トラックに乗り込んでいた2人組の黒服の男が降り、到着を玄関の前で心待ちにしている額にハートマークが印刷された覆面を被った黒いスーツの人物に頭を下げる。
「ラブ様。3号車。只今到着しました!」
「そう。あなたたちが最後ですよ。他の皆は研究所の中で準備を進めています。それで、赤城様は?」
グイグイ近づくラブに対し、部下の男は静かにトラックの荷台を開けた。
「もちろんトラックの中です。まだ眠っているはずですよ」
「そう。じゃあ早くやらないとねぇ」
ラブは覆面の下で笑い、スーツのポケットからピンク色の長方形のケースを取り出す。そして、鼻歌混じりで歩きながら、トラックの荷台に乗り込んだ。

トラックの荷台の中では、8人の男子高校生が横たわっている。その中から赤城恵一の姿を見つけたラブは、頬を緩め注射器の入ったピンク色のケースを開けた。ラブは注射器を手にしながら、覆面の下で不敵な笑みを浮かべ、恵一に近づく。

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