高校ラブコメから始める社長育成計画。

すずろ

17.向日葵 -END-

 怖い――
 私は去年、全国大会の予選で救急車に乗せられ運ばれた。
 発作で息が出来なくて倒れたからだ。
 一緒にチームを組んでた先輩たちに迷惑をかけてしまった。
 それ以来、私は走ることを止めた――


 だけど、百瀬ゆーまという男の子が、私をまた短距離の世界に連れだした。
 きっかけはケイドロイベントだ。
 そもそもケイドロをしようと言い出したのは私なんだけど。
 私がただ、テレビのリモコンを携帯と間違えて持ってきただけなのに、百瀬っちとペアを組まされることになってしまった。そんな間違い、よくあることっすよね。

 百瀬ゆーま少年、彼は生意気だ。
 私の嘘も見破るし、手のひらでダンスさせやがる。
 きっと私の事を犬か何かだと思ってるに違いない。

 そんな百瀬っちにうまく乗せられたんだ。
 そう、あの日私は、百メートルを走りきることができてしまった。
 それは私にとって衝撃だった。
 みんなにとってはなんでもないことかもしれないけれど。
 私にとっては、人生が変わるかもしれないと思うほどのことだった。
 また短距離チームに入れるかもしれない。
 そんな期待と。
 また発作で倒れるかもしれない。
 そんな不安――


 私の名前は夏香。
 夏の香りがする向日葵《ひまわり》のような人になりなさいと、お母さんが付けてくれた名前。
 そんな私は、お外で走り回るのが大好きだった。
 幼稚園のかけっこもいつも一番。
 誰にも負けたくなかったし、誰にも負けなかった――


 だけど私は向日葵じゃなかった。
 夏でも外に出られない、心配ばかりかける子になってしまった。
 全部この喘息が悪いんだ。
 お母さん……
 どうしてこんな体に産んだの?

 喘息はだんだん悪化して、家の埃《ほこり》でも咳が止まらなくなる日が続いた。

「小学校はね、喘息の治療をしながらお勉強できる学校に行くのよ」

 私は喘息の子供が集団で暮らしながら学ぶ学校に行くことになった。
 お母さんともお父さんとも離れ離れ。
 こんな体だから両親に捨てられたんだ、そう思ったこともある。
 でも、そこでは咳がほとんどでなくて、お友達もできて、楽しいこともいっぱいあった。
 そして、喘息の症状は私なんか軽いほうだったと知る。
 ずっと部屋から出られない子や、車いすの子もいた。
 私は恵まれていたんだ。
 そう思うと、申し訳ない気持ちになった。
 私だけズルい気がしてきた。
 なんとかみんなを笑顔にしてあげたいと思った。
 してあげなきゃと思った。

「おんなじ病気のなっちゃんが元気に走ってるのを見ると、僕らまで元気になった気分になるよ」

 そう言ってくれた友達がいた。
 だから私は陸上部に入った。
 単純だけど。
 私は走るしか取柄がないから。
 それでみんなが元気になれるなら――


 でも現実は違った。
 やっぱり私は神様から嫌われてるんだ。
 予選で倒れたあの日。
 息ができなかった。
 凄く、凄く苦しかった。

 そして私は、走るのが怖くなった。

 だから棒高跳びという競技に替えた。
 それは棒に乗って高い高いバーを越える競技。
 棒に乗って飛んでいる瞬間は、誰よりも太陽に近づける気がした。
 向日葵《ひまわり》に、なれる気がしたから。

 そう、私は、走るのを止めたんだ。


 怖い――


 今日は県大会の決勝だ。
 だけど、行くのが怖い。
 私は布団から出られずにいた。
 昨日みたいに発作がでるかもしれない。
 今度は息ができなくなるかもしれない。

 また倒れて、みんなの大事な試合を台無しにしてしまうかもしれない。
 私なんていないほうがいい、そう思う――


 ピロリンピロリン。
 そこへ携帯にメールが届く。

『今日はお前の好きな、福田のチョコパム持っていってやるからな』

 福田のチョコパム!
 いやいや……エサに釣られるな私。


 福田のチョコパム!
 ま……行くだけ行ってみようか……


 チョコパム!
 じゅるり。

「行ってきまーす!」


 私は吸入器を握りしめ、競技場へ向かった。
 パンで釣るとはやはり百瀬っち、侮《あなど》れん人だ……

 百瀬っちたちと合流し、競技場に着いた私はとある集団を発見し、飛び上がるほどビックリした。
 こっちに向けて手を振ってくる。

「あ、なっちゃんだー!」
「なっちゃーん!」
「ぎょえー!?」

 私は奇声をあげて、柱の陰に隠れた。
 なんと喘息学校の子たちが私の応援に来ていたのだ。
 ヤバイヤバイヤバイ。
 今日は棄権するなんて言えないじゃないか。
 駆け寄ってくる子たち。

「ちらっ……」
「なっちゃん、なに隠れてんの?」 
「……ふっふっふっ! 見つかっちゃっては仕方ねえっす! だがしかし!」
「駄菓子かし?」
「あ、百瀬っち、チョコパム早くおくれ」
「ほい」

 むしゃむしゃ……じゃなくて!

「百瀬っちっすか!? この子たちを呼んだのは!」
「え、俺じゃねーよ? つか誰?」
「ボクも知らないよー?」
「……そうなの?」

 私は来てくれた子たちに問いかけた。

「あたしたちが調べてなっちゃんを見に来たんだよ!」
「そうだよ! なっちゃんは僕らの憧れだもん!」
「また走ってるとこ、見れるんだよね!」
「みんな……」

 ずっと待っててくれたんだね。
 前はカッコ悪いところ見せちゃったから、もうみんなの希望にはなれないと思ってたけど。
 これは引き下がるわけにはいかないかも。

「任せるっすよ! ではまたっ!」

 両手でブイサインを送り、踵《きびす》をかえす私。
 声が震える。
 不安が顔に出ちゃうと困るから颯爽《さっそう》と立ち去ることにするのだ。

「頑張ってね!」
「ひまわりになってね!」

 そう言われて片手を挙げ、ういっすと背中で返事する私。ハードルあげないでほしいっすよぉ……


「無理は、すんなよ……」
「今更だよ百瀬っち!」

 優しい言葉を掛けてくる百瀬っちだが、悪魔による甘い囁《ささや》きであると予測されるので、とりあえず距離を取る私。

「そんな避けられるとヘコむわ……」
「この魔王め! 勇者の私が成敗してくれるわ!」
「厨二病は妹だけでお腹いっぱいだ」

 そこへ茶髪の綺麗な女の子がやってきた。

「百瀬、見にきたわよ」
「おー、エリカ」
「だれっすか?」
「俺のともだ――」
「バイトが同じなだけの、ただの知人です」
「ちょ」
「うちの接骨院としても、みなさんを応援してますから。院長から差し入れです」
「うわーやったー! ボク緊張でご飯食べられなかったから、ゼリーは嬉しい!」
「箕面さんも頑張ってね」
「ありがとー! 上原さん!」
「……」

 なんだいなんだい、百瀬っち。
 可愛い女子ひきつれやがって。
 うらやましい。
 私も可愛い女の子が好きだから羨ましいや。
 そう、この胸のチクチクはそれだけだし。
 なんの意味もないはず。


 決勝はお昼の二時から――
 一番暑い時だからしっかり体調管理しとかなきゃだ。

「夏香先輩、これ食べてください!」
「おっ! はちみつレモン! いったらきまーす!」

 体調管理は苦手だけど、この子がカルテをつけてくれ出してから、安心して走れるようになっていたっけ。
 骨折かあ……悔しいよね。
 この子のぶんまで頑張りたいな。
 そんなことを考えながらウォーミングアップを済ませ、決勝の時を迎える――


「いちについて」


「よーい……」


 パァーン!
 優理のスタートは見事に決まった。
 今年最高のスタートじゃないだろうか。
 優理は中学生の時から仲良くしてくれている。
 クラスが離れてもずっと友達。
 この子の、まわりに気を配れるところ、本当に尊敬している。
 去年、優理はリレーメンバーじゃなかったから、一緒に遠征は行けなかったんだよね。
 今年は一緒に行ってみたいな。お泊りの大会は楽しいのだ。

 そして二走のひなたにバトンが渡る。
 優理が連れてきてくれた助っ人だけど、純粋で良い子。
 走るのも凄く速いのに、少しも鼻にかけない。
 真面目だなあ。
 箕面だなあ。
 百瀬っちのことが好きらしい。
 あんな男子のどこがいいんだか。

 ちなみにストレート勝負の二走は、アンカー以上のエースを投入してくる学校もある。
 ひなたも、抜かれてはいないが、なかなか差を縮められない。

 そのままの順位で先輩にバトンが渡る。
 副部長は優しいから好きだ。
 私が去年倒れた時、誰からも攻められなかった。
 先輩たち全ての夢を台無しにしたのに。
 でも副部長は違った。
 私は吸入器を忘れたことをギリギリまで黙っていたこと、それを先輩は咎《とが》めた。
「どうして言わなかったの!」「みんなに迷惑かかるのよ!」と。
 そして泣きながら私を抱きしめ、こう言った。
「本当に無事で良かった……」
 心配してくれたことも叱られたことも嬉しかった。
 本当に優しい先輩だ。
 陸上部を辞めようと思ったけど、この先輩を見送ってからにしようと、棒高跳びに転向して残ることにしたんだ――


 もうすぐだ。
 もうすぐ私にバトンが渡る。
 わくわくと不安が押し寄せる。
 そういえばケイドロの時、百瀬っち、この震える手を握ってくれたっけ。
 今日も元気の源、福田のチョコパンを買ってきてくれたっけ。
 騙されないぞ。
 魔王のくせに優しくしやがって。
 男前なことをする奴なんて大嫌いだ。
 優理をとられたらどうすんだ。
 私は手をぐーっと握りしめる。

「――ふふっ」

 なに考えてるんだろ。
 喘息が心配って話じゃなかったのか私。
 なんか笑いが込み上げてきた。
 百瀬っちのことを考えてる間に、自然と震えも収まっている。
 不思議な現象。


 そして先輩からバトンを受けとる。

「夏香さん! 頼みましたわー!」

 背中のほうからそんな声が聞こえた。
 正確には聞き取れない。
 だって本気で走っているから。
 全力疾走だから。
 私はこの瞬間が大好き。
 なにも考えなくていい。
 声援も何も聞こえない。
 私だけの世界。
 ただ思いっきり体に力を込めて走る。
 走ってる時だけは咳も出ない。
 終わった後が怖いけど。
 今は、何も考えなくていい。
 みんなに、背中を預けたから。
 私、頑張る――



 ――そして私はゴールラインを走り抜けた。


「――女子、四百メートルリレーの結果をお知らせします。一着は……」

 アナウンスが流れる。

「光月高校……一着は四レーン、光月高校です! 続いて二着――」
「うぉっシャアー!!」

 百瀬っちが叫びながら駆け寄ってくる。

「やったぁ……先輩おめでとうございますっ……!」
「はぁはぁ……あはははは! 私らが県内最強だー!!」

 やった……やったよ……!
 見上げると観客席には大勢の見知った顔がある。
 陸上部のみんな。
 喘息学校の子たち。
 それにお母さんとお父さんまで。
 来るって聞いてないぞ。

 ああ、お母さんが泣いてる。
 あんなに喜んでくれてる。
 嬉しいなあ。
 私、走り切ったよ!

 お父さんも泣いてるじゃん……
 恥ずかしいなあ。
 私ってば、愛されてるよなあ!
 えへへ。

 そこへ百瀬っちが、私の頭をわしゃわしゃと撫でてきた。

「よくやった! ああ、よくやったぞ夏香!!」

 あたしゃ、あんたの犬か!

「よく……やったよ……」
「はう……」

 いやはや、百瀬っち。
 なんであんたが涙ぐんでんのかなあ。
 なんでそんなに目つき悪いくせして、屈託のない笑顔で微笑むんかなあ。
 だめだ私、泣けてくるじゃん。
 なんでこんなに、胸が熱いのかなあ。
 なぜか百瀬っちが眩しく見える。

「ずるいよ百瀬っち……」

 やがて、私の頬に涙が伝う。
 私は初めて、みんなの前で泣いた。
 子供のように泣いた。
 そうだよ、私まだまだ子供だもん。
 ダムが崩壊したように、大粒の涙が止まらない。

「うっ……うっ……うわあああああん!!」

 まわりがびっくりするほどの大声で泣く私。

「夏香ぁ……!」

 戻ってきたメンバーのみんなと抱き合って泣く。
 悲しくない涙。
 嬉しいときの涙。

 この身体を恨んだこともあったけど。

 お母さん。
 お父さん。

 産んでくれて、本当にありがとう――


   §


 その後、優勝した私たちは、表彰式に出席することとなった。

 そして私は今、表彰台の一番上に立っている。
 綺麗な青空。
 太陽に向かって手をかざしてみる。
 ああ、ここに立ってると――

 今日は棒に乗らなくても、いっちばん太陽に近づけた気がするなあ。

 あの子たちの憧れの、向日葵《ひまわり》になれたかなあ。
 夏の香りがする、向日葵になれたかなあ。

「えー、ここに栄光を讃《たた》え……」

 表彰の人がなんか言ってるけど聞こえないや!
 ああ、もう我慢できない。
 私は空に向かって両手を挙げる。

「こっ、こらこらキミ、今、表彰式の……」
「あちゃー、また粗相《そそう》すんじゃねえの、あいつ」
「なっちゃんらしいというかなんというか……」

 あうー!
 気持ちが抑えきれない!

 私は、太陽に一番近いところで叫ぶ。


「しあわせだーーーーっ!!」


 そうして、私たちの県大会は終わった――



 episode『向日葵』 end...
 the second period 『百瀬ゆうま、人に使われる』 end...




――あとがき

ここまでお読み頂き本当にありがとうございます。
作者のすずろです。
ゆうまたち青春してますね、いいですね。
ちなみにスマホを使ったケイドロ大会、私の会社で本当にやってみました。
結論から言うと、めちゃ楽しかったですよ。
男性も女性も童心に返ってキャーキャー言ってました。
あとは回りに迷惑がかからないようにだけ気をつけなければいけませんね。
それと夕方は注意。
薄暗くて段差に躓き、思いっきり転びました。
いい大人が膝を擦りむいて爆笑されました。
今度はビルとかを借り切って室内版やりましょーよなんて話も。
そんなお金ありませんが……まあ良き想い出。
よければ皆さんもぜひ。

ところで、この間、高校陸上の大会を観に行ってきたのですが、
スタートの合図、今は日本でも英語なんですね。
on your marks...
私が学生の頃は「位置について……」だったのですが。
ジェネレーションギャップを感じる今日このごろです。

次章はブラコン妹りぃが活躍するバンドのお話。
もし宜しければ、お茶濁しですがまたお付き合いください。
それではまた――

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