くらやみ忌憚

ノベルバユーザー91028

A.golden time……?

「はぁ––––––––––っ……。くっそ、なんで俺がこんなことやんなくちゃいけないんだよ!チッ」


国内有数の超高級ホテルにある大広間。ワンフロアだけでなくホテルそのものを丸ごとひとつ貸し切って行われるのは、「霧雨一族新当主・託人」のお披露目パーティーであった。一族の新しい首領、加えて「全国退魔師協会」の会長を就任した彼は、それだけこの世界で重要な立場に置かれている。
絢爛豪華な会はその証左といえた。
国宝級の名画や骨董品で飾り立てられた大広間には目も眩むようなシャンデリアが下がり、点在するテーブルには贅を極めた料理の数々。タキシードやドレスを纏った賓客が優雅に談笑し、時にはダンスを楽しんでいる。
このパーティーを開催するために、一体どれだけ湯水の如く金を使ったのだろうか。想像するだに恐ろしくてたまらない。此処に招かれたのは殆どが「顧客達」だ。退魔師に霊障の解決を依頼する彼らは、退魔師達に多額の金を支払っててでも自分を人外の異形達から守ろうとしている。こちらからちょっかいを出さなければ何もしない彼らを怒らせるほど、面々の業が深いのだと彼は知っていた。


真昼のように明るく室内で、ただ一人託人の表情は暗い。
これもまた当主の務め、体面のためには必要なことだと理解しているけれど、本音を言えばパーティーなぞ出たくない。これまで任務ばかりであまり人と関わってこなかった託人にとって、こうした交流の場というのは苦痛でしかなかった。豪華な美味しいごはんが食べられるよりも、炬燵でゴロゴロしていた方がどれほど幸せなことか。
託人は本気でそう思っている。誰が人前になど好き好んで出るものか、と。
「あぁ、早く終わらないかなぁ」
ブツブツ呟いていると、隣でくすくす笑う気配がした。霧雨一族にしては珍しい黒髪をすっきりと一つに結い上げ、ダークスーツを着こなしたクール系美人な彼女の名前は「霧雨 沙世さよ」という。眼鏡がポイントの知的女子な彼女は託人の義理の叔母にあたり、後見人でもある。
銃火器の扱いに長けた、一族屈指の戦闘力を有する強者で、長年姉の霜華を支え続けた女傑だ。託人は主にライフルやサブマシンガンを主武器メインウェポンに戦ってきたのだが、その師匠として鍛えてくれたのも沙世である。
「もう、そんなことばかり言って。少しはパーティーを楽しもうよ。みんな、今日のために頑張って準備してくれたんだから」
「って言ってもさー、ここにいるの8割方オッサンだし。何を楽しめばいいの」
唇を尖らせ、託人はぶうたれる。華やかな場を窮屈にしか感じられない彼には、さっぱり良さが分からない。
「例えば……料理とか。ここは日本でもとてもレベルの高いホテルだし、私も少し頂いたけど、なかなか美味しかったよ。持ってこようか?」
「いや、いいよ……。今はあんまりごはん食べたくないし」
普段から学校と任務ばかりの彼は既にお疲れモードだった。当然、食欲なんか湧かない。
「フルーツもあるよ。それも駄目?」
「なんか、胃に何も入れたくない感じ」おかしいな、と託人は首を傾げる。もともと彼はストレスが胃にくる質ではない。なのに今は明らかな異常を感じとっている。
「うーん、どうも軽い呪いみたいね。霊力の弱い私には無理そうだから、なんとか自分でがんばって」
この場合の「がんばって」とはもちろん自力で呪いくらい返せよ、という意味だ。
「ああ、大丈夫。ごく軽い呪いだから、数時間経てば収まるよ」
「あら、良かったじゃない。その程度で済んで。霜華様は百回くらい死にかけているよ、身内の盛った毒や偶然の事故とかで」
彼女が当主に君臨する前からずっと側近として仕えてきただけに、息子でさえ知らないこともよく分かっているようだ。改めて、「霧雨 霜華」の持つ強さに託人はゾッとする。飄々としたあの笑みの裏で、一体どれほど壮絶な人生を歩んできたのだろうか。
「……さあて、託人くん覚悟しておきなさいよ。これから怒涛の挨拶攻撃が始まるから」
やけに楽しそうな沙世の言葉通り、ついに「顧客」達が贈り物を手に群がってきた。


「ほっほっほ、この度は協会長の就任まことにおめでとうございます。託人殿がご健勝のようでなによりですなぁ」
「ほんに。お披露目の会も素晴らしい。さすが若君ですのう」
「これ、もう若君ではござらん。ご当主さまであるぞ」
「ああいや、これは失礼。それにしてもずいぶんご立派になられて……。我がことのように喜ばしいことでございます」
ニヤニヤと如何にも裏のありそうな腹黒い笑顔で集まる彼ら。みんな一様にでっぷりと肥えた体をお高いスーツにぎゅうぎゅう詰め込み、残り少ない毛をなでつけている。見た目でもう、彼はうえっと吐きそうになる。弛んだ顔に貼り付けた愛想笑いのなんと醜いことか。
つけ入る隙を一切与えなかった霜華と違い、託人を若輩者と侮りいいように使ってやろうという魂胆が見え見えだ。「あの」霜華が次代に選んだということがどういう意味を持つかなど、ちっとも分からないのだろう。愚かにもほどがあると彼は内心でほくそ笑む。
–––––おだてても無駄だ。俺は、お前達の言いなりになどならない。
それでもこいつらのご機嫌をとるのも託人の仕事。学生らしい爽やかな営業スマイルを浮かべ、丁寧に挨拶を返す。


そうして、煌びやかな夜は更けていく。
策謀と暗躍の夜が。



–––––深夜。
パーティーは午後11時にはお開きになり、殆どの来賓はホテルに泊まって過ごすことになっている。ただし、主賓の託人だけは別だ。彼にはそんなものよりもっと大切な役目がある。
「はぁ、……疲れた。でもまあ、お披露目会はこれでおしまいだし、しばらくは任務に没頭できるといいな」
心なしか重い肩を揉みつつ、自宅までの道のりをのんびりと歩く。さっきまで着ていたタキシードは脱ぎ、いつものラフな服装に戻っている。片手に持った紙袋は同居人へのお土産だ。
中身はパーティーで余った料理とスイーツの数々。来賓の相手ばかりで主役なのに楽しむどころじゃなかった託人の分もまとめて入れてもらった。横にならないよう慎重に持って家路を急ぐ。先月から暮らし始めたアパートはもうすぐそこまで見えていた。
家に帰ったらまずは掃除と洗濯をしなくちゃな、などと考えていたその時。


「……だーれだ?俺のアト尾行つけてんの」
にやぁ、と彼は意地の悪い笑みで背後に向き直る。紙袋は既になく、代わりに大振りのナイフが握られていた。銃器類をしまっているギターケースはないが、懐には自動拳銃を忍ばせている。さっきまでの疲れきった様子は消え、隙のない出で立ちで立っている。
「あっは、さすがご当主サマだよ!あっさりバレちゃった。っていうか、オレ尾行とか超苦手なんだよねぇ」
ふわふわと軽い物言いでそいつは吐き捨て、片手の呪符に息を吹き付け、放つ。ばら撒かれたそれらは赤い炎の鳥に変化し託人を襲う。
しかしそんな小手先の術が通じる託人ではない。ナイフを一閃、届く前に全てを叩き落とす。言霊を用い、身体能力を強化。瞬時に距離を詰め、刃を首筋にピタリと当てる。ツウ、と彼の喉から鮮血が流れ落ちた。
「はい、首とーった♪」
「くっ、あはは!やっぱ敵わないかぁ。まぁいいや。今日は戦線布告のつもりで来たし。……オレ達は『光陽台市退魔師解放同盟』。あんたら霧雨一族に、ケンカを売りに来た!」


対して、託人は動じない。ただ、ひどく楽しそうに笑った。それは全く人間らしくない、狂的な笑顔。
「いいね、いいよぉ!ああ、やっとだ。やっと、楽しくなってきた!さぁ、どんどんじゃんじゃん暴れるといい!けど、精々俺を楽しませてね?」
バーサーカー。あるいは戦闘中毒者バトルジャンキーと恐れられた彼の血が暴走する。
ブレーキなどない彼はもう、こうなってしまえば止まらない。


「あっはははは!もっともっと、俺を暴れさせてよ、ねぇ……」
闘いにしか存在意義を見いだせない彼は、どこか哀しげに呟いた。

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