くらやみ忌憚

ノベルバユーザー91028

時雨に赫い華の咲く⑥

–––––子どもの狂気は、止まらない。



「……あーあ。もう死んじゃった。つまんないな、もっと楽しませてよ」


血の海が広がり、無数の死体が折り重なり山を作っている。大気に満ちるは死の香り。屠殺場でさえもっと清潔だろう。だからここは、端的に言って"生き地獄"だった。
鉄錆の匂いが漂う中、全身から赤い雫を滴らせた子どもはフラフラと覚束ない足取りでのろのろ歩く。目鼻立ちの整った容貌がふわりと笑う。自分が作り出した悪夢のような景色を目にして。
「あは、たのしいな。でもまだ、足りない。もっと、もっと……」


常人より遥かに優れた視界に映る活きの良い獲物。彼は瞳を柔らかく細め、手にした武器を振るう。
「みーつけた」
獲物は怯え、限界まで後ずさる。だが子どもはそいつが逃げるのを許さない。
–––––ぐしゃっ。
潰れたトマトみたいに、そいつは真っ赤な肉の塊になった。強すぎる力が獲物を押し潰し、汚らしい肉片へと変える。
「ばいばーい、また、遊んでね」
ニコニコと、まるで天使のように無邪気で清らかな笑顔。けれどその頬は返り血に染まり、小さな身体は真っ赤っか。
まだ、小学校にも通うような年齢なのに彼は既に「悪鬼」と化した。人の道に悖る外道。殺すことに躊躇いはなく、壊すことを何より楽しむ。
「彼女」が心配した通り、彼は自分の狂気に呑み込まれた。


–––––たくさん、たくさん、殺した。数え切れないくらい。
悲愴、哀惜、憎悪、怨嗟、悔恨、あらゆる感情、その全て。我慢できない。するつもりもない。だから殺す。
にくいやつらがみんないなくなるまで。
足りない、足りない。まだまだ殺し足りない。もっともっと、殺したい。
何故殺すのか、殺し続けるのか。そんなことはもう忘れた。ただ今は、欲望を満たすだけ。–––––いつか、飽きるまで。
眼が覚めて、眠りにつくその前までずっと、俺は目に映る全てを殺し続ける。


狂いを抱えて生きていくのは苦しくて、ただ辛い。だから狂気に身を任せてしまおうと思った。こんなことでしか、大切な人を喪った現実を忘れられなかった。
もしも、あの人が今の俺を見たらどう思うだろう。
笑うだろうか、嘆くだろうか。それともこんな子どもはいらないと、棄ててしまうのかもしれない。それでもいい。
俺に生きる価値なんてきっとないから。



「あなたはどうして、人を殺すの」
生者は一人残らずいなくなったはずなのに、どこからか声が聞こえた。まだ幼い、多分俺とそう変わらないくらいの女の子の声。
「……だれ?」
女の子は淡々と言い募る。その声に感情は僅かにも乗せられていない。
「どんなに人を殺しても、きみの憎悪は収まらない。憎しみは消えないよ。ただ、後で辛くなるだけ。……そんなこときみも分かっているでしょう?」
大人のようにも子どものようにも聞こえる不思議な声。一定のトーンで紡がれる言葉は綺麗事のように思えるし、彼女の本心のようにも感じられた。
「……そうだね。あんたの言う通りかも。でも俺は狂ってしまったから、何故殺すのかなんてもうどうでもいいんだ」
殺したいから殺す。それの何が悪い。
「それでも私は、きみに人を殺してほしくないよ。ねぇ、私に逢いにきて」
「どうして?……俺に正気に返れって?はは、ふざけてる。もう無理だよ。あの人のいない世界なんて……、」
あれ?これはなんだろう。どうして目から水が出てくるの?何故、溢れて、零れて、止まってくれないの。
「やっと泣いたんだね。そうだよ、あなたは最初に、悲しむべきだった」
女の子が優しい声で呟く。
「悲しむ……?それで、よかったの?」
「良いってわけじゃない。でも、みんなはじめに悲しんで、それから少しずつ立ち直っていくの」
なんだか、よく分からない。
「ねぇ、私はあなたに会いたい。だからどうか、逢いにきて」
「会えば何かが変わる?あんたに会ったら、俺はどうすればいい」
彼女は不意に笑う気配を滲ませた。ころころと鈴の鳴るような声が響く。
「ずっと一緒にいよう。あなたがいつか狂気を鎮められるようになるまで」


そして俺は、霧雨 霞に出逢った。


          

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