くらやみ忌憚

ノベルバユーザー91028

時雨に赫い華の咲く⑤

そこからは、一方的な虐殺だった。


子どもが手を振るう度に退魔師達はバタバタと斃れていく。脳漿と臓物を撒き散らし、屠られていく大人達。生臭い匂いが灰色の世界を満たす。
最初は子どもの狭い視界を埋め尽くすほどいた連中はもはや、いつしかたった一人だけになっていた。その一人とは、茜を殺した女だった。
風に靡く艶やかな黒絹の長い髪、スラリとしなやかな肢体を漆黒の着物に包み、妖艶な美しい面差しには酷薄な笑み。切れ長の瞳だけが炯炯と光っていた。白魚のように細く白い手には一振りの刀。


「くふふ、ふっ、ふふ……。あはは!素晴らしいわ、なんて素敵なの!あれだけいた手練を残らず食べちゃうとは……。嗚呼。私、貴方が欲しくなっちゃった!ねぇ、食べられてくれない?」
「ふざけんな。あんた、どうかしてる」
「あら、そうよ。私は食人鬼イーターだもの。調伏した化物を食べてチカラを増す生き物よ。知らなかったかしら?」
–––––だから、あなたも残さず食べてあげる。
不吉な言葉が俺を射抜く。ああ、魔物だ、この女は。退魔師なんかじゃない。もっと恐ろしい、怖いもの。
爛々と、女の双眸が異様な光を帯びる。瞳の奥で青白い焔が燃え上がり、爆ぜた。–––––瞬間、女が目前に迫る。
がきぃぃん!!と凄まじい音が弾けた。皮膚を硬化させ、なんとか女の一撃を受け止める。さっと距離を取ろうとするが相手はそれを許さない。刀がやや下段、横薙ぎに振るわれ、俺の胴を切り裂いた。
「ぐっ、あああ!くそ、くそぉっ!」
滴る鮮血は無視。構わず反撃に移る。
長く伸ばした爪を突き出し、女の脇腹を真っ直ぐに貫いた。ぐちゅ、と鈍い感触が伝わる。……気持ち悪い。
「くふっ……、痛いわぁ。子どものくせに容赦ないのねぇ!そんなところもいいわ、すっごく好みよ」
粘ついた言葉と共に再度刀が振り下ろされる。駄目だ、近すぎて避けきれない。
このままじゃ直撃する–––––!
だが、
「……あれ?」


「くああああ!痛い痛い痛いいいい!!やだ、死にたくない、誰かぁ!!」
さっきまで俺を殺そうとしていた女が悶え苦しんでいた。上体を仰け反らせ、両足をバタつかせている。眼を凝らし見てようやく気付いた。
彼女の全身を透明な炎が包んでおり、轟々と焼き尽くしている。陽炎のように揺らめく炎は、彼女の魂そのものを灼いていた。あの苦痛はきっと尋常なものではないだろう。
食人鬼イーターとは、人間が後天的に人外のチカラを手に入れた者をいう。彼らはそれこそ化け物じみた能力を持つが、もちろんそこには代償がある。度を超えた力を使い過ぎれば、彼らは己の魂を取り込んだ異形に喰われてしまう。
そう、あの女もまた。決して例外ではないのだ。


–––––千載一遇のチャンスだ。逃す手はない。
俺は足音を立てずに近寄り、彼女から刀を奪う。重たい金属の塊を握りしめ、全力を込めて振り下ろす。
ぐちゃあ、ズブブ、グチュリ……。
なんて、きたない、きもちわるい音。
でも、まあいい。やっとこいつを殺せるんだから。我知らず笑みが浮かぶ。
皮膚を裂き、血管を突き破り、内臓を掻き回す。神経も筋肉も全てを犯す。
愉しいな。ばけものをころすのは、とてもたのしくて、たまらない。
「あは、はははっ……、あはははは!!ねぇ、あんた、俺のために死んでね」


やがて女は事切れ、その瞳から青白い焔が消えた。完全に生命活動を停止する。
「……なんて、もろいんだろう」
食人鬼イーターとなっても、所詮こんなものだ。ヒトのチカラはあまりにも弱すぎる。ハーフ如きにも簡単に屈してしまうとは。
……それでも俺は、"ヒト"になりたい。
人間ひとのままでいたいと願う。
それは、叶わぬことなのだろうか。赦されない望みなのかもしれない。


いつまで経っても呼ばれない名前の代わりに約束をした。それは、儚き祈り。
『願わくは、人間足らんことを希う』
こんな俺でもたくさん愛してくれたひとが、想い続けてくれるもの。
この身も、この魂も、とっくに穢れているけれど。
貴方が祈りを捧げてくれるなら。
俺は、人間のように生きよう。完全なヒトになれなくても、それでも。
だからどうか、どこかで貴方が見守っていてくれると信じさせて。


「生きるよ。どこまでも、いつまでも。
……生きていくから」

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