くらやみ忌憚

ノベルバユーザー91028

時雨に赫い華の咲く④

まあるい月が一際大きく輝いていた。
冴え冴えとした月光が世界を優しく包み込んでくれる。差し込む光はいつになくあたたかい。


「良い夜ね。こんな時間ときは何かとても良いことが起きそう」
俺と君以外に誰もいないはずの世界で、唐突に響く艶やかな声。
–––––それが、絶望の始まり。



「あかね……?」
ゆっくりと傾いでいく身体。どうして、彼女は真っ赤に汚れているんだろう。
零れ出す体液が俺を赫く濡らす。
茜を傷つけたしろがねの刃が月明かりを受けて鈍くきらめく。
刃こぼれ一つしないその業物を携えた女は、甘い声で呟いた。


「うふふ、人の身にて怪異の血を受け入れ、『妖魔の祝福』を授かった存在ものが本当にいたなんて……。たまには文献を漁るのも悪くないわね。お前を殺せば大いなる力が手に入る。その血肉は私もものよ」


うっそりと笑み、女はその刀をスラリと抜いた。同時に彼女の背後に控えていた他の退魔師達も各々の武器を構える。
「あっははは!ハッハァ、こりゃあ参った。私も舐められたもんねぇ!ふふっ、やれるものならやってみなさい。けれどね、……この子には触れさせないわ」


–––––そして、絶望的な戦いが始まる。


茜の能力。それは、"死に誘う"能力チカラ。彼女が認識した者は念じるだけで死に至る。だが、彼女はその能力を使わず、純粋な体術のみで敵を蹴散らしていった。
流れるような体捌きで自分より大柄な退魔師達を次々に投げ飛ばし、拳を叩き込み、蹴り上げていく。
武器や術を使わせる暇など与えない。俊速の一撃が彼らを地に沈めてしまう。
人外ゆえに彼女は疲れを知らない。だからほら、今また一人の退魔師がまともに技を食らって放り投げられた。
……多分、俺に自分が人を殺す姿を見られたくなかったのかもしれない。茜は変なとところで気を使うから。
この地に咲く彼岸花は彼女の棲む世界を守る結界にして魔力の供給源。此処にいる限り、茜は無敵だ。


でも敵だって馬鹿じゃない。絡繰りに気付いた女が厳かに呪文を唱える。
「……ふるべふるべ、ゆらゆらと。我が身を糧に、降りましませ、常立とこたちの神よ!大地よ震え、天まで震え」
世界が、壊れていく。
轟々と地面が横に縦に揺れて、地鳴りと共に裂けていった。馴染みのある景色は消え、荒涼とした光景に変わる。砕けて壊れてしまった世界のあと、広がるのは
退魔師彼らにとって都合の良い領域フィールド。けれど茜は不敵に微笑む。怖いものなんてないよ、と言うように。
安心しかけたその時–––––、


ズ  ブ  リ


そして、溢れる血液が俺に降りかかり、生暖かいものが身体中を染め上げる。
ゆっくりと傾いでいく茜の身体。
金臭い匂いが鼻をつく。
これは、ナンダ?
何故、茜から流れ出しているんだろう。
「あかね……?」
呆然とする俺に茜はニッコリと笑う。
こんな時なのに、いやこんな時だからこそ、彼女の笑顔は最高にきれいだった。
「……大丈夫。お前は必ず、私が守る」
あの日と同じ言葉。
そして、彼女はふらつく身体を叱咤して立ち上がり、獣の如き獰猛な視線で敵を刺す。初めて出会った時と同じ威厳のある佇まいで、力の限り大音声で叫ぶ。
「私を喰らうなら啖えばいい!けれどお前らに消化できるかしら?せいぜい腹を壊さぬよう、祈ることね!」


絶叫。迸る波動。真っ白い、強すぎる閃光が何もかも飲み込んでゆく。
眩しい光の中、微笑む君を見た。
緩く弧を描く唇が空気を震わせる。なんて言ったのか。これは、あぁ……。
–––––さよなら、だ。


傷だらけの頬に熱い雫が伝う。落ちていく涙は、宝石よりも美しい。
真っ白い、綺麗な綺麗な光の中に、君は溶けていく。もう、還らない……。



「–––––お前たち、ゆるさない」


          

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