くらやみ忌憚

ノベルバユーザー91028

時雨に赫い華の咲く③

忘れない。忘れることなどあるものか。
きっとどんなことがあろうと、ずっとずっと覚えている。


いつまでも。



–––––ザァザァと、雨が降っていた。


針のように細く鋭い雨が揺らめく真紅の華を突き刺し貫いていく。空気さえ紅く燃え上がらせるような花の群れも今は雨に煙り、霞んでしまっている。


「……久しぶり。茜、ご機嫌はいかがかな?」
細やかな霧雨に包まれた花畑の中央に、傘を差した少年が小さな花束を手に佇んでいた。黒髪を肩まで伸ばし、長めの前髪をヘアピンで留めている。パーカーにジーンズを組み合わせたラフな格好だか、全身を黒で統一していた。
手にした花束は野の花をいくつか束ねて千代紙で包んだだけの簡素な代物だけれど、花は全て赤い色のものだった。


少年はそっと片膝をつき、端整な顔立ちを憂いで曇らせる。静謐な光を湛えた眼差しを甘く緩め、手元の花を丁寧な所作で供える。彼の足元にはうっかり見逃してしまいそうなほど小さな石碑が鎮座していた。
「もう、あれからどれほど経っただろう……。俺にとって長くても、君は短く感じるのかな?ねぇ、茜……」


思い出すのは、最期の夜のこと。
眩しいくらいに明るく輝く綺麗な満月のもと、夢のように美しいこの世界は醜いヒトの血で穢された。
本来結界の役割を持つはずの花達を踏み越えて、子どもに刃を向けた。守ったのは、一人の少女。
かつて「真白き時の支配者」と謳われた強大な妖魔「アウローラ」の使い魔だった彼女は怯える子どもを守るため、彼に向けられる全ての攻撃を己が身で受け止め、遂に倒れた。
子どもは激しい憎悪と憤怒により、とうとう全力を解放する。
「生まれてはいけない子ども」、「忌み子」とされた彼をすために集った退魔師達を殺し尽くし、殲滅する。


子どもは、己が"ヒト"ではないのだとようやく悟る。ゆえに、退魔師共を残らず滅さんと復讐を誓う。
–––––そして、実行した。
よわい六歳にして、彼に付いた称号は「血塗れの夜叉」。
彼岸花を見る度に、彼は過去を思い出してはその胸を灼いた。
「茜、どうして俺を守ったの……」


名すらなく、生まれ落ちると同時に穢れてしまった自分。存在そのものが禁忌とされ、誕生したと知れるや多くの退魔師達が狙いを定めてやってきた。
人間達を退けるために力を振るい、ヒトの血を浴びることで更に穢れは増してゆき、皮肉にも宿る能力は高まっていく。
そして、彼の力を求めるたくさんの者達が迫り、その力を得ようと襲い来る。


疲れていた……。とても、とても。
そんなとき、あなたに出会えた。何も語らず、何も持たない俺を癒やし、慈しみ、それから、たくさん愛してくれた。
–––––救われた、気がしたんだ。


だから。
あなたを喪うことに耐えられなかった。
大切なひとを理不尽に奪われるその痛み、苦しみ、悲しみに。我慢できなかった、これは俺の我儘だ。



忘れない。忘れたりなんかしない。
忘れることなんて、……できない。


俺が生み出した、惨劇の夜を。

コメント

コメントを書く

「現代アクション」の人気作品

書籍化作品