くらやみ忌憚

ノベルバユーザー91028

彼女は苛烈なる霜の女王

その女は、千年の時を生きる"異形"とは思えぬほどに美しく、
その女は、無数の人間を殺してきたとは思えぬほどにやさしく笑った。



光陽台市の外れに、戦国時代のお城かと思うほど巨大で荘厳なお屋敷が聳え立っていた。町一番の権力者、霧雨一族の人々が住まう本邸である。
いつものように黒塗りの高級車で送ってもらった霞は、屋敷の奥から伝わるおかしな空気に首を傾げた。なんだか妙にピリピリしたものを感じる。何かあったのかな、と小さな不安を胸に押し込め、表面上は普段と変わらぬ様子で中に入っていく。
……やはり、昨日までとはなんだか違うような気がする。
(変だ。私の家はこんなに緊張するようなところだったっけ。どうして、胸騒ぎが治らないんだろう)
屋敷の中を忙しく動き回る使用人たちもソワソワしているというか、どこかぎこちなさが見てとれる。一度気になってしまうともうそれ以外のことが頭から離れられなくなり、彼女はつい、通りかかった使用人に訊いてしまった。
「ねぇ、今日何かあった?」
一瞬、時が止まる。
尋ねられた使用人がビクッと肩を震わせ、顔面蒼白になる。周りの者たちもまた同様に。
何か、途轍もなく恐ろしいものに出会ったことを思い出してしまったようなその姿に、霞は内心舌を打ち、すぐに安心させるように笑みを作った。
「やだ、ごめんなさい。私の勘違いだったみたい。別になんにもないんでしょ?仕事に戻って大丈夫だから」
「え、ええ……。こちらこそ申し訳ありません。あの、若君なら先ほど戻られました」
「あ、そう。教えてくれてありがとう。これで好きなものでも買いなさい」
言いつつチップを渡し、足早に自室へ向かう。一秒でも慣れた自分の空間で落ち着きたかった。最上階にある居室に入り、すぐさまドアを閉めて鍵も掛ける。
私服に着替えることもなく、ずるずると蹲った。大きな窓からは光陽台市の街並みが一望できるが、今はそれどころではない。
なんなのもう、と小さな声で呟く。
得体の知れぬ恐怖感が、まとい付いて離れなかった。



霧雨 霞が下校するおよそ三時間前。
重装備に身を固めた威圧感のある集団が見上げるほどのサイズの鳥籠と共にドヤドヤと本邸へ現れた。
性別や年齢は異なるものの、全員が刀剣類や銃火器などで武装しており、一目で手練れと分かる。銀色かそれに近い髪色を持ち、瞳の色も青系統だ。
屋敷にいた者たちは、畏怖または尊敬の眼差しで彼らを見つめている。
そして、ふと気づく。
あの鳥籠は何なのか、と。



霧雨一族が誇る最精鋭の集団、通称「レイン」の長である霧雨 雫きりさめしずくは本邸最奥部にある当主の間にて報告を行っていた。
「……というわけで、当初の予定通りあの魔物…『アウローラ』の捕獲に無事成功致しました。現在、別棟地下に封印用の籠に入った状態で保管しております」
一族の証である銀髪碧眼に、ナイフをいくつも装備し、黒い戦闘服を着込んだ少女は堅い口調で告げる。
「了解した。とりあえずは安全とみていいんだな。見張りはどのようにしている?」
「はい。24時間三交代で常時監視する予定です。シフトはあらかじめ組んであります」
封印に用いた術、道具、かかった時間などを記した報告書と合わせ、戦闘の様子を映した記録映像を受け取り、霜華は紙幣がぎっしり詰まった茶封筒を雫に手渡した。
「危険な任務ご苦労。これは私からの個人的な謝礼だ。正式な報酬は25日以降に各個人口座に振り込む。……何か美味しいものでも食べさせてやれ」
「ありがとうございます。あいつらもきっと喜ぶでしょう」
「私の名前は出さなくていい。お前のポケットマネーということにでもしておけ」
鷹揚に笑い、彼女はデスクから立ち上がった。
長身に見合った豊満な肢体を白地に立花の模様を描いた単衣が包み、緩やかに波打つくすんだ銀の髪が背を覆う。年経ても尚美しさを損なわぬ貌に、氷のごとき冷たく澄んだ瞳は硝子の向こう側に映る街を見晴るかしていた。
紅を引いた唇が吊りあがり、やけに楽しそうな様子で霜華は厳かに宣った。


「ふふふ……。さぁ、始まるぞ。この町全てを巻き込んだ、大いくさが」



同時刻。


広大な地下に安置された鳥籠の中。
暗闇が支配する空間で"彼女"は蜂蜜色の眼を細める。
絹のドレスは原形を留めていないほどボロボロで、身体には無数の傷が付いている。すらりと伸びた手足は鎖に繋がれて、身動き一つできない。しかし、それでも彼女は余裕を崩さなかった。封印の鳥籠など恐れるに足らずと言いたげに。


「うふふ…もうすぐだ、もうすぐ全てが終わる、変わる。そして、やっと……あの方が、新しく始まるの。
あぁ……なんて、愉しみ。うふふ、ふふふっ……あは、あははははは!!」


分厚い闇の中、狂った笑い声が響き続けていた。いつまでも、いつまでも。

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