くらやみ忌憚

ノベルバユーザー91028

胎動する悪意

そしてまた、夜がくる。



光陽台市からほど近くに、「玄森くろのもり」という名前で現地住民から呼ばれる広大な森林が広がっている。都内でありながらほぼ人の手が入っていない珍しい森で、豊かな自然が今もそのままに残されている。
それは、人間が寄り付かない––––つまり魔物・妖怪にとって非常に住みよい––––ということを意味していた。
夜の底に鎖された静謐な森の中を、少女の姿をしたその存在はフラフラと覚束ない足取りで歩いている。
抜けるように白くなめらかな肌、ほっそりとした華奢な肢体。両肩を剥き出しにした黒いワンピースを纏っている。くすんだ黄金を嵌め込んだ瞳、艶めく髪は深い真夜中の色。あどけなさを残す綺麗な顔立ちは薄く笑んでいる。その笑顔のなんと美しく恐ろしいことか。
ふんふんと、甘い声で鼻歌を唄いながらそいつはどんどん歩を進めていく。そこに迷いはなく、確かに目的地へと向かっているようだった。
不意に、強い風が吹いて彼女のスカートがフワリと舞った。長い裾から素足が覗いて、彫像のように完璧なフォルムを描く脚を花を象った不思議な痣が彩るのが露わになる。
––––それは、彼女が未だ封印の影響下にあることを示していた。
「まだ……足りない。もっと……!力を……、」


樹齢など想像もつかないような古樹の立ち並ぶ深遠なる森の奥を分け入っていくとそこには、丸太を組んで作られた小さな山小屋が静かに建っていた。いかにも手作りと分かる簡素な家に彼女は入る。
「ハァイ。久々ね、夜光姫。ふふ、こうして会うのはざっと千年ぶりかな?」
月白の長い髪に同色の狐耳と九つの尾を生やし、豪奢な絹のドレスに身を包んだ、華やかな美貌の女が紅い唇を吊り上げて笑う。
「ご無沙汰しています。我ら夜光姫様の配下、無事に揃いました」
鳶色の長い髪を結い上げ、燕尾服に佩刀した犬耳の青年が厳かに頭を垂れる。
彼の背後には、彼女のために呼び集めた人外の異形達が控えていた。
黒い翼に赤下駄を履いた鏡写しのように瓜二つな双子の少女。
山高帽にサテンのスーツを着て、先の尖った尻尾に革の羽を広げた青年。
改造学ランに身の丈を超える野太刀を背負った三白眼の男。
アロハシャツにハーフパンツを身に付け三叉槍を構えた美少年。
傷を縫い合わせた痕の残る青黒い肌と動きやすい軽装に短剣を差した少女。
彼ら彼女らは、夜光姫と呼ばれた彼女の成すことを支えるために集結した。他でもなく、彼女が自身の力で召喚した者たちだ。
かつて自分に仕えた従者によって目覚めさせられ現代に復活した彼女は、ある一つの目的を遂げるためだけに全ての力を使うと決めた。
「彼」の遺志を継ぐ者たちが創り上げた今の世界を毀す。
ただ、それだけのために。
「けれど……まだ、まだ足りない。私の力は、全て完全に戻りきっていない」
独り言つ夜光姫に、狐耳の女「白蓮」はゆるりと首を振る。どこか申し訳なさそうに。
「すまない…私たちがどんなに手を尽くしても、あなたのコアは見つからなかった。多分、あいつ……私の子どもが、死ぬ時に持っていってしまったのだと思うわ」
「うん、知ってる。眠りに落ちる時、私の力が吸い取られたと感じたよ」
あのとき確かに、その感触はあった。
自分の中の奥底にある、何かとても大切なものが抜け出していくのを今も、はっきりと覚えている。
「そう、なの……。ごめん、どうか責めないであげて。あの子なりに、考えた末のことだと思うから」
「あは、白蓮は心配症だなぁ。私はあいつが大好きだもの、大丈夫。よく、分かっている。安心して…とは言えないけれど、恨んだりなんかしない」
例え、これからやることが完全なる感傷と内情のもとだとしても。決して。
「さぁ……始めるよ。セカイを掛けた世紀の大いくさを。愉しみね、ねぇ…」
金の瞳が艶然と笑う。



「あなたはどう出るかしら?どうか楽しませてよ、アウローラ」

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