くらやみ忌憚

ノベルバユーザー91028

"midnight・angels"

喧騒の夜はまだ続く。
戦場いくさばの熱狂は静まらない。幽かな月の光を掻き消すように、天高く昇った炎が空を焼き焦がす。
人も魔物も関係ない。彼らにとって、今この闘いこそが全てだった。
–––––たとえ、負けて命を喪うとしても。


烏天狗の少女達が烈風を巻き起こし、龍神の末裔はそれに雨を降らせて嵐に変え、鬼の少年が身の丈程の野太刀を振るい、群がる敵を片っ端から薙ぎ払う。
狐耳の美女は妖艶に笑いながら相手の術や武装を「変化」させてしまう。人狼の青年は凄まじい速さで駆け抜け、斬りかかっていく。彼ら彼女らの間隙を縫うように、悪魔が幻惑魔法で認識を狂わせる。
襲い来る波状攻撃に、しかし退魔師
達も負けていない。彼らが能力を使うなら、こちらには「術」がある。人外の異形から人々を守るために長い時間をかけて練り上げられたそれは、魔物に対して絶大な威力を発揮する。
例えばそれは「真言タントラ」、「祝詞のりと」、「神咒かじり」–––––それら言霊ことだまによって、人為的な奇跡が起こされる。
そして磨き上げられた霊装は魔物の放つ穢れを跳ね返す。
魔物の身体を傷付ける武器を持つ者は惜しみなく振るい、術に長けた者は次々に大技を繰り出していく。自然豊かな森はすっかり地面が捲れ上がり、巨木が何本もなぎ倒されていることから、その威力の凄まじさを物語っていた。
けれど彼らの表情は明るい。
まるでお祭り騒ぎの只中にいるように。
「ははっはぁ!楽しいねぇ!こんなに暴れるのは何年ぶりだろうなああ!!」
「私もー!もう超最高ッ!こんなデカい嵐起こしたの初めてだよ」
「うん、僕もちょっとだけ楽しい…かも」
「確かに。思いっきり能力チカラを使うのって久々かもねぇ」
「おい、雑談してないで戦え!主人が見ているんだぞ!」
「はぁ……。クソ犬は相変わらずクソ真面目だなぁオイ」
「なんだと悪魔風情がっ!後で三枚におろしてやるから覚悟しろ!」
賑やかな人外組に比べ、退魔師達は些か疲れが滲み始めていた。彼ら正真正銘の化け物とは違い、体力にも限界がある。それでも攻撃の手を休めないのは、矜持があるからこそだ。ここで必ず決着をつけるという。大将戦で不在の託人に代わり、指揮をとる「レイン」リーダーの雫が声を張り上げる。
「みんな、もうちょっとだから!なんとか耐えて頑張って!」
おおー、と鬨の声は上がるが、戦況は芳しくない。ジリジリと戦線は後退し、引き下がらせられている。悪魔の魔法によりどんどん湧いて出てくる泥人形ゴーレム達を二刀の小太刀で斬り伏せ、雫は唇を噛む。数でいえばこちらが押しているのに勝利のヴィジョンが見えないのは、やはり個人の実力差か。どうしても決定打が欲しい。状況を一気に引っ繰り返せるような。


–––––その時だった。


清冽な神気が十二柱降り立つ。加えて一組の男女が並んで舞い降りた。
一人は五芒星をあしらった白い狩衣を纏い、長い髪を背に流した青年。
もう一人は巫女服を模したスカートを翻し、額に紋章を刻まれた女性。
青年と女性を囲うように中華風の煌びやかな衣装の十二神将が寄り添う。
「やぁ、待たせたね。すまんすまん、移動に手間取って」
「地理に弱いなんて聞いてないし!全く、お陰で帝都くんだりまで迎えに行かされるとは思わなかったんだけど」
「だから謝っただろう。それより、さっさと片付けてごはんにでも行こうか。こっちに来るのも久しぶりだし」
ニコニコと人の好い笑顔を浮かべ、土御門家当代当主「土御門 晴哉せいや」は刀印を組む。隣で溜息を吐く神代一族筆頭巫女「神代 純刃すみは」も和弓をつがえた。背後の神将らも武器を構える。異様なまでに甚大な力が逆巻き–––––一斉に放たれた。
これまで余裕の表情を崩さなかった人外組は真っ青な顔を引き攣らせて、ついに自分達の敗北を悟る。
全ては、一瞬。
真っ白な閃光が炸裂し、爆音が夜気を震わせる。闘いの終わりは始まり以上に派手だった。
土御門家と同盟を組んでいる賀茂家の跡取り「賀茂 忠憲ただのり」は、ガックリと肩を落とす。
「また、美味しいところ持って行かれた……。チクショウ!いつもこうだよ!」
仲間がポンと慰めるように叩き、一層ショボくれてしまうのだった。
和気藹々とした空気になりかけたその最中。
コ ォ ン
と不気味な音が波紋の如く伝播していき、次いで、洋館の方向から途轍もない力が通り過ぎていく。ここにいる全員が一瞬にして感づいた。
メインディッシュもまた、終わりを迎えたのだと。
しばし、静寂が森を包んだ。最初に叫んだのは誰か、歓声が上がる。
「……ぃ、よっしゃああああ!!!勝ったあああ!!」
「や、やった……、勝った。……勝った!」
わぁいわぁいと盛り上がりが最高潮に達する人間達を脇で眺め、人外組は疲れ果てグッタリと倒れ込んだ。
「あーあー!負ーけーたー!!もうやだぁ、今度こそ勝てる気がしたのにチクショウ!私らは噛ませじゃねぇっつの!」
「いつもこうだよ!いつも!あーもー、地力じゃこっちが上なのに、なんで毎回人間に負けるのかなぁ!!」
「ハイ来たよー!この展開!知ってた、うん知ってた!あーもうイヤんなるー!」
「あああ、そんな、夜光姫さま……。あるじ……。あああ!!ジーザス!」
「ウルセェ……黙れ、犬っころ……」
本来、人間などより余程強い力の持ち主であるはずの魔物や妖怪は、長い間生きてきた中で何度も人間達に負かされてきた。寿命の短い彼らにとっては初勝利でも、こちらからしてみればもはやお決まりのパターンといえる。不貞腐れてはいるが、人間に対して憎悪の感情はない。長生きな分、彼らはとても享楽的だった。この闘いさえ、単なる暇潰しでしかないのだろう。
勝利の喜びに浸る退魔師達から離れ、晴哉は草むらに寝っ転がる人外組に近づくと、さっきコテンパンに叩きのめしたとは思えないほど爽やかなスマイルで誘いかける。
「いつまでもそこでゴロゴロしてないで、一緒にごはん食べに行かないか?光陽台市って種族関係なしの店がたくさんあるんだろう?……よかったら奢るし」
最後の言葉が効いたのか–––––彼らは一も二もなく頷いた。


再封印の影響か、弱体化させた途端に身体が小さくなってしまった夜光姫を背中におんぶして戻ってきた託人は、すっかり打ち解けて仲良く談笑する仲間たちと人外組の様子に乾いた笑みをもらす。どうせ、晴哉あたりが何かしたんだろうと見当をつけ、小声で呟いた。


「まぁ、これで一件落着ってトコかな」

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