少女メイと呪われた聖剣セグンダディオ

小夜子

第22話「ニルヴァーナ騎士候補生・大試験大会 その③」



宿屋「ドルフィンキック」内203号室。
私、七瀬メイは久しぶりに姉である茜と出会い、談笑していた。
ロランもミオも元気そうでにこにこしている。
理沙とノノはどこか緊張しつつ、態度は普通にしていた。
二人部屋なのだが6人もいると流石に狭く感じる。




「お姉ちゃん、お姉ちゃん!会いたかった、会いたかったよぉ! 」




「私もよ、メイ。今までよく頑張ったわね」




私をぎゅっと抱きしめるお姉ちゃん。
そのぬくもりは久しぶりで安心感を私に与えてくれる。
柔らかくて、優しくて、温かくて…。
いつまでもここにいたいと思った。




「…茜殿、そろそろ事情を話そう。理沙さんやノノさんも聞きたがっている。
そして、メイも真実を欲しているはずだ。我らには事の経緯を説明する責任がある」




ロランさんの言葉に穏やかな雰囲気が少し緊張したものに変わった。
少々水を差された気分だが、真実を知りたいのも本音だ。
私はひとまずお姉ちゃんから離れ、話を聞く体制をとった。
まだ流れる涙を理沙が拭いてくれた。
ハンカチで優しく丁寧にする彼女の心遣いがうれしかった。
やはり理沙は私をよく見てくれているみたい。




「初めての方もいるから軽く自己紹介するわね。私は七瀬茜。メイの姉よ。皆さん、妹を助けて頂いてありがとうございます。ちょっと長くなるけど、私がここまで来た経緯を聞いてください。あ、姿勢は楽にしてくれて構わないから」




穏やかな声でおねえちゃんは微笑んだ。
緊張した空気が少し和らいだ気がする。
こういう場の雰囲気を作るのはお姉ちゃんの得意技だ。
さすが生徒会副会長なだけはある。
女の人の声ってどこか雰囲気を明るくする力があると思うんだ。
これは男性にはない、女性だけの特権ではないかな。
咳払いして、お姉ちゃんは話し始めた。




「あの日、メイが学校に向かった後、私も準備をして学校に向かったの。いつものように通学路を歩いてた。そしたらね、道端にこんなものが落ちていたのよ」




お姉ちゃんがそう言って出したのは、のりだった。
のりといっても、海苔じゃない。
文房具屋さんやコンビニでよく見かけるスティックタイプののりだ。
でも、商品名はおろか、メーカー名も書かれていない。
普通は商品名やバーコードがあるはずなんだけど、それらは見当たらない。
キャップの部分は黒色、真ん中は赤色、底は黒色をしている。




「少々気になってね、拾ってみたの。そしたら、急に光りだしてね。気づいたらナイトゼナにいたの」




「まさか、その、のりって・・・」




封印解除ブレイク・アセール! 」




私がいつもセグンダディオを解除する時の言葉をお姉ちゃんが唱える。
のりは一瞬だけ光輝いたが、やがて落ち着き、その形をのりから杖へと変えていた。




「ワンダーワイド・ルーロットですね。四英雄の一人、ルーロットが愛用していた魔法の杖です。様々な魔人や女神と契約し、持ち主はその力を意のままに操ることができるという・・・」




ノノが解説する。
やはり、四英雄の武器だったんだ。
私のセグンダディオ、理沙のハルフィーナ、お姉ちゃんのワンダーワイド。
これで四つの内、三つが揃った事になる。




「ワイドの事は一旦置いておきましょう。その後、私は旅をしてミオとロランに出会ったの。二人は治療が完治し、お礼を兼ねてメイ再会する為に旅をしている最中だった。私は事情を説明して旅に同行し、ボルノーさんに話も聞いたの。そしてメイの後を追い、今に至るの」




「えらく話が上手く繋がってるっスね・・・」




理沙の言葉にお姉ちゃんは頷いた。




「怖いぐらい偶然だけど…ま、それだけメイを思う私の姉としての気持ちが崇高で立派だったんでしょうね。メイとは赤ちゃんの時からお世話したからね。両親は家にいなかったし、いつもいつも付きっ切りで子守をして、時には学校に連れて行って子守をしたこともあったわ。幼稚園ぐらいになると、おねーちゃん、おねーちゃんっていつもベタベタしてきて、でもそれがうれしくて・・・」




「も、もうお姉ちゃん! 」




みんなくすくす笑ってるじゃない。
は、はずかしいなぁ、もう。
ミオさんなんか『メイかわいいー』とか言ってるし。
うう、そういうことはナイショにしてほしいよ。
ノノさんなんか頭撫でてくるし。
体温が上がって顔が紅潮してくるのを嫌でも感じちゃう。




「ごめんごめん。それでワンドの話になるけど、この杖は様々なことを教えてくれた。ワンドが言うには知識の女神とも契約を結んでいて、世界のすべてがわかると。
ただその場に合った回答しか言わないそうだけどね。それでわかったことがあるの。まず、ミオとロランは四英雄の末裔であるけれど、武器はご先祖様の物ではなかった」




「えっ!? 」




確か、ミオさんとロランさんは四英雄の子孫だという話は以前聞いた。
四英雄は不死身のマルディスを倒すためにその命を代償にして、各々の武器にマルディスを封印して討伐した。だが、その武器は長い年月で力を失い、持ち主の元に戻ってきたという。マルディスは既に封印を解かれ、この世界のどこかにいると。
だけど、何故、私のセグンダディオだけが力を失わず健在なのか。
その理由はわからなかったけど…。





「それは単なるレプリカよ。まあ、100万年の歳月が流れているし、そういう重要な話は文書では書き残さないからね、この国の人は。いつしかレプリカが本物だといわれ、更に尾ひれがついたんでしょう。ワンドはそう回答してくれたわ」




「つまり、偽物っスか…」




お姉ちゃんの言葉にロランさんもミオさんも肩を落とした。
かける言葉もなく、痛い沈黙が部屋に漂う。




「…しかし、どうして四英雄の武器は子孫ではなく、異世界のメイ達を選んだのでしょうか。確かに四英雄は先祖が異界から武器を持ち運んだと伝えられていますが」




「ワンド、解答を」




”悪しき魂が復活する。それに乗じて眷属たちも目を覚ます。血の薄れた子孫にもはや力なし。異世界の選ばれた者のみが彼らを使うことができる。これは定めなり”




老人のような声が聞こえてきた。
だが発音はきっちりとしており、今時の若者よりもきちんと言葉を発し、アクセントも完璧だ。それはどこか厳しさと温かさを備えた、不思議な声だった。




「なんで私たちなの?私も理沙もお姉ちゃんもごく普通の女の人だよ?
ナイトゼナ出身でもないし、四英雄の子孫でもない。言葉は悪いけど…異世界がどうなったとしても、私たちには関係のないことだわ。この世界の人が何とかすべき問題じゃないの?なんで、私を選んだの? ハルフィーナは理沙を、ワンドがお姉ちゃんを選んだ理由は何? 」




それは以前からの疑問だった。
何故、私や理沙やお姉ちゃんがこの世界に来たのか。
どうして四英雄の武器で戦わなくちゃいけないのか。
選ぶにしてもどうしてごく普通の女性である私たちを選んだのか。
きっと何かしら理由があるはずだけど…。
私はワンドにその疑問をぶつけた。




”その件は、時が満ちるまでは何も話せない”




ワンドはノーコメントを貫いた。
無理に聞いたとしてもきっと答えてくれないだろう。
セグンダディオに聞いても同じことだ。
私は肩をすくめた。




「そ、そうだ!元の世界に帰ることはできないの?ワンドの力で」




”不可能だ。悪しき魂と眷属がこの世界にいる以上、転移魔法が使えない。
この世界内での移動はできるが、別世界に行くことはできない”




「悪しき魂…つまり、マルディス・ゴアがいる限り、メイ達は自分の世界には帰れないって事ね」




「帰るためにはマルディスを倒さないといけないって事っスか…」




皆、黙り込んでしまった。
やっと帰れるかもしれないという希望はすぐに打ち消されてしまった。
なんで戦わなきゃいけないのか、何故選ばれたのか、わからない。
何の理由も無しに選ばないとは思うけど、結局、疑問が更に増えただけだ。
わかったのは、マルディスゴアを倒さない限り、私たちは永久に元の世界には帰れないということ。私たちはまだまだ戦い続けなくちゃいけないんだ。そしてマルディスを倒さなきゃいけない。




「あ、あの! 」




と、そこで声を出したのはミオさんだ。
皆が彼女に一斉に視線を向ける。
ずっと黙っていた彼女がどうしたんだろうか。
すると、彼女はこう発言した。




「み、みんなで晩ご飯、食べませんか? 」









ドルフィンキックは地下1階に食堂がある。
そこは所謂バイキング形式になっており、好きなものをお皿に入れて食べるのだ。
参加者は値段無料なので私達はさっそく皿を持って好きなものを入れていく。
甘そうなデザート系もあれば、肉料理系や野菜など種類も豊富だ。




「あの、ロラン」




「ん? 」




「この先、どうするんですか? 」




「しばらくは茜殿の仕事を手伝うつもりだよ」




ロランさんは少し硬い表情でそう言った。
自分が選ばれなかったことに対する悔しさがあるのだろうか。
恐らく、ショックだったことは間違いない。
彼女はこの世界を救うという使命感に溢れていた。
それが無くなった以上、辛い気持ちしかないだろう。




「今の私には何の力もない。四英雄の子孫だとしても戦力にはならないだろう。第一、シェリル達に不意打ちを食らわされ、死にかけていたんだ。君がお金を出してくれなかったら、私もミオも死んでいただろう。メイ、心から礼を言う。ありがとう」




「いえ、そんな…」




「今、私には何の力もない。その力をつける為には茜殿についていくしかない。私は私なりにこの世界のためになることを探してそれをやりきりたいと思っている。ミオも同じ気持ちだ」




ミオさんを尻目に微笑むロラン。
彼女はすっかり理沙と打ち解けたらしく、仲良く食べながらテーブルで談笑している。どうやら食事の話題で盛り上がっているようだ。




「あの、お姉ちゃんの仕事って? 」




「ワンドからの指示で色々動いているのよ。やることいっぱいなの」




と、後ろからお姉ちゃんが話しかけてきた。
今までの会話は聞かれていたみたい。




「具体的になにをやっているの? 」




「それは追々話してあげるわ。アンタは試合の事だけ考えなさい。
ニルヴァーナ騎士候補生になって情報を集めるんでしょう?
大会にエントリーしたって、さっき、ノノちゃんに聞いたわ」




「うん。闇雲に動くよりもそっちの方がいいってボルノーさんにも勧められて。
だから頑張らないと」




「OK。じゃ、まずは食べましょう。体力つけないとね。女の子は食事が命よ! 」




そんな訳で私たちは食事を楽しんだ。
時折、理沙の料理うんちくも挟みつつ、仲良く食べていた。
ロランもミオもその頃には笑顔をほころばせていた。
けれど、ノノの姿がどこにも見えなかった。






「あ、ここにいたんだ」




食事が歩い程度済んでからノノを探すと、彼女は外に居た。
石段に腰を下ろし、星を眺めているようだ。




「メイ、食事は済んだの? 」




「うん。それよりどうしたの、急にいなくなるから心配したよ」




「…ごめん。人が多い場所ってどうも苦手でね。思わず抜けた出しちゃった」




てへへと舌を出すノノ。
それからぼおと星を眺める。
満天の星空が、星々の大海がそこにある。
大阪では決して見ることができない光景だ。




「昔から人ごみが苦手でね。ああいう場所は落ち着ないの。
私の家はそれなりにお金持ちでパーティーとかも多くってね。
それが余計拍車をかけたのね…みんながいい人なのはわかるんだけど。
ああいう場所はどうもね」




星の海を見ながらぼそっと話すノノ。
どこか遠くを見ているようで、その瞳は海を映していなかった。
過去を思い出しているのだろうか。




「…そうなんだ。でも、あんまここにいると風邪ひいちゃうよ。
ほどほどにして、戻ってきてね」




「メイ、私とあなたは違う世界の人間よ」




帰ろうとした足を止める。
そんな私の背中にノノは振り向かずに話を続ける。




「たとえ生まれた世界は違っても、私はあなたをご主人様だって思っているわ。
あなたが助けてくれた恩を私は忘れない」




「……」




「確かにあなたにとってここは異世界であって、何の関係もないかも知れない。
でも、私とあなたはこの世界だからこそ会えたの。それは忘れないで欲しい。セグンダディオ様が何故あなたを選んだのかはわからないけど、きっと意味が有るはずよ。だから『何も関係がない』なんて割り切らないで欲しいの」





私は何も言えなかった。
うん、ごめんねという簡単な言葉が言えない。
ただ黙っていることしかできなかった。
だって、私にとってこの世界は価値がないのだから。
今はまだそうとしか思えないのだから。
私は早く帰って、普通の高校生活を送りたい。
普通の日本の女子高生としての生活を送りたい。
戦闘なんかしたくもない。
誰かを傷つけたり、殺したりもしたくない。
シェリルだって殺したくなかった。
できれば、仲良くなりたかった…。
今となっては叶わぬ願いだけど。
だから、ノノの期待に応える言葉を言えなかった。




「返事はしなくていい。今のこと、心の奥にしまっていてくれればいいわ。
忘れないで。この世界で私達が出会ったことを」




「…おやすみ、ノノ。身体冷やさないようにね」




就寝の挨拶だけ済ませ、その場を去った。
今の私にはそれだけしか言えなかった。


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