第20話「ニルヴァーナ騎士候補生・大試験大会　その①」

ニルヴァーナはかつてナイトゼナに実在した有名な将軍・ニルヴァーナの名前から来ている。彼は長く続いた戦いを終わらせた最大の貢献者として、膨大な領土をナイトゼナ王から得た。彼はそこに国を築くことにした。それが今日のニルヴァーナとなっている。かねてより騎士の街とされ、街には屈強な男たちが溢れた。騎士の街だけあり、街を覆う城壁やレンガ造りの家などにも彼らの工夫が見れる。これも騎士が多く住む街ならではと言えるだろう。




しかし、時代は再び戦争に突入した。ナイトゼナは勝利を収めたが、ニルヴァーナは負けてしまう。敗因は時代は既に騎士から魔法へと移り変わっていたことだろう。戦後、ニルヴァーナは他国の領地になってしまう。数年前にようやく独立となったが、何十年という領土期間のせいで国力はすっかり衰え、強い騎士はおろか、兵隊すら満足におらず、農産品や特産品といった物も無いのが現状だ。国家としては非常に苦しい状態が何年も続いた。




そこで我は「ニルヴァーナ国立騎士育成学校」を創設する目的でナイトゼナから多額の借金をした。一部を国土の整備に当て、田畑を増やし、鉱山の採掘や商店の自由化にあてた。これにより国力が回復し、ゆるやかではあるが、生産力が増加しつつある。国民も3%ほど増え、税収入の伸びもある。




だが、あくまでも目的は強固な国家を造ることである。有能な人材の揃った騎士としての街を復活させ、更なる国家安泰を目指すものである。人材を集めるべく、我が国は騎士候補生を一般の中から採用することを決め、今回の試験大会を決定した。ここに「ニルヴァーナ騎士候補生・大試験大会」を開催する。腕に自身のある者は奮って参加して欲しい。



現197代目ニルヴァーナ国王　　ドレイク・ニルヴァーナ



開催期間


２日間



参加条件

15～20歳までの健康な男女であり、身分保障がされていること。
開催日までに必要事項記入の上、書類を申請すること。
上記で認められた者はニルヴァーナ市役所の大会受付事務局まで。
尚、3人1組で1チームとする。それ以外は不可。



拠点


宿屋「ドルフィン・ベッド」（参加者は宿泊費無料）



会場


ニルヴァーナ城内・「グラン・ニルヴァーナ・アリーナ」



優勝者特典


優勝者には賞金20万ガルド。特待生としてニルヴァーナ国立騎士育成学校へ入学。特待生は入学金・授業料、試験料の全額免除。学食永久無料。準備金の毎月振込が約束される。



準優勝は準特待生とし、賞金7万ガルド。ニルヴァーナ国立騎士育成学校への入学を許可する。尚、入学金は半額される。




チケットの値段



立ち見席・3000ガルド。
C席は5000ガルド、B席１万ガルド。A席は５万ガルド。
AAAトリプルエー席は7万、SP《スペシャル》席は10万ガルド。




チケットのお問い合わせは各町にあるチケットインフォメーションセンター「チケチケ屋」にて。







「ふむふむ…」




ニルヴァーナ国内。
街の兵士さんからもらったチラシを私こと七瀬メイは熱心に読んでいた。
あの館から歩きに歩き、ようやく先ほどついたところだ。
書類は既にボルノーさんが送ってくれているから、あとは市役所で手続きするだけ。




「メイ、それじゃあ市役所に行くっス」




「それって、どこにあるの？」




「城の中っスよ。この街のお城は市役所も兼ねているんス」




「んじゃ、行こっか」




街は様々な人で溢れていた。
屈強な身体に鎧を身につけた若い男性達が特に多く、試合前の景気付けで飲んでいるようだ。他にも装束に身を包んだ女性たちもおり、魔法道具屋マジックアイテムショップなどを訪れているようだ。彼らを目当てにした露天商も多く、大会で勝つにはうちのアクセサリーがオススメだよーという威勢の良い声があちこちから聞こえてくる。武器・防具屋では30%～50%オフのバーゲンセールも行っているようだ。





それらを尻目にしつつ、私たちは街の中央にある城へと向かった。
場内にも既に多くの人がいて、兵士さんが慌ただしく動いている。
ただ、壁はもろくて崩れそうだし、天井にも所々シミがある。
絨毯が引かれたりしているけど、どことなくオンボロな感じだ。
兵士さん達の装備も短剣に革の鎧だけでナイトゼナとは違う。
お金が無いのかな。




「お城はちょっとボロいね…」




「まあ、197年前からほとんど補修されてませんからね」




「そんなに？すごいねー」




「建築マニアの間じゃ評判なんスよ。これだけ古い城も他にないと。
ナイトゼナは増改築や補修で以前の姿はほとんどないっスからね」




「へえー」




歴史があると言えば聞こえはいいが、一言で済ませるとボロいである。
私はナイトゼナ城の方が綺麗で素敵だし、シンデレラに出てくるお城みたいで好きだけど。でもこういうボロいのが好きっていう人もいるのね。世の中、色々な人がいるようだ。




「大試験大会の受付は地下１階でーす。最後尾はこちらでーす！！」





兵士さんの野太い声が聞こえてきた。
最後尾というプラカードを持った兵士さんが声掛けをしている。
その場を動かず、周りに聞こえるように口に手を当てて叫ぶように声かけをしている。歳は40代後半で顔はダンディなおじさん。屈強な肉体の持ち主で戦場で駆け回ったり、山で熊でも倒してそうなイメージ。そんな人が声かけってどうなんだろう。そう疑問に思いつつも、さっそく最後尾に並ぶ。




「しばらく時間かかりそうね」




ノノが列の並ぶ人々を見て呟く。
列は人が多く、ちょっと数え切れない。
ざっと見ただけでも40人以上は並んでいるんじゃないかな。
屈強な戦士から、綺麗な魔道士と様々だ。
中にはお爺さんの魔道士もいる。
私たちみたいな女の子同士の魔道士も何ペアかいるようね。
気合を入れる者もいれば、戦闘について会議している人もいる。
そんな訳で城は少々賑やかだった。
朝からこんなに人が多いのはちょっと疲れるなぁ。




「終わったらどっか、ご飯でも行くっス」




「ん…そだね」




と、言い終えた時だった。
いつのまにか、私の前に真っ黒なローブの男が立っている。
男は180cmはあろう巨体で周りの人達よりも頭一つ大きかった。
がっしりとした腕、足、傷がつきまくったボロボロの手。
この人も大会に参加するのかな。
ってゆうか、順番！




「あの、ここ私達が並んでいるんですけど。最後尾は私たちの後ろです」




「…おでにはかんけーない」




黒ローブ男はこちらを向かず、ポツリと呟く。
よく耳を済まさないといけないぐらい小さい声だ。
…のはずなのに聴力に集中しなくても聞き取れた。
それもそのはず、周りが変に静かになっているからだ。





「あなたに関係なくても私たちには関係あるんです。順番を守るのはルールでしょうが！割り込みしちゃいけないって親に教わらなかったんですか？常識でしょうが！」




「ちょっ、メイ！」




「……」




私が猛抗議＆憤慨していると理沙が止めに入る。
ローブ男は始めてこちらを一瞥し、睨みつけるような瞳で私を焼き付ける。
目力があり、とても暴力的だ。その瞳はすぐにでもこの場で暴れてやるという意思表示でもある。
ノノは無言でいつでも魔法が使えるように集中力を高めている。




「おでは…じゅんばんなんか知らない。いのちがおしければ、だまっていろ。
だまっていれば…なにもしない」




「黙ってられるわけないでしょう！とっとと後ろに行きなさいよ！」




「メイ、抑えて。こいつ、竜殺しのバズダブです。頭は悪いですけど、相当な実力者です。なんでも龍100匹を駆逐したとかいう…」




「理沙、私には関係ない情報よ。常識も何もない人に屈するわけにはいかないわ。
とっとと後ろに並びなさい、命が惜しければね」




私はさっきの奴の台詞をそのまま返す。
その言葉にバスダブも頭に来たらしい。
目力を強め、更に私を睨みつける。
でも、私はそんな瞳に怯えはしなかった。
この世界で生きて、元の世界に帰るまで弱腰になるわけにはいかない。
どんな障害も乗り越えなくちゃいけないのに、こんな小さい壁に手こずるわけにはいかないんだ。怖い気持ちが全くないわけじゃないけど、それでも目線を外さず、こちらも精一杯、睨み返してやる。




「おまえ…おれをおこらせた。おれをおこらすとどうなるか…おもいしらせてやる。
かくご…しろ…」




「覚悟するのはテメーだ」




と、バズダブが急に転倒し、絨毯とキスをする。
その背後にはツンツン頭の少年がいた。
どうやら彼がバズダブの背中を蹴り倒したらしい。
黒髪でワックスなのか地毛なのかわからないが、ツンツンしている。
服装はこげ茶のジャケット、ジーンズ。
顔はワイルド系って感じかな。
身長は170くらいで痩せてはいるけど、筋肉質でがっしりしている。
肌の色もよく健康的で、よい食生活を送っているようだ。
筋肉を見る限り、きっとたくさんトレーニングをしているのだろう。
…ちょっとカッコイイかも。




「な…なにを…する…」




「お嬢ちゃんの言うとおり、順番抜かしすんな。きちんと並べ、タコ」




タコの部分に反応したバズダブ。
青年を睨みつけ、起き上がろうとするが…。




「ふ…ぐ…う、うごけない…？」




その頭を少年が踏みつける。
尚ももがくが、それでもピクリとも動けないようだ。




「暴れたら他の連中の迷惑だ、クソ野郎。ここは狭いし、修理費だって馬鹿にならないんだぞ、ゴミ野郎。この国は財政難だっつーのに。影斬りでお前の影を切ってやった、しばらくは動けない。そのままくたばってろ、ハゲ野郎。寒くもねーし、魔道士でもないのに、ローブを纏うなバカ野郎」




「凄まじい文句・罵倒の嵐ね…」




ノノさんは苦笑いしている。
少年は散々文句を吐き散らすと、傍にいた兵士を呼ぶ。
兵士は少年の顔を見るなり、急に敬礼した。




「おい、衛兵！」




「はははっはい！」




「こいつを牢屋に連れて行け。公衆の面前で堂々と順番抜かしをする奴は、この国には必要ない。身元を調べて出場禁止処分及び罰金＆懲役20年だ。連れて行け」




「はは！　おい、手伝ってくれ」




「は、はい！」




兵士達は4～5人がかりでバズダブを連れ、去っていった。
周りはざわざわとしつつも、安堵の息を漏らしており、緊張した空気は柔らかいそれに変わっていった。




「悪かったな、嬢ちゃん。大会前はああいう奴らも出てくるからよ」




「いえ。でも、ちょっとやり過ぎなんじゃ？」




身元を調べて出場禁止処分及び罰金＆懲役２０年だと彼は言っていた。
少々キツすぎる気が…いや、そもそも兵士たちにそんな事を命令できるなんて、この人は何者なんだろうか。




「あの…どちら様っスか？」




「俺はアイン・ニルヴァーナ。この国の王子様さ」




「王子様！？」




しかし、周囲は別に驚きも何もなかった。
というか、「知らなかったの？なにを今更…」という空気だった。