ケンドー女剣良子の獅子奮闘記 カクヨム版

小夜子

第12話「奇妙な二人」




「・・・・」




目をうっすら開けると、すぐ傍に寝ている良子がいる。
自分自身の意識がはっきりしない。
頭が少しぼんやりとしてる。
どうやら少し、眠ってしまったようだ。
芳江は欠伸をして、ぼんやりと彼女を瞳に写す。
優しげな寝顔を浮かべる良子がそこにいる。
太陽の光に照らされた良子はとても可愛らしい。
できればいつまでもその顔を見ていたい。




「・・・ん」



しかし、その願いは叶わず。
良子は目を覚まし、ゆっくり目を開ける。




「お目覚めはいかがかしら?白雪姫さん」




「!」




良子は慌てて飛び起き、身構えた。




「芳江・・・」




剃刀のような瞳で良子は彼女を睨みつけた。
先ほどの寝顔とは逆だなと感じつつ、芳江は目を逸した。
心が切られたような気がしたからだ。




「なんでお前が・・・つか、ここどこ?」




言いながら良子はハッと気づいた。
記憶が蘇り、何が起きてたのかを思い出していく。
普通の女子高生と違い、良子は染井の訓練を受けている。
故に防衛本能が働くのが早く、意識を取り戻すのも早い。
そして彼女は思い出していた。
自分が学校の屋上で芳江に負けたこと。
最大の奥義が通じなかった事を…。






「思い出したようね。そう、あなたは私に負けたのよ」




「…ここはどこなの?」




良子はその発言を無視して尋ねた。
悔しさと怒りがこみ上げるが、今は現状を把握する事が先だ。
歯で舌を噛みつつ、辺りを見渡してみる。
背後には海が広がっている。
燦々と降り注ぐ太陽が、海を眩しく輝かせていた。
ポストカードの写真のような美しい海である。
前方には森が広がり、奥には谷が見える。
人の気配は感じられず、道路はおろか民家すら見当たらない。
高い建物もなければ、人口物と呼ばれるものが何もなかった。
時折吹く風が二人の髪をたなびかせる。




「無人島よ」




「無人島!?」




オウム返しに言う良子。
だが、そうなのかもしれない。
どこを見ても、家もビルもコンビニも何もない。
TVや映画で見た無人島と似ているような気がする…。




「なんで無人島に・・・。ってゆうか、ウチの刀は?」




「これよ」




芳江が示した先には、砂に埋もれた刀があった。
真っ二つに折れた刀が。




「か、鏡が!アンタがやったの!?」




「いいえ。あなたが敗れた後、すぐに折れたのよ。
まるで自分の役目を終えたかのようにね」




「そんな・・・」




良子はガクリと膝をついた。
調べてみると、「鏡」は刀身のほぼ中心で真っ二つに折れていた。
切り口は鮮やかで、機械で切ったかのように綺麗だった。
破壊したのではこうはいかないだろう。
恐らく、芳江は嘘をついていない。
そもそも芳江に刀を壊すメリットは存在しない。
そんなことをする前に良子を殺せば事足りる。
認めたくない事実だが、本当に自然に折れたのだろう。
しかし、何故折れたのだろうか?
この刀は良子が小学生の頃から使っていた愛用の刀だ。
元々、丸刀なので人を傷つけることはできない。
紙を切るきことすらできない模造刀である。
だが、良子が意思を持てば岩をも砕く刀となる。
気を用いることで「鏡」は本領発揮し、絶大な力を誇るようになる。
良子は染井から刀をもらったとき、非常に嬉しかった。
手入れを怠ったことは今まで一度もない。
これからもずっと一緒に生きていくと思っていた。
かけがえのない相棒だと思っていた。
それなのに…。




「・・・・・・くっ」




声にならない慟哭を上げる良子。
刀をずっと見つめ、涙を流していた。
愛おしく、切ない気持ちが込み上げてくる。




「そんなに大切な刀なの?」




「これはおじいちゃんの形見なのよ」




良子はあまり喋りたくなかったが、無視するだけの余裕がなかった。
涙を流すことを止めないまま、ポツポツと言葉を紡いでいく。




「…おじいちゃんは刀匠だった。その筋では刀の神様と呼ばれるぐらい有名な人なんだ。昔気質で頑固な職人だった。おまけに人間国宝を拒否したっていう変わり者」




「・・・・」




芳江は黙って良子の言葉を聞いていた。
良子は芳江に聞かせるのではなく、自分自身で確認するように思いを紡いでいく。




「おじいちゃんはウチが大好きで・・・自分の死と引き換えにこの刀を鍛えたの。おじいちゃんの刀匠としての最後の作品、それが「鏡」なの。家族のいないウチにとって、唯一の形見なのよ・・・」




折れた「鏡」を愛おしそうに見つめる良子。
もう、あの頃のようには使えない。
そう思うと、胸に穴が開いたのを感じてしまう。
思えば、この刀で様々な敵を切ってきたものだ。
その日々がどこか懐かしい。
わずか数年前の事だというのに、随分昔の事みたいだ。
そんな日々が走馬灯のように良子の頭の中に流れる。
どうして、鏡は折れてしまったのだろうか。
自然と折れた…芳江はそう言っていた。
その言葉がもし事実なら、「鏡」は役目を終えたのだろうか。
その答えは誰にもわからない。




「大切な刀だったのね」




「うん。でも、正直おじいちゃんの思い出はあんまりない。でも、一緒にTVの時代劇を見たことだけは覚えてる。その時のおじいちゃんが優しかった事。
あったかさ・・・それは今でもウチの中にある。」




良子はそう言って自分の胸に手を当てた。
ほとんど覚えていない。
祖父とは幼い頃に死別しているのだから。
だが、何故かその時の記憶だけは鮮明に残っている。
時代劇に出ている女性が自分を「ウチ」と呼んでいた。
それがきっかけで良子は自分をウチと呼ぶようになった。
おじいちゃんはそれを大いに喜んでくれた。
あの時の笑顔が忘れられない。




「・・・・そう」




良子と一緒に折れた「鏡」を見つめる。
芳江はどこか遠い瞳をしていた。




「小学生の時に師匠から貰って、ずっと一緒だったんだ。
親がいないウチにとって、唯一、家族を感じれるものなの。
ま、アンタにはわかんないでしょうね・・・」




芳江に家族がいるのかどうかはわからない。
ただ、見た目は30代半ば程度だと思われる。
結婚をしていてもおかしくない年頃だろう。
だが、反社会的な事を企む人間にそんな感情があるのだろうか。
甚だ疑問である。




「…そうでもないわ」




芳江の小声の否定に良子は少し驚いた。
てっきり肯定するのかと思ったが・・・。
深く聞こうかと思ったが、やめた。
だが、代わりに質問する。




「で?ウチをここまで連れてきた理由は何なの」



鏡のことはショックだが、良子は気を取り直して涙を袖で拭いた。
ここが本当に無人島だとして、何故彼女は良子こんな所に連れてきたのか?
人質にするとか身代金だとか、そういうのだったらこんな所は使わない。
いずれにせよ、何か目的がある事に違いない。




「・・・・」




芳江はノーコメントを貫いた。
良子はイライラしながら、八つ当たり的に言葉を飛ばしていく。




「何もなしにここまで連れてくるとは思えないわ。
大方、拷問かなんかするんでしょ?
悪いけど、ウチは口堅いよ。何も喋んないからね」




「そんな野蛮な趣味はないわ」




「はあ?じゃあ、なんでウチを攫ったのよ!どうして殺さないの!
アンタたちの目的が何かは知らないけど、ウチらは邪魔な存在でしょ!?
アンタたちが今まで放った妖魔はぜ~んぶ、ウチらが倒しているんですからね。
わざわざ殺さずにここに連れてきたのは、拷問したいからでしょ?
こんな所なら警察だって来やしないからね。違う?」




「本当に邪魔な奴なら潰すだけよ。」




「意味わかんない!じゃあウチをここに連れてきた理由は何!?」




「あなたに興味があるのよ」




芳江は良子をじっと見つめた。
その瞳は力強く、良子の瞳を直視している。
良子は目を逸した。




「な、何言ってんの?頭おかしいんじゃない?」




「・・・とにかく、ここは無人島よ。
携帯電話もGPSもネットも何もかもが通じない世界。
かつての地球と最も同じ姿をした島とも言えるわね。
デパートやスーパー、コンビニもない。
これから私たちは自給自足の生活を歩むことになるのよ」




「・・・それで?」




良子はジト目で芳江を睨みつける。
その言葉の中に嘘を探す為に、耳だけは情報を集めるのに集中していた。
声の調子を聞きつつ、表情なども観察して嘘を探し出す。




「今は休戦ということにして、これからは共同生活をしましょう。
でなければ、ここでは生きていけないわ」




芳江は手を差し伸べしたが、良子はそれを手で払い除けた。




「悪いけど、敵と馴れ馴れしくするつもりはないわ。
ウチはウチで勝手にやらせてもらう!」




良子は芳江の提案を拒否した。
当然だ。
芳江とはこれまで何度も敵対した。
何の目的かは知らないが、芳江のやろうとしていることは反社会的だ。
妖魔と結託し、何かを企んでいる。
そんな奴と休戦だの、共同生活だの、馬鹿馬鹿しい。
それを受け入れられるほど良子はお人好しではない。
もしかしたら、仲間に引き込もうと考えているのかもしれない。
だとしたら、尚更提案に乗るのは危険だ。
芳江を信用できない。
信用してはいけない。
頭にある警報がけたたましく鳴り響く。




「良子ちゃん・・・」




「サバイバル技術なら師匠から学んでいるから大丈夫。
ついてくるな!」




良子は怒りながら、森の方へと駆け出していった。
芳江はその背中を寂しそうに見送った。











森を進む良子。
気温はそう暑いわけでもなく、風通しは良い。
また日当たりもよく、森というよりは規模が小さい感じがする。
どちらかというと、林だろうか。




「さて、まずは食料の確保だね。うーんと・・・」




しばらく進むと川原に出た。
良子はそこを全体的に見渡し、あるポイントに向かう。
そこは川が上の段から下の段へ落ちる場所だ。
川釣りでは魚がいる場所を見つけるのが基本。
川の流れを見てどこに魚がいるか、大体の目安をつける。
魚がいるポイントは川が蛇行している内側や外側、石の前後や日陰
などにいる場合が多い。
良子が見つけた場所も魚が多くいるのが確認できた。
都心の川とは違い、水が透き通っていて魚を見つけるのはさして難しくなかった。




「よし、ここなら良さそうね。後は釣竿か・・・」




今は釣竿を持っていないので、作ることにした。
良子は懐からフォールディングナイフを取り出す。
フォールディングとは英語で「折りたたみ式の」という意味で、
その名の通りブレードを折りたたむことができるナイフだ。
その為、ポケットに携帯しても安全である。
アウトドアでは必需品でベテランはもちろん、初心者が使うにも最適だ。
良子はいつサバイバルな状況になってもいいよう、常に携帯している。
刃を引き出し、木の枝を切り裂いていき、ナイフで余分な部分を削ってサイズを調 整する。 数分後、木の枝は立派な竿になった。




「糸はこれを使おう」




取り出したのはタコ糸だ。
タコ糸を竿の長さとほぼ同じにしておく。
折れた枝はウキになるし、尖った枝は釣り針にもなるので、ポケットにしまってお く。




「あとはオモリかしら。お、こんな所に鉄ネジ発見!」




川原の近くに偶然あった鉄ネジをオモリにし、それらを竿に装着させていく。
エサは石をひっくり返し、そこにいたミミズや川虫などを利用する。




「よし、釣り開始!」



さっそく釣りを開始する。
利き手である右手で竿を持ち、エサをつけた竿の先が少し曲がるぐらいに
釣り糸を引き、竿の反発力と戻る力を利用して前方に投げ入れる。
釣り糸に少し余裕を持たせるぐらいに自然に川に流すようにする。
流し方が不自然だと魚は警戒するので、上手く釣れないのだ。
また、魚の真上ではなく魚の視界に入るよう、魚より上流のポイントで
エサを流す。




「お、きたきた!」




さっそく反応があった。
竿を引くと、一匹の少し大きめの魚が連れた。




「あら、オイカワね。なかなか美味しそうじゃない!」




オイカワはコイ目・コイ科・ダニオ亜科(ラスボラ亜科、ハエジャコ亜科とも)に 分類される淡水魚の一種で、体調は15~20cm程度。
西日本と東アジアの一部に分布し、分布域ではカワムツやウグイなどと並ぶ身近な 川魚として知られ、釣りの対象としても人気がある。
甘露煮、唐揚げ、テンプラ、南蛮漬けなどで食用にされるが、川原での塩焼きが特 に美味である。




「よし、どんどん釣るぞー!」



良子は夕方過ぎまでどんどん魚を釣っていく事に没頭した。








「こんな所にいたのね、良子ちゃん」




背中越しに見ると、芳江がたくさんの薪を持って佇んでいた。




「何の用?ウチはウチで勝手に・・・へっくしょん!」



良子は盛大にくしゃみをした。
気づかなかったが、夕暮れ時で日が沈んできている。
おまけに風が出ていて、少し肌寒い・・・。
そういえば、まだ制服のまだだった。




「少し移動しましょう。そこでキャンプするから」




「ウチは別に一人でも・・・」




「いいから。さ、行くわよ」




「ちょ、ちょっと!袖引っ張らないでよ!」




芳江は半ば強引に良子を連れて、川原から先へと進んだ。








「よし、この辺にしましょう」




ついた先は平らな場所だ。
川原から少し距離もあり、キャンプをするにはいい場所である。




「テントを建てるなら川原や崖下は避けるべきね。川原は増水して中州に取り残されるかもしれないし、そもそもゴツゴツした石の上では寝にくいわ。崖下も土砂崩れや落石で危ないし、傾斜地みたいな場所も避けたほうがいい」




「知ってるわよ、そんな事。だから川原からも距離があって、テントのスペースが確保できる平らな場所がいいんでしょ」




良子はため息をついた。
アウトドアについては師匠の染井から散々教えられた。
もう耳タコなぐらい教えられたので、そんな事は百も承知だ。




「テントを設営するから、周りの石を捨てておいて。で、竈を作って頂戴」




「はいはい・・・」




良子は周りを歩き、転がっている石を森に投げ込んでいく。
石を取り除いておけば、寝るときに背中に凹凸が当たることもないし、
万が一の事故を防ぐこともできる。
キャンプ場の整地はとても重要なことだ。
また、そのついでに竈を作る用の石も確保しておいた。




「薪は?」




「これ使うといいわ」




芳江のテントの設営場所付近に薪がある。
また、新聞紙や小枝、葉っぱなども置いてあった。
それを取りに行く良子。




「へっくしょん!!」




先ほどよりも盛大なくしゃみをする良子。
6月とはいえ、まだまだ寒い。
制服だけは少々厳しいものがある・・・。




「これを着なさい」




渡されたのはレインウェアとスパッツ。
他にも手袋、マフラー、帽子もある。




「・・・ありがと」




「どういたしまして」




良子は礼だけ言うと、すぐにそれに着替える。
そして、再び黙々と竈造りを再開した。
芳江もテント造りに戻り、お互い何も言わずに作業に集中している。
普通は世間話でもしながらするものだろうが、二人の関係は敵同士。
重い空気が漂が、ここでペラペラとおしゃべりしながら、作業するのも変だろう。
これで当然なのだと良子は感じていた。
竈を作るときはテントから3メートルほど離しておく。
風に舞う火の粉やはぜにより木片が飛ぶので、テントの近くだと燃え移ってしまう。
次に竈を造るのだが、それにはまず大きめの石がいくつか必要となってくる。
それは先ほどの石捨ての時に確保した石を使う。
まず、親指を口に加え、唾を付けて風向きを調べる。
風向きは日中・夜などで違ってくるが、焚き火スペースはテントを張った場所の風下に作ると煙に悩まされることはない。
その風向きとテントの場所を考えながら、風通し穴を確保しながら石を積む。
石をしっかり二段に組み上げ、円形にしていく。
石の間にすきまをあけるのがよく燃えるコツだ。
石を積み終えたら、竈に新聞紙を丸めていくつか置き、支柱になる太い枝(横木)を竈に載せる。




次に葉っぱや割り箸、小枝をのせていく。
丸めた新聞紙にチャッカマンで火をつけ、一気に火力を上げる。
尚、チャッカマンもやはり良子が常に携帯しているものだ。
この女はどれだけの物を携帯しているのだろうか・・・。
小枝に火がつき、それを消さないように気をつけながら少しずつ薪をのせる。
炎はそれなりに強く、薪にきちんと火がついている。
そうそうの事では消えそうにないので、このままでいいだろう。
尚、炎が弱い場合は熾火部分に風を送ればいい。




「そっちは終わったようね」




よっこらせと良子の隣に腰掛ける芳江。
良子は一瞬睨むが、特に何も言わず再び火を眺め始めた。



「さ、良子ちゃんが取った魚を食べましょう」




「ん・・・」




オキアユのワタを取り、洗ってから水気を拭き取っておく。
ウロコやエラは無理して取らなくてもいい。
串に刺し、塩をふったら遠火で焼く。




「そろそろいいわね・・・」




焼けた魚を取り、それを良子に手渡す。




「はい、良子ちゃん」




「・・・・・」




良子は無視して別の魚を取る。
芳江は仕方なく自分で渡そうとした魚を食べる。



「美味しいわね」




「・・・・一体、何がしたいのよ」




「食事をしたいだけよ」




「何企んでいるの、アンタ。こんな無人島に連れてきてサバイバルごっこ?
意味わかんない。連絡できるんでしょ?さっさとここから連れ出してよ」




「悪いけど、無線も何もないわ。携帯も繋がらない」




「じゃあ、イカダで島を出るとか・・・」




「ここがどこもわからないのに?無謀すぎるわね」




確かに芳江の言う通りだ。
イカダを作ることが仮にできたとしても、ここがどこかわからない。
目的地をどこにするのか設定できなければ、海の航海は危険だ。
運が良ければ助かるが、死ぬ確率の方が高い。




「はあああ。礼菜どうしてるかなぁ。マコにさくらに稲美ちゃん・・・。
みんな心配してるかなぁ・・・」




火を見ながらぼやく良子。
みんなどうしているんだろうか。
良子がいなくなった事で混乱しているとは思うが・・・。
彼女たちにまた会える日はいつ来るのだろう。
それとも、会えないまま一生コイツとここで暮らすのか?
良子は隣の芳江を睨む。
芳江はそれにただ微笑するだけだった。
少しだけそれが寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。




「さ、そろそろ寝なさい。明日も早いわよ」




「・・・じゃあ、テントで寝るわ」




「毛布があるからここで寝なさい。火の番は私がするから」




芳江はテントから毛布を出し、良子に手渡す。
良子はさっさとそれを羽織って横になる。



「んじゃ、寝るわ。おやすみ~」



「ねーんねん、ころりーよ。おころーりよ。
良子ちゃんはよい子だ。ねんねしな・・・」




芳江は静かに子守唄を歌う。
どうして子守唄なんか・・・。
だが、良子にはどこかでそれを聞いた覚えがあった。
それと同時に懐かしさが込み上げてくる。




「何、それ・・・。なんか懐かしいような・・・」





「・・・良子ちゃんは良い子だ。ねんねしな・・・」




瞳を細め、優しく子守唄を歌う芳江。
その瞳はどこか苦労が滲んている。
妖魔に指示を飛ばす芳江を思い出す。
だが、ここにいるのはまるで別人みたいだ。
今の彼女はどこにでもいる、ごく普通の女性にしか思えない。
良子には信じられない想いでいっぱいだった。
だが、疑問は霞の中に消えていく。
疲れが溜まっていたのか、芳江の歌声が心地よく、心に染み渡る。
瞼が自然と降りてくる。




「おかあ・・・さん・・・」



芳江は何も言わない。
ただ子守唄を歌う。
歌いながら、優しく良子の頭を撫でる。
それは居心地が良くて、懐かしくて、とても気持ちがいい。
良子はそのまま、ゆっくりと夢の世界へと旅立った。






「・・・眠ったみたいね」




芳江は良子の横顔をじっと見つめる。
ぐっすりと眠っている良子。
その寝顔は優しく、可愛いものだった。




「・・・何十年経っても覚えているものなのね。
なんだか嬉しいわ」




芳江は少しだけ薄く笑みを零す。
良子の毛布をかけ直す。
火で暖を取りながら、月を見上げる。
都会と違い、ここの空は広い。
車の音も排気ガスも何も一切ない。
あるのは波の音だけだ。




「ねーんねん、ころりーよ。おころーりよ。
良子ちゃんはよい子だ。ねんねしな・・・」




芳江はどこか遠い瞳をしながら、小さな声で歌いだした。






          

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