ケンドー女剣良子の獅子奮闘記 カクヨム版

小夜子

第2話「始まりの序曲・後編」

「あなたが剣良子さんね?」




良子が振り向くと、そこには女性がいた。
歳は20代後半くらいだろうか。
髪を茶色に染めていて、レディーススーツを着ている。
身長は150程度ぐらいだろうと思われる。
胸元にはシルバーのネックレス、耳にはピアスをつけ、オシャレには気を遣っているようだ。また他人が不快に感じない程度に香水もつけている。
どんな香水かはわからないが、高級な物だということはわかる。
何故なら、香水に詳しくない良子でもいい香りだなと感じるからだ。




「あなたは?」




「荒吐覇学園の学園長、翡翠伊織よ。よろしくねん★」




80年代のアイドルよろしくウインクを零す伊織。
良子はどうコメントしていいかわからず、一応挨拶だけした。
師匠達の姿を探したが、辺りにはいないようだ。
恐らく、もう帰ってしまったのだろう…。




「さて、早速だけど二人には今からある場所に向かってもらうわ」




「・・・・」


「はい、了解です」



礼菜はすぐ返事をしたが、良子はまだ納得できない顔をしていた。
伊織から目を逸らし、つまらなそうな顔をしている。




「剣さん、あなたも来てくれる?」




「・・・どこへですか?」




「染井さん曰く、憂さ晴らしの場所よ★」



その時、良子達の前に車が停まった。
色はシルバーで犬の顔のような形をしている。
良子も礼菜も知らないが、超高級外車として車好きなら誰もが知っているロールスロイスだ。ファントムのフルモデルチェンジ版で、価格は恐らく、5000万超えるだろう。何故なら、内装を全て一流の家具職人が担当し、一つ一つの部品に手間暇をかけ、細部にまで高級なものを使っているという拘りと珠玉の車だからだ。
それは車に興味のない良子達でもいい車だな、オイと思うほどである。
予約しても3年以上待たされるという話もあるほどだ。
随分羽振りのいい女だなと良子は思った。




「この車でそこへ向かうわよ」




「…また車ですか」




良子はため息をついた。
まだ肩やお尻が凝ってるんだが。
良子は肩を自分の手で揉んだ。




「剣さん、説明は車内で行うわ。乗ってもらえる?」




「…わかりました」




良子は渋々頷いた。
まあ、拒否権はないだろな。
逆らった所で状況は何も変わりそうにない。
せっかく礼奈にも会えたんだし…。
良子は観念して車内に乗ることにした。



「良子、肩揉んであげるよ★」




礼菜が笑顔で言う。
気を遣ってくれたのだろう。
そんな気遣いが良子には嬉しかった。




「ありがと、礼菜」




「さ、二人とも乗った、乗った」




翡翠はさっさと助手席に乗った。
運転席には翡翠の部下だろうか、黒のスーツにサングラスの男性が乗っている。
良子達は後部座席に乗りこみ、車が発進した。



「学園長。ウチがここに連れてこられた理由を教えてくれませんか?でなきゃ、ウチの大阪から東京の長距離移動時間が無駄になります。説明責任ってのを果たしてくれませんかね?」




礼菜に肩や腰を揉んでもらいながら、良子は尋ねた。
良子は口調こそ丁寧だが、イライラが多少含まれている。




「あら、染井さんは何も言わなかったのね?」




「言ってたら怒りませんよ…」




「ふふ、そうよね。まあ、あの方らしいわ…」




翡翠は微笑した。
車はネオン煌びやかな眠らない街・東京をどこかに向かって颯爽と走っていく。




「じゃあ説明するわ。良子さん、あなたには妖魔退治を行ってもらいます」




「妖魔?」




「この世の裏に潜むバケモノの事よ」




「バケモノねぇ…聞いたことないんですけど、そんなのいるんですか?」




半信半疑という様子で訊く良子。
それに力強く伊織は頷いた。



「ええ、残念ながらね」




「妖魔と人間は大昔から争い続けてきたの。妖魔は人間の世界を征服する為に、人間は自分たちの領土を守る為に戦った…」



「……」




良子はまだ半信半疑だが、とりあえず話を聞く。
その様子を見て、翡翠は続ける。




「そして長い歴史を経て、人間は妖魔を滅ぼし、いつしか人々は妖魔という存在を忘れていったの。今じゃ一部の人間しか知らないわ」




「…じゃあ、今はいないんじゃ?」




「いいえ、今もいるのよ。その生き残りの末裔がね。完全に滅ぼした訳ではなかったのよ」




「なんでそいつらの退治を?」




「荒吐覇学園は表向きは文武両道の学校よ。でも、本当の目的は妖魔達を壊滅する為に創立されたの。後世で妖魔達が蔓延る事がないようにね」




「…で、ウチはその妖魔とかゆーバケモノ退治に呼ばれたと」




「そういう事」




「…つか、なんでウチが?他にも人はいるじゃないですか?」




東京は人材の宝庫だ。
強い奴は山ほどいるだろう。
なにせ、東京は日本の首都であり、多くの才能豊かな天才・秀才などの若者達で溢れ返っているのだから…にも拘らず、わざわざ良子を指名したのは何故なのだろうか?




「染井さんから剣さんを紹介してもらってね。染井さんの愛弟子なら貴重な戦力になると思ったの。何より、礼奈さんの強い推薦があったからね」




「えへへ…良子の強さは私がよく知ってますから」



「あんがと」



良子は礼奈の頭を優しく撫でた。
えへへと顔を赤く染める礼奈に良子は少し安堵した。



「つか、師匠ってそんなに有名なんですか?」




「ええ、裏の世界じゃ有名よ。百戦錬磨の剣豪で、用心棒、暗殺、何でもこなした。その仕事ぶりは恐ろしいぐらい完璧だという噂よ。でも裏仕事を辞めてからは経営コンサルタント会社を設立して、多くの会社を救ってきた。政財界にも太いパイプがあるそうよ」




「へええ…」




「良子、先生の事知らないの?まあ、私も詳しくはないんだけど…」




「うーん、師匠はあんまり自分の事話してくれないからなぁ」




「そうなんだ?」




「ま、どんな過去があっても師匠は師匠さ」




染井は京都の山奥にある小屋に住んでいる。
良子はその家に三歳から住むことになった。
中学一年の時に礼奈とも暮らし始め、2年ほど一緒に暮らした。
良子が中学三年生の時、染井の提案で一人暮らしをする事になり、大阪へと移住。
それが今朝までいた良子の家である…その家も引越しされてしまったが。
染井は大の人間嫌いであり、人が大勢いる所は嫌いだと口癖のように言っていた。
人里離れた山小屋に住むのはその為だという。
彼女の性格や考え方は良子もよく知っているが、過去や経歴は一切知らない。
過去に尋ねた事もあったが、はぐらかされて教えてくれなかった。
けれど、誰にだって話したくない過去はあるだろう。
良子は深く気にせず、追求しなかった。
それは礼奈も同じだ。




「で…まとめると」




良子は咳払いした。




「ウチは妖魔というバケモノ退治のメンバーに選ばれた。でもウチが言っても聞かない性格だから、師匠はウチを無理矢理に東京に連れてこさせた&強制転校って事ですね」




「そういうこと」




「んで、今から向かう場所に妖魔がいるんですね?」




「ええ、その通りよ」




「けど、どうして今頃になって妖魔が?今は21世紀ですよ?バケモノなんて非科学的な…」




「ふふ、そうかもしれないわね。今は科学の時代。幽霊だってプラズマだと片付けられる世の中だわ。でもね、奴らは今でもいるのよ。我々のすぐ身近にね。信じられないかもしれないけど、自分の目で見れば、きっと信じられるはずよ」




「まあ、そうですけど…」




「どんな非現実も、自分の目で見たものは現実よ。妖魔を放っておけば東京は大変な事になる。あなた達は戦いなさい。この東京を守る為に。そして自分の大事な物を守る為に。OK?」





「はい!」




「…はい」




伊織の言葉に良子と礼菜はそれぞれ頷いた。
良子はまだ少し納得がいかない様子だったが、翡翠は気にしなかった。
車が停まり、運転手以外の全員が降りる。
そこはどこかの廃虚街のようだ。
オフィスビルがたくさん立ち並んでいる。
だが、どれもこれもボロボロで朽ち果ている。
どう見ても数十年以上は経っているだろう。
既に会社としての機能は果たしていない。
人の気配もなく、街灯が頼りなくついてるだけだ。




「うわ、どこもかしこも廃ビルばかりですね…」




礼菜が周りを見渡しながら言う。




「ここはバブル崩壊後、倒産しまくった会社のビルばかりよ。今でも買い手がつかず、土地がそのままあるゴーストタウン」




「なんで土地がそのままあるんですか?」




礼菜の質問に頷く伊織。
かび臭い空気が漂い、どことなく埃っぽい気がする。
手で口と鼻を覆いつつも、伊織は説明する。



「壊すにも費用がかかるのよ。不動産屋も土地を売りに出してるけど、買い手が全くつかないから放置しているの。ところで…剣さんはオバケとか平気?」




翡翠が意外そうに尋ねるが、良子は首を横に振る。




「ウチは大丈夫です。でも、礼菜が苦手ですね」




「ちょっ、やめてよ良子!」




「二人で遊園地行った時、お化け屋敷行ったんですけど…やたら礼奈がワーキャー叫んでて、おまけに半泣きでしたね」




良子はにへら、と笑いながら当時を思い出す。




「キャー!その話はナイショだって言ったでしょ!バカバカ!」




「わはは、時効、時効」




「…なるほど。まあ良子さんがいれば大丈夫そうね。二人にはここへ入ってもらうわ」




翡翠が指したのは目の前のビルだ。
入り口のプレートには岡本商事株式会社と書かれている。




「ダークタワーって感じだね。悪党の巣窟に持ってこいだ」




ビルを見上げながら意気揚々と言う良子。




「片付けるのはこのビルだけですか?」



「ええ」




礼菜の尋ねに翡翠は首を縦に降る。




「一匹残らず、全滅させてちょうだい」




「了解しました」




礼菜は頷き、ビルに向かって真っ直ぐ歩いていく。
本当は怖い気持ちもあるだろうが、責任感が強い彼女はこんなことでは音を上げない。一度決意したことは絶対に曲げないのが礼奈のいい所だ。
そんな友人の背中がちょっぴり、たくましく見えた。




「さて、運動しないとね。まだ肩とお尻が痛いし…いっちょ張り切りますか」




良子は屈伸運動をし、よし!と気合を入れた。
二人は真っ直ぐ、ビルへと入って行った。









中に入ると、ほとんど真っ暗だった。
街の街灯や月明かりで多少は見えるが、それでも心もとない。
しかし、良子達は気にせず進む。




「ここは受付みたいだけど…すっごいボロボロだね」




良子が辺りを見渡して言う。
周りは何もなく、崩れかけた床や天井があるくらいだった。




「みたいだね。ここら辺は何もないみたい。上に行って…」




礼菜は階段に進もうと背を向けたが…。




「ちょい待ち。お客さんだよ」




礼菜が振り向くと、背後には魑魅魍魎で溢れていた。




「シギャアアアアア!」




魑魅魍魎共は咆哮した。
姿形は様々で、蛇の姿をしたものもいれば、猪の姿をしたものもいる。
ただ自然の動物達と違うのは、尋常じゃない殺気があることだ。
痛いぐらいの殺気が身体中に伝わってくる。



「妖魔だわ!良子、よく気付いたわね…。こんな薄暗いのに」




辺りはほとんど真っ暗で相手の顔や姿だって全ては見えないのに…。
しかし、良子は首を横に振る。




「目じゃない。気で感じたんだ。こんなバカ正直な殺気、気付かない方がおかしいでしょ?」




「なるほどね」




礼菜は頷き、刀を握る。
良子は既に抜刀していた。
そして、目を瞑り、気配を探る。



「数は全部で10体。左右に別れているみたいね。左側に5体、右に5体ずついる…」




良子は相手を見ずにそう語った。
こんな暗闇では相手の数を目視で確認することは難しい。
だが、良子は殺気を分析して全体数を割り出したのだ。
それも、たった数秒で。




「気で相手の人数まで読めるのね。私にはそこまでできないわ。まだまだ修行が足りないわね…」




「今度礼菜にも教えてあげる。報酬はデート1回ね★」




「良子とデートなら大歓迎よ♪駅前に美味しいケーキ屋さんがあるから、一緒に行きましょう」




「OK。左は礼菜に任せる。ウチは右に行くから」




「了解!」




二人はすぐさま駆け出した。




「うるらああああ!」




良子はほとんど一瞬で敵の傍に近づき、その喉元を獲物で強引に切り裂く。
1匹じゃない、5匹の妖魔の喉元をまとめてたっ斬る!




「ウギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「グガアアアアアアアアアア!」
「ギャアアアアアアアア!」




緑色の鮮血が噴水のように舞う。
妖魔たちは暗さを物ともしていないが、良子の速さは見きれなかった。
そのせいで首から胴体は真っ二つにされ、壊れた人形のように床に転がった。



「やるぅ、良子!私も負けてられないわね」




礼菜は左手と右手に刀を握る、いわば二刀流だ。




「シギャアアアアア!」




猪の姿をした妖魔がキバで襲ってくるが、礼菜はひらっとかわす。
スカジャンに刺繍された龍が吠えた気がした。




「私の躍りについてこれるかしら?」




礼菜は着地する寸前から、踊るように舞う。
舞いながら剣を振るう。
その舞いは確実に敵の喉と心臓を同時に切り裂いていく。




「ギャアアアア!」




「ウギャアアアア!」




「グガアアアアアア!」




舞いながら、複数いる敵の喉と心臓を切り裂きまくる。
その姿は美しく、芸術的で、剣さえ無ければ見事な舞踊にも見えるだろう。
あまりにも華麗で、あまりにも芸術的。
そして驚くべき殺傷能力だ。
殺人芸術とも呼べるだろう。




「私のソード・ダンス、楽しんでくれた?うふふ…」




「礼菜~、観客はみんな死んじゃったよ」




良子があははと笑う。




「私の華麗な舞いを見て死ねるなら幸せでしょ?冥土の土産にするといいわ。あの世でたっぷり自慢しなさい!オーホホホホホホホホ!」




礼菜は高笑いを上げた。




「…あ~あ、礼菜の病気が再発しちゃった」




良子はため息を軽くついた。
礼菜は普段は大人しいが、ソードダンスには絶体の自信と拘りを持っている。
彼女が自ら考案したらしいが、モノにするまで何年もかかり、舞のパターンも数十種類考えたようだ。礼菜は今でも毎日、練習とパターンの考案に取り組んでいる。
その拘りようは性格すらも崩壊する程だ。
その為、性格が暴走することもあるのだという。
こういう時は…。




「礼菜、こっち向いて」




「良子も見たでしょ?私の華麗なる…ん!」




礼菜はぎょっとした。
良子は礼菜の唇に自分の唇を重ねていた。




「ん、んんぅー!」




良子はゆっくり彼女から自分の唇を離す。




「ふぅ。落ち着いた?」




「…お、お、落ち着くわけないじゃん!むしろドキドキしてるよ…」




礼菜はまるで借りてきた猫のようにおとなしくなった。
そんな彼女の頭をぽんと優しく叩く良子。



「全く自分の技に酔いすぎだよ、礼菜。拘り過ぎもほどほどにしなさいよね」




「…ごめん」




「技に拘らなくても、ウチが礼菜を守ってあげるから」




「良子…」




暗闇で良かったと礼菜は思った。
今、自分の顔はきっと自分でも驚くくらい真っ赤だろう。
キスもその言葉も涙が出るほど嬉しかった。
心臓が早鐘のように高鳴っている。
胸が苦しくて、心臓が破裂しそうだ。



「ありがとう…良子」




しかし、その感動や嬉しさを伝える言葉が見つからない。
もっと言いたい言葉があるはずなのに、それに当てはまる単語が見当たらない。
心臓がドキドキしすぎて、正常に物事を考えることができない。
結局、いつもの普通のお礼しか言えなかった。
もっと千の言の葉で良子に対するお礼を言いたい…。
でも、言葉は出てこなくて。
人は嬉し過ぎるとき、その感動を表す言葉が出ないもんなんだなと感じる礼奈。
けど、その気持ちは良子にきちんと伝わり笑顔で「うん!」と返してくれた。




「よし、このフロアにはもう妖魔はいないみたいだね。上に行こう」




「うん」




二人はその場を後にした。
仲良く手を繋いで






上の階はオフィスとなっていた。
こちらも下の階と同様、ボロボロでオフィスには何もない。
壁に張られた社内案内の紙が虚しく貼られているぐらいだ。
社内案内の紙の日付は1986年6月とあり、年月の経過がよくわかる。
かつてはこの会社にも社員が通い、仕事に性を出していたのだろう。
だが、今では全く想像がつかない。




「しかし、なんもないオフィスね。机も無しに仕事したのかな?」




「机とか、備品はきっと業者が持っていったんじゃないかしら」




「そなの?」




「たぶんね。私の知り合いに倒産した企業の備品をタダで貰って、ネットで販売している業者さんがいるわ」




「へえ…」




「オフィス用の備品って普通は数万円するんだけど、そこならもっと安値で買えるわよ」




「安くってどれくらい?」




「会社によって値段はまちまちだけど…私はパソコン用のイスを2000円で買えたわ」




「数万円がたった2000円…。破格な安さだねぇ」




「普通にオフィス用品買うよりもお得よ★他にも色々なオフィス製品が扱ってるから、興味がある人はネットで調べてみてね」




「誰に宣伝してるの、誰に」




…それはともかく。
良子達は手別けしてオフィスを捜索したが、妖魔の気配は微塵も感じられなかった。
上の3階や4階も結果は同じだった。
二人はとうとう屋上までやってきた。
扉を開けた途端、風が吹いてくる。




「うわ、寒…」




良子は肩を震わせ、身を縮こませた。
ビルに入る前よりも寒くなっている。




「風が出てきたね。春でも夜はちょっと冷えるなぁ」




「う~、さっさと調べてみるか」




しかし、何もなかった。
妖魔の気配は微塵も感じられなかった。




「う~ん、こんなだけ探してもいないんじゃ、全滅したのかな?殺気も特に感じないし…」




「そうね…」




良子の言葉に礼菜も頷く。




「そろそろ引き上げよっか。学園長に電話するわ」




「それは困るわね」




いきなり第三者の声が聞こえた。




「誰!?」




前方にはいつの間にか、女性がいる。
気配は感じなかったが…いつのまにいたのだろうか。
女は身長は163程度で黒の長髪が腰まであるのが印象的だ。
結んでいない髪は風にたなびき、不気味さを演出している。
服装は黒のレディーススーツ、ハイヒール。
歳は30代半ばといったところだろうか。
まるでどこかの会社の女性社員のようにも思える。
ただ、どこか近寄りがたり雰囲気が漂う。
そして、殺気が常人のものではなかった。
間違いなく、只者ではない。




「誰よ、アンタ!」




「名乗るべき名など無いわ。この身体は影にも等しい意味のないもの…」




黒スーツの女は呟くように言う。




「…は?何言ってんの?」




「破壊を望む者とでも名乗っておくわ。剣良子さん、橘礼菜さん」




黒スーツの女はニヤリと笑った。




「なんでウチらの名前を!?」




「気を付けて、良子。どうもただの会社員って感じじゃない!
嫌な予感がするわ…」




二人は警戒した。
しかし、女は微動だにしない。
何故かじっと良子だけを見つめている。
その瞳は細く、どこか遠くをみているようだった。




「何?ウチの顔があまりにも美人で見とれちゃった?」




冗談を言う良子に女は一切微笑まず、頬を緩ませなかった。
だが、その瞳は情熱的で、とても真剣だった。
そして、何者にも犯せない純粋さだけがあった。




「……何でもないわ。妖魔達を可愛がってくれてありがとう」




「アンタが妖魔を!?なんで…」




良子の尋ねに女は小さく笑う。




「金魚と同じよ。餌をあげれば金魚は群がってくるでしょ?同じ事をしただけ」




「なんでそんなことを…」




「その方が面白いからよ」




「面白いだぁ?何が面白いってのよ!」




良子は怒鳴るが、女は少しも動じない。
高笑いを上げ、悪党よろしく笑い続ける。
それは狂った殺人鬼のようで不気味だった。
良子達の背筋に悪寒が走る…。




「フフフ、面白いわよ。もうすぐ世界は滅びる…。この世は妖魔達の世界に生まれ変わる!」




「何ですって!?」




「かつて、妖魔と人間は何度も戦った。歴史の裏で何度も何度も…血で血を洗う戦いが長く続いたわ…」




女は淡々と呟くように言う。
良子たちは黙って話に耳を澄ませつつも警戒する。



「人間達は妖魔を全滅させる為に躍起だった。妖魔の村を滅ぼし、妖魔の赤子すらも殺した。殺戮に殺戮を重ね、全滅寸前まで追い詰めた…」




「……」




「けれど時代が流れるにつれ、人々は妖魔の存在を徐々に忘れていった。今は伝説となり、おとぎ話と化してしまうほどに。でも、妖魔達は忘れてなんかいないわ。今も求めているのよ、人間に対する復讐を。人間を地上から一掃し、世界を我が物にする。それが妖魔達の悲願」




「アンタはどうしてそんな妖魔に加担するの?世界が妖魔の物になってもいいの!?」




良子は怒鳴るが、女は首を縦に振る。
勿論と言わんばかりに。




「私はこんな世界など、どうでもいいの。寧ろ、無くなってしまえばいい」




「なんですって!?どうしてそんな…」




良子の尋ねに黒スーツの女は首を横に降る。




「…話しても、子供のあなた達にはきっとわからないわ。ここでの用事も済んだ事だし…二人には死んでもらいましょうか」




不気味な微笑を浮かべる女。
良子達は獲物を抜いた。




「いでよ、陸神魏りくしんぎ羅曇らどん!」




女がそう言うと、影が世界を闇に覆う。
巨大な何かが空にいる!



「グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」




咆哮を上げる化物。
気持ち悪くて、不気味な雄叫びである。
今まで聞いた動物の声のそれらとは似ても似つかない。
体長はおよそ30メートル。
ビルを覆い尽くさんばかりの大きさだ。
羽を生やし、空を飛んでいる。
全体的に肌色で、幾つもの小さい手足があり、ウネウネと昆虫のように動いている。
おまけに口もあり、獲物を噛み砕く牙も鋭く尖っているのが見える。
牙は夜闇に紛れることなく、鋼を輝かせていた。
カブトムシを肌色に塗って巨大化させた感じだと言うとわかりやすいだろうか。




「礼菜、あれも妖魔なの?」




「…たぶん。だけど、あんな大きいの見たことないわ!」




礼菜は過去の戦いを振り替えったが、あんな巨大な奴は全く知らない。
あまりの大きさと突然の出現に驚きを隠せないようだ。
ひどく動揺している。




「こいつは羅曇らどんよ。妖魔の中で最も神にも近いと言われる、陸神魏りくしんぎという種族の一人。まあほとんど死に絶えてしまって、今では数匹しかいないんだけどね。己の無力さ…その身に刻みなさい!」




女はそう言って闇のごとく、どこかに消えた。
気になったが、追いかけている暇はない。
そしてもう一つ気になることが起きようとしていた。



「グガアアアアアア……」




「あれは!?」




よく見ると、羅曇の口回りからキラキラと光輝く光球のような物が生まれている。
それはみるみる巨大になっていく。
卵サイズからボールサイズと大きさを拡大させ、それはビル全体を覆うほどの大きさに成長していく。




「良子、伏せて!」




「グガガアアアアアアアアアアアアアアアア!」




羅曇はビルの屋上に光輝く光球の弾を撃ち落とした。




それは端から見れば、戦時中のフィルムなどでよく見る、ヘリからの爆弾の爆発によく似ている。凄まじい爆発と爆風が良子達を襲った…。













「…っ、礼菜、無事…?」




「何とかね…」




二人は立ち上がったものの、身体は傷だらけだった。
身体のあちこちから血が出ている。骨にも異常があるかもしれない。
爆発のせいで耳鳴りが酷く、回りに広がっている炎のせいで呼吸もしにくい。




「あ~耳を引きちぎって捨てたい・・・」




良子がポツリと呟く。
ビルは倒壊してないものの、あと1、2発食らえば確実に崩壊する。
羅曇は空を我が物顔で飛び回っている。
それはまるで蠅のようで鬱陶しいことこの上ない。
叩き落としてやりたい。



「どうする良子?あと1発でも食らったら…。ううん、その前にビルが倒壊するかもしれない…」




「………」




良子はじっと羅曇の姿を見ていた。




「あんなデカくておまけに空も飛ぶなんて…勝てっこないわ!」




「…………」




「あんな爆撃また食らったらおしまいよ!せっかく、せっかく良子と会えたのに!まだ二人で遊んだりしてないのに!こんなのって、こんなのって……」




礼菜は泣き崩れていた。
良子はそんな彼女に近づき、優しく抱き締めた。




「落ち着いて、礼菜。まだ死ぬと決まったわけじゃないわ」




「で、でも…」




「ウチに考えがある。耳貸して」




礼菜は作戦の概要を聞いた。
そして涙を袖で吹いた。




「やれる?礼菜」




「…大丈夫。絶体にやってみせる」




良子の尋ねに礼菜は頷いた。
その顔はやる気に満ちた、真剣な表情だ。
絶対倒してやるという気概がこちらにまで伝わってくる。
良子はその笑顔に頷いた。



「よし、その意気だよ」




良子は礼菜のおでこに軽くキスした。




「良子…」




「師匠が言ってた。どんな絶望的状況でも最後まで諦めないこと。諦めたらそこでおしまい。希望を捨てずに最後まで諦めないこと。それが戦いに勝つコツだってね」




良子はウインクして明るく微笑んだ。
礼菜はコクリと頷いた。
上空では羅曇が再び光の光球を生み出していた。




「3、2、1…」




靴のかかとを鳴らす良子達。
そして…。




「グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」




輝球が放たれた。
そして、良子達は駆け出した。
良子は左に走り、礼奈は右に走る。
輝球により、屋上が爆破され、ビルは遂に倒壊する。
だが、良子たちは既に跳躍していた。
爆風を追い風にし、ぐんぐんと空にあがる。
そして、羅曇に近づいていく。
ガタイが巨大な分、空でも飛行スピードはさほどない。
また、一度でも光球を放てば、すぐに次弾は撃てない!





「うりゃああああああ!」




「はああああああ!」



二人は羅曇の翼をたたっ斬った。
良子が左の翼を斬り、礼菜が右の翼を斬る。
羽の付け根はとても柔らかく、斬るには造作も無かった。
翼をもがれたカブトムシが飛ぶことは不可能だ。




「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」




断末魔の叫びを上げながら、落ちていく羅曇。
地面に叩きつけられ、頭蓋骨と大脳が割れ、絶命した。
その身体は意味を成さない物になると、自然に溶解していった…。
この場合、地に帰ったと言う表現が適切だろうか。




「良子、お、落ちるー!」




だが、それは良子たちも同じだ。
重力の法則でそのまま落ちていく良子たち。



「任せて!」




良子は上空で礼菜の手を掴み、抱き抱える。
お姫様だっこの形だ。
勿論、礼奈がお姫様である。




「目瞑ってて!」




「あうううううう~!!」




そのまま身体を丸めて前方回転していく。
一直線に落ちるのが回転で向きが変わり、左に落ちていく。
良子の前方回転は別の廃ビルの窓ガラスを突き破った。




「でやあああ!」




良子は思いっきり壁を足で蹴り、回転の威力を殺した。
回転が止まった…。




「礼菜、大丈夫!?」



「め…」




「目?目がどうしたの?」




「めが…まわ…るぅ…よぅ…」




礼菜は目を回しているものの、なんとか無事のようだ。
良子は少し安堵した。
その時、礼菜の携帯が鳴った。
礼菜は目が回ってるのでマトモに喋れそうも無い。
代わりに良子が取る。




「剣です」




「終わったみたいね?」




言わずもがな、翡翠の声だ。




「はい、完了です。今から降ります」




「大丈夫。窓をご覧なさい」




「………え!?」




良子は窓の外を見て驚愕に顔を染めた。
窓の外にはサーチライトを照らした軍用ヘリが凄まじいプロペラ音と共に飛んでいるのだ。良子は知らないが、ロシア製の攻撃ヘリコプター「Mi-24P」だ。
Mi-24Pとは、ソ連のミル設計局で開発された大型戦闘ヘリコプター。
全長17.51m、巡回速度270km/hを誇る。乗員は2名。積載量は人間8名、担架4台まで可能。北大西洋条約機構(NATO)の命名したNATOコードネームはHind(ハインド)武装は30mm連装機銃GSh-30K、ロケット砲、無誘導ロケットS-557mm、ロケット弾用UBー32Aー24・32連装ポット4基、SPFM-1対人地雷投下機などだ。
ロシア空軍の他にも、アフガニスタン、アルジェリア、ブルガリア、キューバ、インドなどの様々な国の軍隊が所有している。近接航空支援から対戦車戦闘、兵員や物資の輸送まで幅広くこなすことができる。近年ではイラク戦争、ソマリア内戦、南オセアニア紛争などで運用されている。しかし、戦闘ヘリなんて何十億、下手すると何百億はするシロモノだ。
翡翠は一体どうやって入手したのだろうか?
翡翠は確かに学園長だが、戦闘ヘリを買うほどお金持ちなのだろうか?
いくら私立高校学の園長とはいえ、無理があると思う。
維持費や燃料代だって相当金がかかると思うのだが・・・。
先ほどのロールスロイスにしてもそうだ。
幾ら何でも金持ち過ぎないか?
良子は疑問符を浮かべた。




「さ、二人とも乗りなさい!」




スピーカーから翡翠の声が聞こえ、ヘリから縄梯子が垂れ下がっている。




考えても仕方がない。
良子はまだ目を回している礼菜をおんぶし、窓から縄梯子に捕まった。
よじ登り、ヘリの中に入る。



「お疲れ様、二人共。そこのバックにジュースがあるから飲みなさい」




ヘリ内。翡翠は振り向かずに良子達に言う。
ちなみにヘリは翡翠ではなく、男性パイロットが操縦している。




「ありがとうございます。ちょうど喉渇いてたんだよね~」




良子はバックからスポーツドリンクを取り、ガブガブ飲む。




「礼菜は何がいい…ってどうしたの?」




良子の隣にいる礼菜は気分が悪そうにしていた。




「良子…は、話かけないで。うっ…」




口元を手で抑え、必死に堪える礼菜。




「そう言えば、礼菜は乗り物酔いするほうだっけ」




「車は平気だけど…ヘリや船は苦手なの…」




たどたどしく言う礼菜。




「じゃあこれあげる。乗り物酔いによく効くよ。水無しで飲めるから」




良子はポケットから錠剤を取り出し、礼菜に渡した。




「ありがとう…遠慮なく貰うわね…」




礼菜は貰った錠剤を一気に飲み干した。
良子は絆創膏や酔い止めなど、応急措置用に大概の物は常備するようにしている。




「良子さんは大丈夫なの?」




「はい。乗り物には慣れてるんです。よく師匠と色々な乗り物に乗ったので、へっちゃらなんですよ」




良子は修行の一貫として、染井と共に様々な乗り物に乗ったので耐性があるのだ。
ジャンボジェットからスペースシャトルまで大丈夫らしい。




「そう。ならいいんだけど。報告は明日聞くからゆっくり休んでちょうだい。女子寮についたら、治療も受けさせてあげるわ」




「わかりました」




プロペラ音が爆音を奏でる中、良子は少し考えていた。
妖魔、そして黒スーツの女。
あんな化物がいるなんて今でも信じ難いが、その存在は確かにある。
あの黒スーツの女はその妖魔達を操り、世界を滅ぼすつもりだ。
しかし、あの女の良子を見る目…。
あの目が良子は気になった。
あの女は自分達を知っていた。
礼菜はともかく、急に転校となってここへ来た自分を何故あの女は知っている?
あの女はじっと自分を見つめていた。
情熱的で、真剣で、どこか遠くを見ているような…。
…どこかで会った事がある?
しかし、覚えが無い。
一体これから先どうなるかわからない。
わからないが…道場破りで憂さ晴らしするより面白いのは間違いない!
良子は窓から外を見た。
輝く摩天楼がそこにあった。
日本の首都・東京。
経済・文化の中心で、天才・秀才の総合デパートであり、すべての中心はここだ・・・というのが良子の東京に対するイメージ(偏見)である。
その東京を自分が守るのだ。
いいフレーズだ。
何だか燃えてくるねぇ!
これから大変そうだけど、きっとそれ以上に楽しくなりそう!
良子は魂を燃やしながら、爛々とした瞳で街を眺めていた…。








…黒スーツの女はどこかのビルの屋上に一人いた。
女は空を見上げる。
月の中にヘリコプターが飛んでいた。
今日は満月で星こそ無いが、月は輝きを増している。




「明日は晴れそうね」




雲のない空は明日の晴れを意味している。
女は目を細めて、しばらくヘリをじっと見つめていた。
何を考えているのか、考えていないのか。
その瞳からは伺い知ることができない。



「…また会いましょう、良子ちゃん」




女は微笑すると、雑踏の中に消えていった…。







          

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