東方狐著聞集

稜さん@なろう)

十八尾 狐姉妹と月からの使者

妹紅が輝夜の住む屋敷に出入りするようになってから早くも一年が経っていた。  
 「月日が流れるのは早いものだ」と、私、ラグナは思う。

そう、今日が月からの迎えが来る日なのだ。
  月に帰るという噂を聞きつけた帝による数千の兵士と陰陽師により今この屋敷は護衛されている。

「さて、今夜作戦を開始するわけだが……」
 「ゴホッ……ゴホッ」
  私は咳き込む不比等殿を見てから自分でも確認するように「寿命が近いようだ」 と言った。

 「いざとなれば私が盾になろう……ゴホッ」
 そう言った不比等殿の顔は決意に身を固めた顔だった。

 「不比等さん……」
 「お父様……」
 「…………」
  
  なんとも言えない顔の輝夜、悲しみに満ちているが心では覚悟を決めている妹紅、そして、何か言いたそうな顔の雪夢が不比等殿を見つめる。

 「どうした? 雪夢」
 「いえ、非常に聞きにくいのですが。もし不比等殿が亡くなった場合妹紅さんはどうなるのでしょうか」
 なるほど、それもそうだ。貴族という立場にいるがもし父親の不比等殿が亡くなったら妹紅はどうなるのだ? そんな疑問を打ち砕くように不比等が口を開いた。

 「その‥…ときは‥…輝夜様。妹紅も一緒に連れっていってくれませんか?  ゴホッゴホ」
 輝夜は一瞬驚いた顔をしたがすぐに表情をもどして言った。

 「ええ、わかりました。もしあなたが息を引き取った時は私が責任を持って妹紅を連れて行きます」
それを聞くと不比等は安心したようで目を閉じ眠りについた。

私は輝夜と二人で奥の部屋にいた。

「さて、輝夜」 
「えぇ、わかってるわ。月の連中から逃げるための作戦でしょ?」
 不比等が眠りについて二時間が経った頃。私たちは輝夜の脱走計画の最後の打ち合わせをしていた。
 
 「永林は特殊部隊を引き連れてくるわよ」
 「 特殊部隊というと……私の部下たちか?」
「そうよ、あなたの部隊は永林が率いてるわ」
  特殊部隊か……あの戦争で何人か死んでしまったが私はそいつらの顔を忘れたことがない。もちろん生き残った連中もだ。しかし、上の連中にばれないように不老の薬を飲んでいた永林と違い私の知るあいつらは……いい歳だろう

 「そうか。みんないい歳だろう、動けるのか?」
「バリバリ現役だったわよ? 私を追放するときも彼らが付き添いだったんですもの」
 えぇ……あいつら引退していないのか。そんな会話をしていると雪夢が慌てた様子で部屋に飛び込んできた。

 「月の使者と名乗る者が来ました!」

 雪夢の報告を聞いた二人は首を振り立ち上がった。

 外では陰陽師と兵士たちが月の使者に攻撃を仕掛けていた。

「弓兵! 矢を放てぇ!」
「我らは結界を強めるぞ!」

 だが、弓兵の放った矢は放った本人に返っていき、陰陽師の貼った結界は謎の光線によって溶かされた。

 「ぎゃあああ」
「ぬああああああ」

 地獄、一言で言えばその光景は地獄と言ってもいいものだった。ある者は目が光で潰れ、またある者は四肢が吹き飛び。屋敷の外は無残な死体で埋まり尽くしていた。

「ひどい。何もしてない人たちを……こんな」
 「輝夜、あまり見るな」
 「えぇ……」
 雪夢に頼んで、妹紅と不比等殿は裏から逃がしている。不比等殿の寿命があとどのくらい持つかが気にかかるが……まずはこれをどうにかしないとな。

「輝夜」

 「えぇ。……攻撃をやめなさい!」
 輝夜が屋敷から飛び出すと月の使者たちは一斉に攻撃をやめ、輝夜に銃口を向けた。

 「構えやめ!  全員武器を下せ」
 指揮を取っていた男は下衆な笑みを浮かべ輝夜を舐め回すように見みている。

「げえへへ。これこれは、輝夜姫。ご機嫌麗しゅう」
   
  あ、今私を見て睨んできた。 というか笑い方が気持ち悪い。

「輝夜姫? 隣の者は誰ですか、私たち月人の話を聞こうなど許される行為ではありませんぞ!」
「黙りなさい。それと、あなたは一体誰なの? 私が月にいた頃は居なかったわよね?」
 「は? なにを言っているんだこの小娘は!? 私を知らない? 」
「えぇ、知らないわ。あなたみたいな下っ端。どうせ、親のコネを使ってその地位にいるんでしょ?」
「ああああああ!?? 誰でもいいそのクソ女を殺せえええ?!!」

  さすが輝夜だ。清々しい程の煽り。あの髪の毛が茸みたいな男が発狂しているぞ。

「ラグナ、あいつを殺っちゃって」
「任された。殺符『赤吹矢』」
 札を口に咥え印を切る。 すると、札が短い吹き筒の形に変化した。
 ラグナはそのまま怒り狂っている男に向かって吹き筒を吹いた。

「くべぇ?!」
 吹き筒から飛びした赤い針のようなものが男の首に直撃する。男は意味不明な叫び声をあげるとそのまま絶命してしまった。

「輝夜姫、我が儘はそれほどにしてくださいな。月に帰りますよ」
 ラグナの耳に懐かしい声が届いた。 吹き筒を札に戻し声のした方を見るとそこには赤と青の奇抜な服を着た銀髪の少女が弓を携え立っていた。

 「嫌よ! どうせ月に連れて帰って実験体にするんでしょ!?」
 少し困り顔の永林のそばに別の月の使者と思われる男が近づいた。

 「八意殿」
 「そうね。下で話してくるわ」
 「わかりました。ですが、なるべく早く頼みますぞ」
「そうね。 輝夜姫、今そちらに行きます」

 永林はそう言うと船のような乗り物から飛び降り。私たちの側に来た。

 永林と輝夜は抱き合うと周りに聞こえない声で喋っていた。 そして、永林は輝夜から離れた

「輝夜姫、最後にもう一度だけ聞きます。本当に月に戻るつもりはないんですね?」
  輝夜は大きく息を吸い

「当たり前よ! わたしはこの地上が好き!  月に帰るくらいなら死んだほうがマシよ!」

----叫んだ。

「くはは、そう言う事だ。永林?」
 久しぶりに笑わせてもらった。さて、そろそろ輝夜のために一肌脱ぐとするか。

「あ、あなたは……ラグナ!?」
 「あぁ、久しぶり、永林」
「ラグナ!」
 「おい、いきなり抱きつくかないでくれよ。みんな見てるぞ? それと、すまなかった」
「いいの! あなたが生きていたってわかっただけで、本当に良かった……」
   そんな私と永林の感動の再会に水を差す莫迦がいた。

 「八意殿、何をしている! 姫を早く連れてくるのだ!」
 うーん。こいつは消されたいのか? よし、叫び声すら上げさせないで消してやる。 と私がその莫迦に手を向けようとすると、永林が私の手を止めた。

 「幽鬼! 佐助!」
  幽鬼、佐助……もしかして

 「何か?」

「どうしました?」
 大槍を構えた男と大斧を持った男が船から顔をだした。

 「そいつを殺ってくれるかしら?」
 「俺がやるか」
大槍を持った男はその持っていた槍を私たちの邪魔をした男に向かって投擲した。

 「げふぇ!?」
  槍は綺麗に男の頭とその後ろにいた他の月人の胴体を貫通した。

「戻ってこい! 風切槍ふうせっそう
  男の声に反応して月人に刺さっている槍が男の手元に戻ってく。 その光景を見ていた他の月人は。
「八意殿! 我らを裏切るのか!?」
 などと叫んでいた。 それを聞く営林は笑顔で言った。

 「えぇ、この子がこっちに残りたいって言うんですもの。それにね、私は別に月なんてどうでもいいの。私はラグナと一緒に居たいのよ。わかる?」 も笑顔で喋りきると持っていた弓矢で月人たちを射った。
 
 「切り捨て御免」
  矢を避けた月人を佐助の槍が貫く。  
「幽鬼! 斧を使うのはやめろよ! ハッ!」 
 佐助は斧を使おうとしていた男、幽鬼を止め、近くにいた月人を切り裂いた。
「ちぇ……なら、おれは見てるさ」
  一方、斧を使おうとしていた幽鬼は拗ねていた。
 
「そうか。覇ッ!」
   佐助は槍を数回振り回した。
 そして、槍の石突きと呼ばれる部分を船に当てる。
その動作だけでその場にいた月人は氷漬けになってしまった。
 その動作を見ていた幽鬼は石突きを船に当てる前に船から飛び降り永林の側にいた。

 「そんでもって……終わりだ!」
もう一度、船を石突きに当てると氷漬けになっていた月人達が一斉に砕けていく。 そして、佐助いた船の一部は完全になくなってしまった。
  
「終わったな。 永林様、どうなさいますか?」
 武装を解いた佐助は永林の元へと向かう。 そのときだった、完全に油断をしていた永林と幽鬼は屋敷の中から兵士の亡骸から奪った刀を構えた月人が飛び出してきたことに気づかなかった。

 「永林様! 後ろ!」
 「え?」

「残念だったなぁ!? 裏切り者には死があるのダァ!」

グサリと刺さる音が辺りに響いた。

「え……嘘……」
  永林は今、襲ってくるであろう痛みを我慢するために目を瞑っていたがくるはずの痛みがいつまで経ってもこないことに疑問を持ち目を開け目を見開いた。

「ゴフッ……大丈夫……ですかな?」

 そこには胸から刀をはやした不比等が立っていた。

「不比等様!? なんで、ここに!」
「すまない……輝夜様、せっかく……逃げるようにしてくれていたのに」
 「今すぐ手当しますので喋らないで!」
 「いいえ……いいんです」
手当をしようとした永林の手を不比等は止めた。そこへ

 「お父様!」
不比等の娘、妹紅が走ってきた。

「妹紅!? あなた逃げてなかったの?! 」
 走ってきた妹紅は驚いている輝夜を無視して父に抱きよった。

 「妹紅…‥何もして……やれなくて……すまなかった……」
 「そんなことない! お父様は……私に……グスッ……エグッ……いろんなことを……」
 「輝夜様……妹紅を頼んでも……よろしい……ですか……?」

 「糞が!今のうちに船に戻って」
 
その場から逃げた月人は生きている船に乗り込もうとしていた。

「おい」
「だ、誰だっ!?」
  月人は後ろを振り向いたことを後悔した。目の前には自分を突き刺そうとする爪が迫っていたからだ。

「ぎゃああああ?!!!」
  絶叫をあげ月人はそのまま絶命した。だが、怒りが収まらなかったラグナはなんどもなんども霊力と妖力を混ぜた自身の爪で切り裂く
気が済んだラグナが去った後その場所は真っ赤に染まっており月人の残骸は原型を留めていなかった。

そして、ラグナは全身を真っ赤に染めたまま船の中に居た。 船の中は精密機械でごちゃごちゃとしていた。
その中に一つだけ点滅しているボタンがあった。
 そのボタンを押すとラグナはマイクのようなものに向かって話しかけた。

「おい」
 『誰だ! 貴様! 名を名乗れ」
 「私は、元特殊部隊隊長 ラグナだ」
 『な!? ラグナだと? 貴様、死んだはずでは……』
 「まさか、あの妖怪どもは貴様ら月人が仕掛けたと知ったときは怒りのあまり森をひとつ消してしまったよ。 そして、その喋り方は月夜見だな? 」
  マイクの声主は図星をつかれたかのか驚いてた。
  
 『なっ?! なんだ、今更、我ら月人に報復でもするつもりか? 報復など無駄だ、貴様に我ら月人が勝てるわけなかろう! 』

 「報復か、それもいいが、私がお前らに言いたいことは二度と地上に手を出すなと言うことだけだ」
『誰がそんな言葉を信じるか! 貴様はそう言って月を侵略するつもりだな!?』
「はぁ、お前の被害妄想も昔から変わらないんだな。わかった、お前がどうしても地上に手を出すというなら私も考えがある」
  マイクの向こう側にいる月人、月夜見はラグナの言った考えがあるに反応した。

『考えだと? 一体何をするつもりだ!?』
「手を出される前に月のトップであるお前を消す」
 『そんなことできるはずが 「大変です! 中心都市に巨大な飛行船の一部が落ちてきました!」なんだと!?』

 マイクから月夜見以外の声が入る。 月夜見に中心都市で起きた事故を伝えに来たようだ。その声からかなり大惨事になっていることがうかがえる。

 「どうだ? 私からの贈り物は。次はお前に落とすぞ?」
 ラグナの本気の脅しに月夜見は
 『わかった!もう地上には手を出さない!』
 マイクに向かって叫んだ。
 
「貴様の部下は全部返したからな」
そして、ラグナはマイクを切った。
 ラグナは精密機械に一枚一枚札を貼った。

 「さて戻るか」
船から出ると船は内部から発光して消えた。
ラグナの後ろには大きな穴が空いていた。

ラグナが戻るとそこには髪の色が真っ白になった妹紅がいた。

「不老不死になったか」
 「うん」
 不老不死になった少女、妹紅をラグナは抱きしめた。
「私が付いていたのにすまなかった!」
「いえ、いいんです。 私とお父様が決めて戻ってきたんですから」
「ねぇ、妹紅本当によかったの?」
 心配した顔で輝夜が妹紅に近づいた。 妹紅はラグナから離れると輝夜に笑顔で
 「うん、お父様の分までしっかりと生きるよ。永遠になっちゃったけどね」
  とぎこちなく笑っていた。

 「すまなかった。私が気を抜いたばかりに!」
「兄貴、それを言ったら俺は!」
「貴様ら……」
くよくよとしている元部下二人を見たラグナは怒りを隠せないでいた。そんなラグナに気づいた幽鬼と佐助は慌てたあまり転んでしまった。

「ラグナ隊長!? 生きていらしゃったんですか!?」
「すんませんでした! 俺らが動けなくて!」

「後悔をする暇があるのなら次をなくすように努力しろ」
きっぱり言ったラグナに二人は敬礼する。 ラグナは二人から目を離すと地面に座り込んだ妹の雪夢に目をやった。

「雪夢……」
 「 私があの時、不比等さんを力ずくで止めていたら……こんな結果になりませんでしたか?」
「雪夢、不比等はどうしようとここに来ていだろう」
「そうですか……」
 雪夢は考えこむようにそのまま腰を下ろした。

ラグナは雪夢から目を離すと月を見ていた永林の側へと近寄った。

「ねぇ、ラグナ。不比等さんから伝言よ……『楽しかった』そうよ」
 「そうか、あの人らしい伝言……だ」
「私を庇ってあの人が刺されたの。なんで、私なんかをかばったのかしら……怖くなかったのかしら? なんで、なんで、私を庇ったりしたの……! 」

「泣くな、そんな顔を見るためにお前を庇ったわけじゃないと思うぞ? だから笑顔でいてくれ。そうしたら、不比等も浮かばれる」
「えぇ」

ラグナと永林の前に輝夜が荷物を抱えやってきた。

「ラグナ、せっかくの再会で悪いんだけど。私たちは都から離れるわ」
「そうか、私も妖怪だ、いつでも会えるさ」
「え、ラグナさんって妖怪だったんですか?!」
「あぁ、お前には言ってなかったな。雪夢もだよ」
「はぁ……そうだったんですね」
 思っていた反応をしなかった妹紅にラグナはくかかと笑い妹紅の頭を撫でた。

「妹紅、お前はこれから辛いことも経験するだろう、だが、絶望に陥ってはいけないよ。辛くなったら思い出すんだ。不比等のことを、お前の心の中に不比等は生きているんだ」
「はい!」

妹紅は輝夜達と都から離れ。ラグナと雪夢はその足で都の陰陽師をまとめる総本山に向かった。

月人との戦いは心に傷をつけたがそれ以上に大切なものを教えてくれる形で終幕した。

つづく

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