僕と狼姉様の十五夜幻想物語 ー温泉旅館から始まる少し破廉恥な非日常ー

稲荷一等兵

19節ー名前ー

「このわっちを女童のように扱うとは……不敬でありんす」

 なんかもう生まれたての子鹿みたいになってた蛇姫様を、さっきまでの子鞠がいた位置、いわゆる僕の膝の上に乗せてあげていた。
 何をされていたかはわからないけど、ここまで弱っていると蛇姫様といえどかわいそうだった。

 蛇姫様に場所をとられた子鞠はというと、僕の肩にお尻を乗せて頭を抱えて落ち着いている。

「なぁにが不敬でありんすぅー、ですかこのクソ蛇はっ。心地いいのを表に出すまいとしてるのか知りませんが相当変な顔になってますからね、貴女」

「誰が変な顔かやっ」

 どうにも僕の膝の上が心地いいみたい。
 だけどそれを素直に表情に出したくないのか、顔の筋肉が緩みそうになるのを必死に我慢してるせいで変な顔になってると。
 僕からは見えないから少しもどかしいな。

「千草君、しばらく我慢してそうしてあげていてください。この蛇は相当人肌の温もりに飢えてますから。この私が情けをかけるほどに」

「飢えてなどありんせん……」

 生まれてからずっと不吉の象徴として存在し続けてきた蛇姫様。誰とも交わらず、ただ疎まれるだけの存在だった彼女の気持ちなんて僕に分かるはずもない。

「蛇姫様」

「なんかや」

「蛇姫様のお名前教えてください」

「ふん……唐突に何を言うかと思えば。わっちの名などなんでもよかろ」

 蛇姫様は僕の膝の上から飛び降りてしまった。
 銀狼や金色毛の九尾に名前があるように蛇の姫様にも名前が要る……と、思ったんだ。
 銀露の名前は僕がつけたものだけど、やっぱり名があるのと無いのじゃ距離感が変わってくる。

 蛇姫様は神様だけど、もう少し歩み寄っていかなきゃならない……特に僕と蛇姫様の出会いは最悪だったんだから。

「貴女の呪いを知ってなお同じ環境で暮らすと言うような子に、名すら名乗らないのはどうかと思いますが」

「そうじゃの。あまりに不義理が過ぎるというものじゃ」

「ぅ……!」

 蛇姫様は僕に背中尾向けたまま少しうつむいてつぶやく。
 この名はあまり好きではないと。

夜刀姫やとひめでありんす……」

 そう言いながら蛇姫様……いや、夜刀姫様はこちらを向いた。 
 ふいと顔を逸らしてはいるけれど十分かな。

「やとひめ様……かあ。すごく綺麗な名前だね」

「ふん、世辞などいりんせん」

「お世辞じゃないよ。ひねくれてるなあ」

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