僕と狼姉様の十五夜幻想物語 ー温泉旅館から始まる少し破廉恥な非日常ー

稲荷一等兵

第15節7部—稲荷霊山、その現世—

 銀露を乗せて走りだした僕の自転車。はじめこそ、銀露は後ろで戦々恐々だったんだけど、しばらくすると慣れてきたのか向かい風に獣耳や髪をなびかせて気持ちよさそうにしてた。

 大きな声で話しかけてきたりする銀露だったけど、歩行者は全く気付いていない様子で……むしろ僕に対しての怪訝な視線が痛かった……。

「あれ、もしかして僕……一人で喋ってるような感じになってるのかな?」
「かかかっ、そうであろうよ。意識せん人間には、わしの声も聞こえんじゃろうからのう」
「……うわあ……、さっきからのこいつどうしたんだ的視線はこれだったのかあ……僕痛々しいよ……」

 見知らぬ他人のことなどどうでもよかろ! と、引き続き自転車の荷台を楽しむ銀露は、目に付くいろいろなものに対して反応してくれる。
 車だったりとか飛行機だったりとか、信号機だったりとか……ここは田舎だから、そこまで文明の利器であふれてはないけれど、それでも銀露にとっては物珍しいもので満ちてるらしい。

「足で走るよりは遅いが、労せずこのように風を感じられるというのは良い気分じゃなっ」
「銀露……足速いの?」
「そりゃあ、速くなければ獲物を逃すじゃろ」
「あ、そうか、そうだよね」

 銀露は狼の神様なんだから、足は速くて当然か……。

「あの自動車という乗り物も遅い気がするのー」
「いやいや、それは……いやいやいや!!」
「足には自信があるからのう。時には仲間すら振り切ってしもうておったくらいじゃ」

 山を走っていて……自動車より早いって、時速60キロ越えで走れるものかな。よほど足が速いのか。

「あ、見えてきたよ銀露、あの山だよね」
「んん? おお、そうじゃそうじゃ。懐かしいのう」

 雑木林の間を通る、涼しげな緑の道。そこを通っていると、木々の間から山を視界に収めることができた。正面の長い長い曲がりくねった石段の上には、お寺がある。

「以外とすぐじゃったの。ぬしと一緒におると、時間の経過がとても早く感じるわ」
「へへ、それは嬉しいなあ。僕も銀露と一緒にいると楽しいよ」

 そう僕が言うと、銀露は僕の腰に回した手にぐっと力を込めて、嬉しさを表現してきた。

「臆面もなくそう言えるぬしの愛おしい性格は、とても好みじゃ……」
「わわわ、あんまりひっついて力込められると漕ぎづらい、バランス取りづらくなるからあ!!」
「くふふ、転倒せんよう神気を行使しておる。心配せず進むとい」

 そうして、僕と銀露はその山の下……長い長い石段の入り口付近で自転車を止めることになった。
 降りて、自転車置き場に止めて、石段に足をかけると……。

「む、いけ好かん気配を感じるのう」
「いけ好かない気配? どこから?」
「この上からじゃ」

そう言って、石段の上へ向かって顎をしゃくる銀露。そこに目を凝らして見たけど、何も見えない。かなり上の方からの気配なんだろうか。

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