僕と狼姉様の十五夜幻想物語 ー温泉旅館から始まる少し破廉恥な非日常ー

稲荷一等兵

第16節13部ー僕に課せられたお仕事ー

「山神様、あれはなんですか?」

 あの水晶のような美しい物体が気になった僕は、じっと様子を見守る山神様に質問したんだ。

「えへへー、あれはねぇ。酒解神様からいただいた、酒造の秘玉なんですよー。ただのお水に溶かすだけでも、お酒になってしまう大変貴重な石なんだよ! すごいでしょ!」
「僕お酒飲めないから凄さがわかんないや……」
「ええ、人の子はお酒が飲めないのですか!」
「年齢的にね……」

 どうやら、あの石を酒の泉に溶かすと神酒が出来上がるみたい。その石を溶かす量を多くすれば多くするほどより強い力を持つ、美味しい神酒が出来上がるんだって。
 大きく切り取られた青い光を帯びた石は、ゆっくりと泉に降りて行って……砕けて泉の中へ沈んでいった。

「それはもったいないよう、あんな美味しいものを飲めないなんて……」
「うぅ……そこまで言われるとなんだか飲んでみたくなるじゃないですかっ」
「くふふ、帰ったらわしと酌み交わすか、千草。大歓迎じゃぞ?」

 山神様との会話を聞いていた銀露が、間に割って入ってきて悪戯な笑みを浮かべながらそんなことを耳元で囁いてきた。だから僕はまだお酒が飲める年齢じゃないんだってと念を押すと、成人した時がたのしみじゃのと愉快そうに笑ってくれていた。

 そんな言葉を聞いて思う。本当に銀露は、ずっと僕のそばにいてくれるつもりなんだ。少なくとも、ぼくが成人するまでは。

「む、出来上がったみたいじゃな? かかっ、い香りじゃ」

 青い光を放っている泉から、ぶわっと湧き立つなんとも言えない濃厚な香り。まるでアイスダストのような青い粒子が舞って泉の周辺に漂ってる。これが神酒の醸造される場面なのか……。
 なんだか不思議な高揚感を感じて、気分が良くなってきたぞ。

「人の子、このお酒を泉から汲み、運んで欲しいです!」
「運ぶの? えっと……その酒樽で?」

 底の深い風呂桶のような形をした酒樽を指差して、山神様はお願いしますと僕にお辞儀をした。
 どうも、神気を使って浮かせて運んだり、銀露や狐面の人のような強い神気をもつ神様が持ってしまうと、その神気が溶け込んで変質するみたいなんだ。

 だから本来は、力の弱い神使に任せたりしていたみたいなんだけど……。

「な……何往復」

 ここまで来るのに結構長い階段を降りてきたんだよ……。それを、あんな酒樽を抱えて……。

「僕と一緒に運んでも……えっと、上位神さまが今回60柱ほど参られてるから、30往復は……」
「さ……さんじゅ……」
「あにさま、こまもてつだぅ……」
「い、いいよ子鞠! そんな小さな体、で……」

 子鞠はすでに、酒樽を三つ装備してた。まず抱えてひとつ、そして頭に乗せてひとつ、しっぽで巻くようにして持ち上げてひとつの三つ……。
 僕も持ってみたけど、これ普通に10キロはあるんだけど……子鞠、その涼しい顔はどこからきてるの。

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