僕と狼姉様の十五夜幻想物語 ー温泉旅館から始まる少し破廉恥な非日常ー
19節ー嗅ぎ慣れた煙ー
……——。
 ……僕は、一体何をしているんだろう。
突然襲ってきた懐かしい眠気に身を任せてしまったところから、深い深い海の中に沈んでいくような感覚に包まれた。
そんなまどろみの中でもはっきりと聞こえる、誰かの声。
坊や坊やと、僕のことを呼ぶ慈愛に満ちた声。
銀露でも、伊代姉でもない。でも、僕はこの声を何度も聞いたことがある……ような気がする。
意識が遠くにあって、手を伸ばしても届かない。
でもなんだろう。これはいつもとは違う。意識とは別に、体が動いているのがわかる。
まるで僕の体が何かに動かされているかのようなこの感じは……どこか、危機感を覚えさせた。
このままだと、僕が僕で無くなってしまうことが起きるんじゃないか。
……——。
『なぁんや。そんなもんかえ、黒狼はん』
「畜生が……やりづれぇったらねぇな」
ズタズタに裂かれて所々焦げた着物を纏った黒狼が膝をつき、憎々しそうに白狐を睨みつけた。
黒狼にとっては、生きて捕らえるべき人間相手ということもあり、下手に迎え討つことができなかった。
しかし、それを抜きにしても白狐憑きの人間は強かった。
かつて名だたる陰陽師が白旗を揚げ、誇りを捨ててまで銀狼に退治を頼んだ白狐は、その神気の強さだけでなく武芸にも秀でていたのだ。
白く煌々と燃える火を穂先に纏った薙刀を低く構えた白狐はケタケタと笑い、満身創痍の黒狼に殺意を向けた。
神殺しの一振り。
黒狼は我が妻、八雲への謝罪の一言を述べながら頭を垂れた。
「あにさま……!!」
だが、そこで白狐は後方から向かってきた何かを振り向きざまに切り捨てた。
先ほどまでその身を硬直させて困惑していた子鞠が投げた鞠だった。
『……なんやのん、ええとこやったのに。邪魔せんで欲しいわぁ』
そして、銀色の煙が白狐に当てられ纏わりつく。
白狐の尻尾と耳が危機を察知し揺れたあと、薙刀を大きく振り回してその煙を払った。
その目線の先には煙管を右手で弄ぶ銀露の姿があった。
「ふん、やはりこの姿ではろくな力が出せんの。難儀なことじゃ」
『くひひ、そんな綿でうちを縛ろうやなんて……っ』
と、一瞬白狐の顔が苦悶に歪んだ。
少しばかりではあったが、煙を吸い込んでしまったのだ。
そう、千草が嗅ぎ慣れた、銀狼のキセルの銀煙を。
自分の中で、千草の意識が大きく膨れ上がるのを感じた。
その意識を押さえ込み、たった一度の踏み込みで銀露との距離を詰めて薙刀を振り上げた。
無言だが、確かな憎しみを込めて。
しかし、その向けられた憎しみに対して銀露は一切の焦りを見せなかった。
キセルの吸い口からその麗しい唇を離し……。
「わしに言った言葉を忘れておるわけではあるまいな?」
脳天から真っ二つに裂かんとしていた穂先が、すんでのところでビタリと止まった。
『ぼ……坊や……っ』
僕は何をしているんだ。なんでこんなものを銀露に向けているんだ。僕は、銀露を守ると言ったハズじゃないか。
「僕にっ……銀露を傷つけさせないで……!!」
 ……僕は、一体何をしているんだろう。
突然襲ってきた懐かしい眠気に身を任せてしまったところから、深い深い海の中に沈んでいくような感覚に包まれた。
そんなまどろみの中でもはっきりと聞こえる、誰かの声。
坊や坊やと、僕のことを呼ぶ慈愛に満ちた声。
銀露でも、伊代姉でもない。でも、僕はこの声を何度も聞いたことがある……ような気がする。
意識が遠くにあって、手を伸ばしても届かない。
でもなんだろう。これはいつもとは違う。意識とは別に、体が動いているのがわかる。
まるで僕の体が何かに動かされているかのようなこの感じは……どこか、危機感を覚えさせた。
このままだと、僕が僕で無くなってしまうことが起きるんじゃないか。
……——。
『なぁんや。そんなもんかえ、黒狼はん』
「畜生が……やりづれぇったらねぇな」
ズタズタに裂かれて所々焦げた着物を纏った黒狼が膝をつき、憎々しそうに白狐を睨みつけた。
黒狼にとっては、生きて捕らえるべき人間相手ということもあり、下手に迎え討つことができなかった。
しかし、それを抜きにしても白狐憑きの人間は強かった。
かつて名だたる陰陽師が白旗を揚げ、誇りを捨ててまで銀狼に退治を頼んだ白狐は、その神気の強さだけでなく武芸にも秀でていたのだ。
白く煌々と燃える火を穂先に纏った薙刀を低く構えた白狐はケタケタと笑い、満身創痍の黒狼に殺意を向けた。
神殺しの一振り。
黒狼は我が妻、八雲への謝罪の一言を述べながら頭を垂れた。
「あにさま……!!」
だが、そこで白狐は後方から向かってきた何かを振り向きざまに切り捨てた。
先ほどまでその身を硬直させて困惑していた子鞠が投げた鞠だった。
『……なんやのん、ええとこやったのに。邪魔せんで欲しいわぁ』
そして、銀色の煙が白狐に当てられ纏わりつく。
白狐の尻尾と耳が危機を察知し揺れたあと、薙刀を大きく振り回してその煙を払った。
その目線の先には煙管を右手で弄ぶ銀露の姿があった。
「ふん、やはりこの姿ではろくな力が出せんの。難儀なことじゃ」
『くひひ、そんな綿でうちを縛ろうやなんて……っ』
と、一瞬白狐の顔が苦悶に歪んだ。
少しばかりではあったが、煙を吸い込んでしまったのだ。
そう、千草が嗅ぎ慣れた、銀狼のキセルの銀煙を。
自分の中で、千草の意識が大きく膨れ上がるのを感じた。
その意識を押さえ込み、たった一度の踏み込みで銀露との距離を詰めて薙刀を振り上げた。
無言だが、確かな憎しみを込めて。
しかし、その向けられた憎しみに対して銀露は一切の焦りを見せなかった。
キセルの吸い口からその麗しい唇を離し……。
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