僕と狼姉様の十五夜幻想物語 ー温泉旅館から始まる少し破廉恥な非日常ー
19節ー神の落とし子ー
優秀な黒狼の神使達ですら汰鞠相手に歯が立たず、直接黒狼が手を下したようだ。
黒狼には傷一つ見受けられない。おそらく、黒狼が出た時にはすでに汰鞠は消耗していたのだろう。
酷い有様ではあったが、それでも目にはまだ抗いの意思が見て取れる。
拘束を取ろうものなら黒狼の喉笛に噛みつかんとするだろう。
「蛇姫の姿が見えんようじゃが?」
「この奥に引っ込んでてもらっててな。まあ、俺らだけで勘弁してくれや」
「ふん、うぬら程度すぐに片付けてやるわ」
「……抜かせ。流石に苦しいぜ、銀狼。そのナリで俺を相手にできるとでも思ってんのか、なあ護り火の、お前さんもだ」
飄々としていた黒狼の纏う雰囲気が、突然凄みのあるものに変わった。
棘のある声色で、銀露のみならず朱音まで威嚇する。
護りを本職とする朱音ですら、黒狼相手には一歩退かざるを得ない。
今の銀露にどうにかできる相手ではない。しかし、まだ子鞠がいる。
やりようによってはどうとでもなる可能性があるのだ。
幸いなのは、この場に鬼灯の巫女がいないこと。
「黒狼、なぜそこまでして蛇姫に肩入れするのじゃ。わしには全くわからん。少なくとも昔のうぬは徒党を組んで人の子を狙うことなどせんかったはず」
「……」
そこまで言われて、だんまりを決め込めるほど恥知らずではない。
しかし、全てを語るほど野暮ではない。
「妻を助けるために必要なことでな」
「……八雲がどうかしたのか」
「お前さんには関係ないことさ。さて、渡せ銀狼。その気がないなら抵抗してみろ。まとめて潰してやっからよ」
そう言って、黒狼が懐から出してきたのは黒鉄の十手だった。
それと同時に鞠を頭の上に持ってきて身構える子鞠と、懐から鉄扇を抜き出しばっと開く銀露、腰を少しばかり落としてしっかり千草をホールドする朱音。
だが、そんな一触即発の空気はある言葉により凍りつく。
『きひひひ、なんやぁ。ウチの坊やに雁首そろえてお熱やのん?』
朱音の背中から一切の重さが消えたかと思うと、黒狼と銀狼ら間に割って入ってきたのはその声の主。
たおやかに歩くその者の髪は漆のような黒から絹のような白に変わり、瞳の色は青みの強い紫色になり淡く光を帯びた。
頭には大きな白き獣耳、臀部には立派な白い尾。
そのどれもが、狐のものだった。
『ほんに困るわぁ。坊やはウチのんやのに、どこのものとも知れん蛆虫はんが群がるんは』
「あにさま……?」
子鞠は目を丸くして体をこわばらせてた。
髪の色が変わろうと、瞳の色が違おうと、なにより耳も尻尾も生えていようと彼はあにさまなのだ。
柊千草、その人のはずなのだ。
黒狼には傷一つ見受けられない。おそらく、黒狼が出た時にはすでに汰鞠は消耗していたのだろう。
酷い有様ではあったが、それでも目にはまだ抗いの意思が見て取れる。
拘束を取ろうものなら黒狼の喉笛に噛みつかんとするだろう。
「蛇姫の姿が見えんようじゃが?」
「この奥に引っ込んでてもらっててな。まあ、俺らだけで勘弁してくれや」
「ふん、うぬら程度すぐに片付けてやるわ」
「……抜かせ。流石に苦しいぜ、銀狼。そのナリで俺を相手にできるとでも思ってんのか、なあ護り火の、お前さんもだ」
飄々としていた黒狼の纏う雰囲気が、突然凄みのあるものに変わった。
棘のある声色で、銀露のみならず朱音まで威嚇する。
護りを本職とする朱音ですら、黒狼相手には一歩退かざるを得ない。
今の銀露にどうにかできる相手ではない。しかし、まだ子鞠がいる。
やりようによってはどうとでもなる可能性があるのだ。
幸いなのは、この場に鬼灯の巫女がいないこと。
「黒狼、なぜそこまでして蛇姫に肩入れするのじゃ。わしには全くわからん。少なくとも昔のうぬは徒党を組んで人の子を狙うことなどせんかったはず」
「……」
そこまで言われて、だんまりを決め込めるほど恥知らずではない。
しかし、全てを語るほど野暮ではない。
「妻を助けるために必要なことでな」
「……八雲がどうかしたのか」
「お前さんには関係ないことさ。さて、渡せ銀狼。その気がないなら抵抗してみろ。まとめて潰してやっからよ」
そう言って、黒狼が懐から出してきたのは黒鉄の十手だった。
それと同時に鞠を頭の上に持ってきて身構える子鞠と、懐から鉄扇を抜き出しばっと開く銀露、腰を少しばかり落としてしっかり千草をホールドする朱音。
だが、そんな一触即発の空気はある言葉により凍りつく。
『きひひひ、なんやぁ。ウチの坊やに雁首そろえてお熱やのん?』
朱音の背中から一切の重さが消えたかと思うと、黒狼と銀狼ら間に割って入ってきたのはその声の主。
たおやかに歩くその者の髪は漆のような黒から絹のような白に変わり、瞳の色は青みの強い紫色になり淡く光を帯びた。
頭には大きな白き獣耳、臀部には立派な白い尾。
そのどれもが、狐のものだった。
『ほんに困るわぁ。坊やはウチのんやのに、どこのものとも知れん蛆虫はんが群がるんは』
「あにさま……?」
子鞠は目を丸くして体をこわばらせてた。
髪の色が変わろうと、瞳の色が違おうと、なにより耳も尻尾も生えていようと彼はあにさまなのだ。
柊千草、その人のはずなのだ。
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