僕と狼姉様の十五夜幻想物語 ー温泉旅館から始まる少し破廉恥な非日常ー

稲荷一等兵

第18節45部ー護り火の笛ー


「銀狼様……こま、もどった」
「うむ、よう戻った。よい子じゃ」
「んー……!」

 銀露は、戻ってきた子鞠の頭をくしゃくしゃと撫でてあげていた。
 子鞠のお耳が銀露の手によってくにくにと曲がったり畳まれたりしながらも痛がる様子もなく、にへらと笑う。

「汰鞠はどうしたのじゃ?」
「ねえさまはまだ……」

 子鞠はそう言って、空を見上げた。それにつられたように僕と銀露も空を見上げる。
 うん、相変わらず素晴らしい星がひしめく綺麗な夜空だ、お月さまが綺麗だなあ……それ以外になにもないけど。

「ふむ……なるほどのう」
「なにが? なにがなるほどなの!? っていうかなんで子鞠上から落ちてきたの?」
「あにさまー……っ」
「こまーっ」

 僕の疑問から、流れるような動きで子鞠が僕のところまで来た。
 そして僕の顔を見上げてから、両手の指を合わせてもじもじと俯いてしまった。

「ん、どうしたの?」
「なでなで……」

 なんてかわいく言われたから、そりゃもう苛烈になでなでしてあげたよ。
 ふわっふわの子鞠のちょっとくせのある髪の毛を撫でて、あごの下もこちょこちょしてあげて……。

 子鞠の尻尾が大きくゆっくりと左右に振られてるから、喜んでくれてるんだろうな。
 目を閉じてされるがままになってる様子からも、ものすごいリラックスしてくれてるのがわかる。

「あにさま、こしょば……にひひ」
「くすぐったかったかな? よいしょ」

 最後に、子鞠の両脇に手を入れて持ち上げて抱っこしてあげた。
 抱っこしてすぐはどこか驚いた様子で、借りてきた猫みたいだったけど……しばらくするとまたこれがいたく気に入ったみたいで、子鞠はひしりと僕に抱きついてくれたんだ。
 っていうか、この子めちゃくちゃ僕の匂いかいでる!
 首筋あたりに、小さな鼻の頭をこすりつけるようにして、くんくんと。

「こまね、あにさまのにおいすき……」
「ほんと? っていうか、僕ってそんなににおいするのかな……」

 ふわふわの子鞠の好きにさせてあげながら、僕は銀露から驚くべき言葉を聞いた。

「空じゃな。厄介な結界を張っておるが故、ここからでは見ることができんが」
「空?」
「そこにあった楼閣を、空に浮かべておるのじゃ」

 空を見ても、そんな大きな建物が浮かんでいるようには見えない。信じられないといった風な僕に対して、子鞠もお空にあるということを教えてくれた。
 子鞠はそこから落ちてきたんだって。

「ふん、蛇は蛇らしく地を這っておれば良いものを」
「空にあったとして……どうやっていくの?」
「普段なら問題ないのじゃがな……今の力では届かん」

 と、ひとつ銀露に名案が浮かんだようで。ぽんと手を叩く。

「ぬし、護り火に火笛を渡されておったじゃろ?」
「うん。ここにあるよ」

 と、僕は紐を通して首にかけておいた、小指ほどの大きさの笛を出した。
 これは稲荷霊山に行った時に、護り火の朱音さんにもらった、彼女の助けが欲しい時に鳴らす笛だ。

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