僕と狼姉様の十五夜幻想物語 ー温泉旅館から始まる少し破廉恥な非日常ー

稲荷一等兵

第18節24部ー威嚇する狼姉様ー


 先程までの冷静さは何処へやら。黒狼様は随分と取り乱してしまっていた。

「なはは、嘘だろ?」
「まことじゃ。うぬの鼻も随分と鈍になったものじゃ。ほれ」

 そう言って。あろうことか銀露はおもむろに僕の着物をめくろうとしてきたんだ!
 またこのスカートを抑えるような仕草が、どうもためらいなくできてしまったり、それに懐かしさを覚えたりするところに嫌気が……。

「いや、だめだから!確かに確認するにはそれが一番早いんだろうけど、ダメ!!」
「減るものではないじゃろ」
「そもそも、なんで僕がこんな格好をしてるかってことだよ……!」

 遊女さん達にばれないようにって、わざわざこんな格好にしてもらったんじゃないか……銀露ってばそーいうとこ荒っぽいんだよなあ。

「うお、マジじゃねえか。ついてやがる!」
「きゃあああああ!!」

 変な悲鳴が出た!! 下から……ボウリングの球を投げる時のようなフォームでぼくの股間に手を当ててきた黒狼様に、銀露が蹴りを繰り出したけど……。

「おっと!!」

 軽く躱されてしまった。銀露はこれでもかと威嚇するように喉を鳴らして……。

「ぅぐるるるる」
「す、すまん! どうしても信じられなくてな、落ち着けよ! ほんとおっかねえなお前さん!」

 俺をビビらす奴なんざお前とカミさんくらいのもんだぜ……なんて、小声で呟いて、黒狼様は居住まいを正していた。

「ワシのじゃ、気安く触るでないわ。次、ワシの気に触れることをしてみよ……八雲が毎夜、しとねで泣くことになるじゃろうなァ……」

 凄まじく殺意のこもった冷たい表情で、銀露は右手の平を上に向けて、何か……そう球のようなものを転がすようにしてから、ぐしゃりと握った。転がしていたものを潰すかのごとく……。

 黒狼様は顔面蒼白で縮み上がってしまった。そりゃ……潰されちゃかなわないもんね……。

見せるのはいいけど触らせるのはダメなのか。見せびらかして自慢するのはいいけど、それ以上は許さんって感じか。

 いや、それよりも、わしのって……。

「いや、銀露……僕の男の子だからね」
「くふふ、どうせ弄ばれるならぬしには甘いわしがよかろう?」
「僕まだ高校生だから銀露がなに言ってるのかわかんない」

 慈愛に満ちた笑顔で明るくそう言う銀露に対して、僕は恥ずかしげに顔をそらしてしまった。
 そんなやりとりを見て、黒狼様はこれまた度肝を抜かれたような表女を浮かべてから、にやにやと笑みを浮かべて……。

「なんじゃ、気色悪い」
「はは、いんや。せっかく久々に会ったんだ。ここじゃなんだ、いい酒屋を知ってる、おごるぜ」

 どうも腰を落ち着けて少し話そうということだった。 実のところ、銀露と黒狼様は仲が悪いわけではないみたい。
 僕にちょっかいを出したことに怒りこそすれ、銀露と九尾の九十九さんのような一触即発な雰囲気はない。

 そうして、僕と銀露は黒狼様に案内されるがままに遊郭街を歩いて、その酒屋に向かったんだ。


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