僕と狼姉様の十五夜幻想物語 ー温泉旅館から始まる少し破廉恥な非日常ー

稲荷一等兵

18節9部ー不気味な桜ー



「いーよにゃん!! みーちんぐ一緒にいくにゃん、みーちんぐ!」
「はいはいちょっと待ちなさいよ。荷物置いてからね」

 今日も朝からとんでもなく元気な美哉さんが、下足室から走ってきて伊代姉の方を強くなんども叩いた。
 僕の肩もついでに叩かれて顔を覗き込まれるようにして挨拶されたから、控えめに挨拶して……。

「今日も柊姉弟は仲いいにゃー」
「当たり前でしょ。良くない時なんてないわよ、ねー?」
「そだね。基本いつも仲良しだよ」

 羨ましいにゃあと、美哉さんは言って笑った。それはどこか微笑ましいものでも見るかのような、柔らかい笑みだった。

「じゃあ、ミーティング行ってくるわね」
「うん。いってらっしゃい」

 僕は伊代姉を見送ってから、やけに騒がれてた校舎に急いだ。
 そう、校舎に入った時から、朝の静けさ何てものはなく、丘の上の桜が咲いただのなんだのと、みんな浮き足立ってたんだ。

 そのほとんどの桜が、もうその花びらを散らせて鮮緑の葉をつけている中で、満開になったのは今まで全く花をつける様子がなかった、小高い丘の桜。
 その丘を望める校舎の廊下まで行って、みんなが驚愕していた理由を知った。

「赤い……」

 その丘の頂上に立つ、いわくつきの桜の花は、血のように赤い色をしてたんだ。
 みんながただ綺麗だとか。やっと咲いたのかではなく。気味が悪いと感想を言っているのがよくわかるくらい。

 それを見た直後に、鬼灯さんの言っていた言葉が蘇った。
 あの桜に近づいてはいけないと。

「おはようございます、柊千草」
「うわわ!」

 僕もその妖しい桜に目を奪われていると、後ろから突然声がかかってびっくりした。
 挨拶を驚きで返したものだから、鬼灯さんはどこか呆れてしまって……。

「普通に挨拶しただけですが」
「ご、ごめん。鬼灯さんに言われたこと思い出してたから、タイミング良くてびっくりしちゃって」
「そうですか。まあ賢明なことです」
「驚いたのが?」
「私の言葉を思い返していたことがです!」

 と、叱責されたのもつかの間。すぐに鬼灯さんは怪訝な表情を浮かべて僕に聞いてきた。

「……なにをそわそわしてるんです?」
「え、いやっ……別にそわそわなんかしてないし」
「当ててあげましょうか、柊千草」

 鋭い視線を僕にぶっ刺しながらそんなことを言うものだから、つい首を縦に振ってしまった。

「好奇心は猫をも殺す、というイギリスの諺を知っていますか」
「ちょっとだけ!! ちょっとだけだからぁ!」

 そう、鬼灯さんは、あの赤い桜を近くで見たいという僕の心を見透かしていた。
 いやそりゃあんな珍しいもの、近くで見てみたいでしょ!!
 なんであんな赤い色になったのだとか、死角の世絡みの事かもしれないし……なにより。

 あの赤い花びらを、僕は伊代姉のお弁当を届けに来た時に見てたんだ。
 手のひらにあった赤い花弁は、あの桜と同じもの……のような気がしてた。
 それを確認しに行きたかったっていうのもあったから。

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