連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜
第18話:対話へ
(まぁ、少しは配慮してやるわよ)
残ったサラは塔の傍で溜息を吐き、そう思った。
アルトリーユに来て本物の自分と会い、記憶を取り戻したときに必ず自分が選ばれると確信があるからこそ憂慮したのだ。
例え何年アプローチを受けていても、友達は友達。
恋人という一つ上のランクの気持ちをミズヤが思い出せば、想いの強い方の手を取ると考えていた。
何があっても、これが最後の穏やかな夜になる。
その最後の夜に、2人だけの時間を作ることも吝かではないのだ。
(私はいつでも会えるし……いっか)
と、家族の特権を持つ彼女はよゆうをかましているのだった。
サラは1人、体を丸めて休憩する。
猫の体も老体となり、動く労力を休み休み得ているのだ。
俊敏に動き回り、魔法を使い、猫の限界を超える速度で動くこともあれば、寒帯の北大陸で全く動かずに堪えしのぐ日もある。
過酷な環境下での生活で寿命も縮み、体は老いていた。
(ここまで持ったし、それだけで……)
アルトリーユに来させる約束もした。
彼女にとっては、それで十分だった。
これから最後の戦が始まる。
サラは思う。
限界を超えたこの体でも、サポートぐらいはしてやろう、と――。
◇
「……にゃむぅ。ねこさん……」
宴も終わり、日の上らぬ地下の塔で目覚めるミズヤ。
その際の寝言は無かったものとして、ゆっくりと起き上がる。
そこは自分にあてがわれた部屋で、同じベッドに猫が一匹寝ているのを見つけ、ミズヤは微笑みながら優しく金色の小さな頭を撫でた。
まだ起きないねこさんを放置して、ミズヤは廊下に出る。
外はがやがやと騒がしかった。廊下でも大の大人があちこち走り回り、ミズヤは不思議そうに首をかしげる。
しかし、普通なら気付くだろう。
自分が寝坊したことに。
「ミズヤ、起きましたか」
「クオン……?」
後ろから現れた、銀と緑のドレス――自身の戦闘服に身を包んだ彼の女主人が現れる。
現状が読み込めないミズヤはクオンに尋ねた。
「朝ごはんは~?」
「そんなのないですよ。もうすぐ出発なんですから、貴方も用意してください」
「は~いっ」
用意しろと言われ、ミズヤはクオンを置いて部屋に戻った。
部屋にあるティーセットやお皿を片付け、起こさないようにそっとサラに抱き着いた。
「さーらっ、起きて、起きてッ。朝だよ~っ」
体を密着させたままゆっくりと腕だけを揺らす。
優しいゆりかごの中、サラはゆっくりと目を開いた。
「……ミャ~ッ」
「おはよっ、サラ。もう出発だから、準備してね~」
「…………」
優しく諭すも、サラはミズヤの服にガシッと掴まり、意地でも離れまいとしていた。
朝から抱き着かれて起こされ、幸せなのだ。
「……サラぁーっ、動けないよう~っ」
「ミャーッ♪」
「ふにゅう……出発なんだよぅ~っ」
「ミャーッ♪」
ミズヤは沙羅を抱きかかえたままベッドを転がるも、サラは嬌声を上げるだけで離れようとしなかった。
どうしようもなく、ミズヤは沙羅を抱きしめながら天井を見た。
「さーらー……」
「ニャーッ」
「……むー。じゃあこのまま連れてくもんっ」
「にゃー」
ミズヤはそのまま起き上がり、外に出ていった。
地下街は昨日の宴とは違い、理路整然と並んだ人間たちが街を埋め尽くしている。
圧巻な光景を目にし、あちこち見渡しながら先頭に向かう。
彼はクオンの側近なのだから、先頭に行けばおのずと会えるのだ。
「くーおーん~っ」
「……ミズヤ、遅いですよ。早く出発しましょう」
総勢5000人の前に立つ少女は、麗しい瞳を見開いてそう告げた。
今の彼女には恋のことなど1ミリも頭にない。
戦争を食い止める。その"善意"が心を埋め尽くしていた。
「ミズヤ、【音響】を」
「うん」
ミズヤに魔法を掛けてもらい、クオンは深呼吸をする。
その呼吸音は地下街全体に響き渡る。
【音響】とは、音を響かせる魔法なのだから。
呼吸をやめ、息をのむ。
クオンは括目し、空を見上げながら、自分らしい言葉で発進を告げる。
『行きます――』
その言葉を合図に5000人の軍勢は前進を始めた――。
◇
早朝より歩くこと3時間――目的地であるキュール城に到着した。
本来なら5000人という大人数で来る必要もなく、城内に入るのはクオン一行と各地の主戦力及びk最高司令官だけである。
クオンを先頭に、15人の精鋭が城門をくぐる。
眼前にそびえたつ白い円筒状の巨大な建物の法へ、クオン達は吸い込まれていった。
城前の兵に用件を告げると、兵の一人が来城を伝達に向かい、クオン達は城内に足を踏み入れる。文官の多くが廊下を行き来し、あちこちから会釈されて、一行は控室に招かれ、小休止をとる。
「……一世一代の、大舞台ですね」
クオンは皆に向けて微笑みながらそう言った。
澄んだ瞳で告げられる言葉は皆を落ち着かせ、本来なら緊張感漂うこの空間も爽やかに感じてしまう。
それだけのカリスマを、今のクオンは持ち合わせていた。
「焦ることは、何もありません。私たちは私たちにできることを精いっぱいやる。それだけです」
自分のできることをすればいい、それは至極当然のことながら、敵地にいて体が強張ると難しいものだ。
それはクオンが一番感じるはずである。
交渉、対話をするのは、頭であるクオンなのだから。
しかし、彼女の瞳には一点の曇りもない。
自信があるわけではない、その瞳の奥にあるのは、家族から受け継いだ意思を守ろうとする決意。
人々を無為に死なせたくないという善なる心だけだ。
「私たちの生まれたこの星で争いを一つでも減らしたい。そう思えば緊張も何もありません。――頑張りましょう」
改めて全員に微笑みかけると、そこには暖かな雰囲気が生まれる。
そんな彼女の体が薄く発光していたことに、誰も気づかなかった――。
残ったサラは塔の傍で溜息を吐き、そう思った。
アルトリーユに来て本物の自分と会い、記憶を取り戻したときに必ず自分が選ばれると確信があるからこそ憂慮したのだ。
例え何年アプローチを受けていても、友達は友達。
恋人という一つ上のランクの気持ちをミズヤが思い出せば、想いの強い方の手を取ると考えていた。
何があっても、これが最後の穏やかな夜になる。
その最後の夜に、2人だけの時間を作ることも吝かではないのだ。
(私はいつでも会えるし……いっか)
と、家族の特権を持つ彼女はよゆうをかましているのだった。
サラは1人、体を丸めて休憩する。
猫の体も老体となり、動く労力を休み休み得ているのだ。
俊敏に動き回り、魔法を使い、猫の限界を超える速度で動くこともあれば、寒帯の北大陸で全く動かずに堪えしのぐ日もある。
過酷な環境下での生活で寿命も縮み、体は老いていた。
(ここまで持ったし、それだけで……)
アルトリーユに来させる約束もした。
彼女にとっては、それで十分だった。
これから最後の戦が始まる。
サラは思う。
限界を超えたこの体でも、サポートぐらいはしてやろう、と――。
◇
「……にゃむぅ。ねこさん……」
宴も終わり、日の上らぬ地下の塔で目覚めるミズヤ。
その際の寝言は無かったものとして、ゆっくりと起き上がる。
そこは自分にあてがわれた部屋で、同じベッドに猫が一匹寝ているのを見つけ、ミズヤは微笑みながら優しく金色の小さな頭を撫でた。
まだ起きないねこさんを放置して、ミズヤは廊下に出る。
外はがやがやと騒がしかった。廊下でも大の大人があちこち走り回り、ミズヤは不思議そうに首をかしげる。
しかし、普通なら気付くだろう。
自分が寝坊したことに。
「ミズヤ、起きましたか」
「クオン……?」
後ろから現れた、銀と緑のドレス――自身の戦闘服に身を包んだ彼の女主人が現れる。
現状が読み込めないミズヤはクオンに尋ねた。
「朝ごはんは~?」
「そんなのないですよ。もうすぐ出発なんですから、貴方も用意してください」
「は~いっ」
用意しろと言われ、ミズヤはクオンを置いて部屋に戻った。
部屋にあるティーセットやお皿を片付け、起こさないようにそっとサラに抱き着いた。
「さーらっ、起きて、起きてッ。朝だよ~っ」
体を密着させたままゆっくりと腕だけを揺らす。
優しいゆりかごの中、サラはゆっくりと目を開いた。
「……ミャ~ッ」
「おはよっ、サラ。もう出発だから、準備してね~」
「…………」
優しく諭すも、サラはミズヤの服にガシッと掴まり、意地でも離れまいとしていた。
朝から抱き着かれて起こされ、幸せなのだ。
「……サラぁーっ、動けないよう~っ」
「ミャーッ♪」
「ふにゅう……出発なんだよぅ~っ」
「ミャーッ♪」
ミズヤは沙羅を抱きかかえたままベッドを転がるも、サラは嬌声を上げるだけで離れようとしなかった。
どうしようもなく、ミズヤは沙羅を抱きしめながら天井を見た。
「さーらー……」
「ニャーッ」
「……むー。じゃあこのまま連れてくもんっ」
「にゃー」
ミズヤはそのまま起き上がり、外に出ていった。
地下街は昨日の宴とは違い、理路整然と並んだ人間たちが街を埋め尽くしている。
圧巻な光景を目にし、あちこち見渡しながら先頭に向かう。
彼はクオンの側近なのだから、先頭に行けばおのずと会えるのだ。
「くーおーん~っ」
「……ミズヤ、遅いですよ。早く出発しましょう」
総勢5000人の前に立つ少女は、麗しい瞳を見開いてそう告げた。
今の彼女には恋のことなど1ミリも頭にない。
戦争を食い止める。その"善意"が心を埋め尽くしていた。
「ミズヤ、【音響】を」
「うん」
ミズヤに魔法を掛けてもらい、クオンは深呼吸をする。
その呼吸音は地下街全体に響き渡る。
【音響】とは、音を響かせる魔法なのだから。
呼吸をやめ、息をのむ。
クオンは括目し、空を見上げながら、自分らしい言葉で発進を告げる。
『行きます――』
その言葉を合図に5000人の軍勢は前進を始めた――。
◇
早朝より歩くこと3時間――目的地であるキュール城に到着した。
本来なら5000人という大人数で来る必要もなく、城内に入るのはクオン一行と各地の主戦力及びk最高司令官だけである。
クオンを先頭に、15人の精鋭が城門をくぐる。
眼前にそびえたつ白い円筒状の巨大な建物の法へ、クオン達は吸い込まれていった。
城前の兵に用件を告げると、兵の一人が来城を伝達に向かい、クオン達は城内に足を踏み入れる。文官の多くが廊下を行き来し、あちこちから会釈されて、一行は控室に招かれ、小休止をとる。
「……一世一代の、大舞台ですね」
クオンは皆に向けて微笑みながらそう言った。
澄んだ瞳で告げられる言葉は皆を落ち着かせ、本来なら緊張感漂うこの空間も爽やかに感じてしまう。
それだけのカリスマを、今のクオンは持ち合わせていた。
「焦ることは、何もありません。私たちは私たちにできることを精いっぱいやる。それだけです」
自分のできることをすればいい、それは至極当然のことながら、敵地にいて体が強張ると難しいものだ。
それはクオンが一番感じるはずである。
交渉、対話をするのは、頭であるクオンなのだから。
しかし、彼女の瞳には一点の曇りもない。
自信があるわけではない、その瞳の奥にあるのは、家族から受け継いだ意思を守ろうとする決意。
人々を無為に死なせたくないという善なる心だけだ。
「私たちの生まれたこの星で争いを一つでも減らしたい。そう思えば緊張も何もありません。――頑張りましょう」
改めて全員に微笑みかけると、そこには暖かな雰囲気が生まれる。
そんな彼女の体が薄く発光していたことに、誰も気づかなかった――。
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