連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第17話:前夜祭

 暇を持て余すクオン一行は、昼間にやってきたカルフォル姉妹と遊びながら夜を待った。
 体を使った遊びは得意でも、トランプなど頭を使うゲームになるとミズヤは負け始め、ジタバタと暴れるのだった。
 クオンはどちらもそこそこ勝ち、残りは順不同といったものであった。

 そうして夕暮れ時までまったり過ごし、外で宴会の準備が始まると、ミズヤとフクシアは料理の手伝いで席を外した。
 ケイクとヘリリアはクオンの側に付きながら宴会での予定を聞き、プリムラはブロックの手伝いに戻って行った。

 各々がやる事を見つけ、行動する。
 大通りの道には中央に飲み物と食べ物がバイキング式で配置され、食べ物の道はずっと続いている。
 人が賑わい、塔を中心とした4方向の道は雑踏で溢れかえっていた。

「あー、これはこれは……ねこさんですねぇ〜」
「ニャ?」

 ミズヤの呟きを、彼の胸の中にいるサラが不思議そうにしていた。
 意味がわからないのは仕方のないことである。

 しかし、驚いていることはなんとなく伝わった。
 5000人もの人が集まって飲み食いするのだ。それなりの賑わいを見せ、黄金色の光を放つ光球達は提灯のようで、お祭りのようにも思えた。

 自分で作る分は作り終え、人の流れるままに歩くミズヤ。
 抱えられたサラはボーッとしながらただ行く末を見守っている。
 そうやってとてとて歩いていると、名高い人物と遭遇した。
 左右に2人ずつ兵を並べて歩く、金髪の七三分け、東軍のナモン総司令官だった。

「む、貴公はミズヤ・シュテルロードではないか」
「あ、どうも……」

 ナモンはミズヤに気付くと足を止め、ビシッと指をさして名を口にする。
 ミズヤは弱々しい声で返すあたり、苦手な相手であると伺えた。
 ナモンの堅気で強気な態度は、ミズヤのゆるほわと相性が悪いのである。

 ナモンはミズヤに近付き、善を芯を見回してから両腕で抱くサラに目を落とす。

「……む。貴公も此処に居ましたか。サラ殿、いつでもバスレノスへ観光においでください」
「ニャー」
〈もう少し暇になったらね〉

 サラに向けて軽く頭を下げるナモン。
 それはミズヤの猫が南大陸に居る王女と知っての行いであった。
 ミズヤもこの3年で名が広まり、世話になった者にはサラの正体も明かしていた。
 魔法のボードには王女らしくない口ぶりの言葉が書かれているが、ナモンはその言葉を読んで再度頭を下げる。

「……ところで、御二人はこの辺を歩いて何をしておられる? もうすぐクオン様よりお言葉を頂戴する筈だが、側に居なくて良いのか?」
「ケイクとヘリリアが居るし、大丈夫ですよ。それに、今更バスレノス兵で反乱を起こす人は居ないでしょう……」
「それもそうだな」

 ミズヤの言葉にはナモンも頷いた。
 反乱者は3年前に各軍を巡回した時に粛清済みだ。
 そうでないにしても、ここ3年で国を一つにまとめようと努めたクオンを非難できる者は殆ど居ないのだ。

「私は南方に行くゆえ、これにて失敬する。御二人も、今夜は盛大に御楽しみくだされ」
「はーいっ」
「ニャー」

 ミズヤとサラがのんびり返事をすると、ナモンは自分の軍人がいる何報へと下って行った。
 ナモンを見送ると、ミズヤは塔に向かって歩いて行く。
 塔に向かう用事は特に無いが一番仲が良いのはクオンなので、なんとなくだ。

 また歩いていると、知り合いと遭遇した。

「ゲッ……」
「こらーっ、ゲッて何さぁ〜っ」

 目と目が合い、あからさまに嫌そうな反応を示すプリムラにミズヤは両手を上げて威嚇した。
 フクシアはミズヤに友好的だが、妹のプリムラは反感を抱いている。
 北大陸最強とすら謳われるミズヤ・シュテルロードが、ほわほわした態度で居ると士気が弱まるのを厭っているのだ。

 料理を作ってもらうときは損しないため、別である。

「ハァ……ミズヤ、御機嫌よう。ワタクシに何か用でも?」
「別に用はないよーっ。楽しんでる?」
「楽しむ……というより、気を引き締めてますわ。明日に向けて、覚悟を固めてますの。万が一死んでも悔いのないように」
「そう? ねこさんが死なせないように頑張るから、安心していいよ!」
「余計なお世話ですわ。このワタクシが死ぬ時ですもの、貴方に介入の余地もなく殺されるに決まってますわ」
「えーっ……? サラはどう思う?」
「ニャァッ」
「オッケーですにゃ!」
「何がですの……」

 猫の言葉などわからないのであった。
 プリムラは呆れながら2人を一瞥して雑踏の中へと消えていく。
 逃げられてしまい、ミズヤは目を見開きながら「あらー……」と呟いていた。
 当たり前のように知り合いが居なくなると、当たり前のようにミズヤの肩を掴む者があった。

「やっほー、ミズヤ。今プリムラ居なかった?」
「やっほー、フクシア。居たけど、どっか行っちゃった」
「んー、そうかぁ〜」

 現れたフクシアはのんびりした様子でミズヤの隣に立ち、彼の両側の頬を持ってむにむにと揉んだり伸ばしたりした。

「みーずーやーっ、君は女の子なのか〜っ?」
「にゃーなのです!」
「ふっふー♪ い奴めぇ〜♪ こうしてくれる〜♪」
「ふにーん」

 ほっぺたをもちもちプニプニ触られるも、両手でサラを抱えてるから抵抗もできず、されるがままムニムニされる。
 会話は成立して居ないが、楽しそうな彼らは気にしていなかった。

「はぁ、可愛い……。クオン様が好きじゃなきゃ、うちの婿に来てもいいのに」
「サラも居ますにゃ」
「ニャー」
〈そうよ。ミズヤは私のだから〉
「それでも私は立場上、クオン様を応援するけどね。君達も君達でロマンチックだし、良いなぁ……。私もカッコいい王子様とラブロマンスしたい……」
「にゃーは王子様じゃないよ?」
「…………」

 さらに強くムニムニされ、漸く解放されるミズヤ。
 なんで強くムニムニされたかはわかってなさそうだった。

「フクシアは暇なのー?」
「暇だよ? お父さんの所に居ても明日の事をネチネチ言われるだけだし、1人でブラブラしてようかな〜って」
「ん。プリムラはほっといていいの?」
「あの子もお父さん似だし、会っても明日の事言われるだろうし……。なんて言うか、もっとやりたい事やって生きればいいのにね?」
「そうですにゃあ〜……」

 しみじみと語り合う2人。
 生きたいように生きるのはミズヤもできて居ないのだが、きっとわかっていない。

 のほほんとしていると、少しくぐもった雑音が一瞬だけ響く。
 その直後、クオンの声が全体に響き渡った。

 塔の天辺にクオンは凛然と立っており、彼女の足元にはパラボラ型の拡声器が置かれている。

『バスレノスの皆さん、聴こえますか?』

 誰もが顔を上げ塔に目を向けた。
 バスレノスの皇族最後の生き残り、クオン・カライサール・バスレノスによる、決戦前の演説が始まる。

『まず始めに、本日はお集まり頂き、ありがとうございます。明日は私達にとって特別な日となる事でしょう』

 国を取り戻す――というような発言はしなかった。戦いになるかもわからない段階で迂闊な発言はできないのだから。

『我々は人間同士の争いを好まない。その志を共にするからこそ、今日ここに立って居るのだと思います。明日は、戦いなく戦争を止めることができるかもしれません。または戦い、死者を出してでも戦争を止めようとするかもしれない。我々は明日を、命を賭す覚悟を持って迎えなければなりません』

 クオンの言葉は整然としていて、それでいて明日の事を心配していた。
 思慮深く、人を慈しむ彼女だからこそ、後ろ向きな考えをしてしまうのかもしれない。
 しかし、それでも彼女が前に進んで来た事を知っているから、誰1人として不安を感じる者は居ない。

『しかし、それでも明日が戦争を止める良き日にする事を、戸惑ってはいけない。今夜のうちに力を付け、共にキュールの策を打ち壊しましょう』

 こうして自信に溢れた言葉を持って、クオンは拳を空なき天辺に突きつける。
 彼女の言葉に観衆は湧いた。
 示された正義の道の先には、彼らの理想があるのだから。

 クオンは腕を振るい、最後の言葉を告げる。

『今日の前夜祭を楽しみ、英気を養ってください。 それではどうか、怪我のないように飲み、騒ぎ、宴を楽しみましょう!』

 さらに観衆からの声が上がり、人々のテンションも高潮となる。
 こうして、前夜祭が始まるのだった。

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