連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜
第20話:繋ぐ
空が紅めき、陽が傾いてきた頃――クオンは1人、湖の側で水面を眺めていた。
水面は陽の光が反射して煌めく楕円の数々が一瞬のうちに移り変わって行く。
そうやって自然を感じながら、ボーっと水面を眺めていた。
ケイクも、ヘリリアも、似たようなものだった。
場所は違えど、ボンヤリとしていたり、涙を流していたり、1日やそこらで、この悲しみは拭えそうになかった。
クルタは、未だに動くことはなかった。
彼女は他人が死んでも気に止めるわけではなく、クオンの行動次第では独り立ちする腹積もりだった。
そしてミズヤは――こんな状況で、1人でどこかに行くような性格はしていない。
「ケイクくん」
「…………」
ミズヤは、大木を背にして座るケイクの前に立って声を掛ける。
ケイクは半目を開き、ミズヤを見上げた。
「……何だよ?」
「クオンが困ってるよ。君が声を掛けてあげるべきだよ」
「……なんで、俺が……?」
「好きなんでしょ、クオンのこと」
「…………」
ケイクは、否定しなかった。
否定する気力もないし、同性にならバレても良い事実だったから。
折角の催促だったが、ケイクは首を横に振る。
「俺だって……信じたくないけど、親父が死んだんだ……。親父は戦いのことばっかで、酒や女が好きで、俺はあまり好きじゃなかったんだけど……それでも……知人が死ぬって、こんなに辛いんだな……」
「…………」
「お前は、前世の記憶があるにしても、10歳の時に家族がみんな死んだんだろ? しかも、その犯人に仕立て上げられて……。お前、凄く辛かったんだな……。今なら尊敬できるよ……」
悲しい口調のまま言葉を綴るケイク。
その言葉はミズヤの質問に噛み合っていなかった。
「……クオンに、何か言わなくて良いの?」
「俺だって辛いのに、ムリだ……。お前は最近来たばかりだし、気楽で良いよな……」
「…………」
浅ましい嫉妬に、ミズヤは無言で拳を握り締める。
ミズヤだって、辛いんだ。
何度か話をした大将のヴァムテル、料理を配布した給事、貴婦人、共に料理を嗜んだコック達も殆どが殺された。
何人もが死んで、一緒に笑った人が死んで、悔しく、悲しくない筈がないのだ。
「……もういいよ。僕が声掛けてくる」
「…………」
その言葉を最後に、ミズヤはケイクの前を後にする。
ケイクは死人のように動かず、何も言い返さなかった。
続いて、ミズヤはヘリリアの元にやって来た。
ヘリリアは体育座りで俯いたままボロボロと泣いている。
そんな彼女の頭を、ミズヤが優しく抱きしめる。
「……ヘリリアさん。悲しいよね。僕も悲しいよ……」
「……うっ…………私……」
「……大丈夫だよ、1人じゃない。僕達が居る。まだ全て終わりじゃないんだよ……」
「グズっ……ううっ、クッ…………!」
必死に嗚咽を抑えるヘリリアに、そっとミズヤが囁く。
しかし、ヘリリアが漸く口にした言葉に――
「私……何も、できなかった……」
ミズヤは、口を閉ざしてしまった。
クオンの側にいた、それだけで十分だけれど、多くの人が死んで行くのをただ見ていたことになるのかもしれない。
いつも自分に自信がないヘリリア、強襲に合うという不利な状況で何もできず、皆が死んでいった彼女の心境は、我々の想像を凌駕する。
「……もうこんな事がないように、頑張ろう。クオンだけは、皆で絶対に守ろうね……」
「私、私……」
「悲しいのは、皆同じ。僕等は出来る事をやった。クオンの事だけは、絶対に守ろう……」
「……私に、出来る?」
「出来るよ。そのための力はある筈だから……」
「…………」
ミズヤが肯定してやると、ヘリリアはゆっくりと顔を上げる。
涙袋が赤くなり、目に涙が付いたその瞳も、僅かな希望が見えていた。
「……クオン様を、守る」
「……うん。皆で頑張ろう」
「……うん……うんっ!」
ヘリリアはミズヤに泣き付いた。
縋る相手としては自分よりも小さい少年なのに、ヘリリアにはミズヤが立派な青年のように思えた――。
そうしてヘリリアを宥め、最後にクオンのもとに赴いた。
夏の日中は長く、未だに夕日の傾斜が水面を照らしている。
「くーおんっ」
「…………」
背後から呼び掛ける明るい声に、クオンはゆっくりと振り向いた。
後ろに立っていたのは他でもないミズヤで、少年は無言でクオンの隣に立ち、座った。
「……考えは、まとまった?」
出来るだけ優しく問いかける。
しかし、クオンは首を横に振って答えた。
「そっか……」
「……何も考えられません。私達の居場所がなくなって、仲間が皆死んで……。悲しくて、辛くて、胸が……痛い……」
「クオン……」
クオンは俯き、砂を握りしめて震えていた。
1つ、2つと雫が溢れ、砂に染み込んで行く。
「……僕も家族が死んで、サラと2人きりだった時……辛かった。今も、短い時間でも過ごした場所が無くなって、凄く寂しい」
「……人はなぜ死ぬのでしょう。生きている人は、こんなに苦しい思いをしていないといけない。憎しみや怒りが人を殺して、そこに何があるんですか……」
「…………」
クオンがやっとの思いで吐き出した言葉を受け、ミズヤは一度口を噤み、考える。
やがて、空を見上げながら、クオンに語り掛けた。
「……人にはね、誰にでも意志があると思うんだ。一人一人やりたい事があって、それが噛み合わなくて、反発して、怒って……。結果、人が死ぬのはとても悲しい。だけど、それで終わりじゃないでしょ?」
クオンは、ゆっくりと顔を上げた。
ミズヤの言ったことは、今の状況に酷似している。
やりたい事が噛み合わなくて、怒って、戦って、多くの人が死んだ。
でも、それで終わりじゃないって、その言葉に惹かれて――クオンは涙ながらに、ミズヤの顔を見た。
少年はそれに笑顔で応え、話を続ける。
「人が死ぬのは、それは繋ぐからだよ。人ってさ、誰しも生まれたら死んでしまう。だけどね、思いや、やりたかった事を繋いで、世界をよくしていってる。死んだ人の意志を継いで、僕達は生きてると思うんだ」
「……死んだ人の意志、ですか?」
「うん……。悪い願いは受け継げないけど……でも、良い願いなら、受け継いで叶えてあげるべきだと思うんだ」
クオンは思う。
死んで行った人々の想いとは何か。
皆、なんのために戦った?
皆、なんのために生きてきた?
――それは、悪い願いだっただろうか?
「意志を受け継ぐかどうかは個人の自由だけどさ……それに、バスレノスの願いは、受け継ぐには大き過ぎる。だから、クオンがどうしたら良いか考えたら、亡命した方が良いと思うけど――」
「ミズヤ」
「……ん?」
「ありがとうございます」
意志の篭った強い感謝の言葉に、ミズヤはそっと微笑みかけた。
「流石、2度も人生送ってるだけはありますね。大人びて見えましたよ、ミズヤ」
「そう……?」
「ええ。おかげで、これからどうするか決まりました」
涙を拭い、クオンは立ち上がる。
隣に座るミズヤにも手を伸ばして、立ち上がらせた。
ミズヤは、クオンのまっすぐな瞳を見てこれからどうするかを理解した。
同時に、心の中で謝る。
あぁ、ごめんねサラ。そっちに行くのはまだ少し掛かりそうだ、と――。
水面は陽の光が反射して煌めく楕円の数々が一瞬のうちに移り変わって行く。
そうやって自然を感じながら、ボーっと水面を眺めていた。
ケイクも、ヘリリアも、似たようなものだった。
場所は違えど、ボンヤリとしていたり、涙を流していたり、1日やそこらで、この悲しみは拭えそうになかった。
クルタは、未だに動くことはなかった。
彼女は他人が死んでも気に止めるわけではなく、クオンの行動次第では独り立ちする腹積もりだった。
そしてミズヤは――こんな状況で、1人でどこかに行くような性格はしていない。
「ケイクくん」
「…………」
ミズヤは、大木を背にして座るケイクの前に立って声を掛ける。
ケイクは半目を開き、ミズヤを見上げた。
「……何だよ?」
「クオンが困ってるよ。君が声を掛けてあげるべきだよ」
「……なんで、俺が……?」
「好きなんでしょ、クオンのこと」
「…………」
ケイクは、否定しなかった。
否定する気力もないし、同性にならバレても良い事実だったから。
折角の催促だったが、ケイクは首を横に振る。
「俺だって……信じたくないけど、親父が死んだんだ……。親父は戦いのことばっかで、酒や女が好きで、俺はあまり好きじゃなかったんだけど……それでも……知人が死ぬって、こんなに辛いんだな……」
「…………」
「お前は、前世の記憶があるにしても、10歳の時に家族がみんな死んだんだろ? しかも、その犯人に仕立て上げられて……。お前、凄く辛かったんだな……。今なら尊敬できるよ……」
悲しい口調のまま言葉を綴るケイク。
その言葉はミズヤの質問に噛み合っていなかった。
「……クオンに、何か言わなくて良いの?」
「俺だって辛いのに、ムリだ……。お前は最近来たばかりだし、気楽で良いよな……」
「…………」
浅ましい嫉妬に、ミズヤは無言で拳を握り締める。
ミズヤだって、辛いんだ。
何度か話をした大将のヴァムテル、料理を配布した給事、貴婦人、共に料理を嗜んだコック達も殆どが殺された。
何人もが死んで、一緒に笑った人が死んで、悔しく、悲しくない筈がないのだ。
「……もういいよ。僕が声掛けてくる」
「…………」
その言葉を最後に、ミズヤはケイクの前を後にする。
ケイクは死人のように動かず、何も言い返さなかった。
続いて、ミズヤはヘリリアの元にやって来た。
ヘリリアは体育座りで俯いたままボロボロと泣いている。
そんな彼女の頭を、ミズヤが優しく抱きしめる。
「……ヘリリアさん。悲しいよね。僕も悲しいよ……」
「……うっ…………私……」
「……大丈夫だよ、1人じゃない。僕達が居る。まだ全て終わりじゃないんだよ……」
「グズっ……ううっ、クッ…………!」
必死に嗚咽を抑えるヘリリアに、そっとミズヤが囁く。
しかし、ヘリリアが漸く口にした言葉に――
「私……何も、できなかった……」
ミズヤは、口を閉ざしてしまった。
クオンの側にいた、それだけで十分だけれど、多くの人が死んで行くのをただ見ていたことになるのかもしれない。
いつも自分に自信がないヘリリア、強襲に合うという不利な状況で何もできず、皆が死んでいった彼女の心境は、我々の想像を凌駕する。
「……もうこんな事がないように、頑張ろう。クオンだけは、皆で絶対に守ろうね……」
「私、私……」
「悲しいのは、皆同じ。僕等は出来る事をやった。クオンの事だけは、絶対に守ろう……」
「……私に、出来る?」
「出来るよ。そのための力はある筈だから……」
「…………」
ミズヤが肯定してやると、ヘリリアはゆっくりと顔を上げる。
涙袋が赤くなり、目に涙が付いたその瞳も、僅かな希望が見えていた。
「……クオン様を、守る」
「……うん。皆で頑張ろう」
「……うん……うんっ!」
ヘリリアはミズヤに泣き付いた。
縋る相手としては自分よりも小さい少年なのに、ヘリリアにはミズヤが立派な青年のように思えた――。
そうしてヘリリアを宥め、最後にクオンのもとに赴いた。
夏の日中は長く、未だに夕日の傾斜が水面を照らしている。
「くーおんっ」
「…………」
背後から呼び掛ける明るい声に、クオンはゆっくりと振り向いた。
後ろに立っていたのは他でもないミズヤで、少年は無言でクオンの隣に立ち、座った。
「……考えは、まとまった?」
出来るだけ優しく問いかける。
しかし、クオンは首を横に振って答えた。
「そっか……」
「……何も考えられません。私達の居場所がなくなって、仲間が皆死んで……。悲しくて、辛くて、胸が……痛い……」
「クオン……」
クオンは俯き、砂を握りしめて震えていた。
1つ、2つと雫が溢れ、砂に染み込んで行く。
「……僕も家族が死んで、サラと2人きりだった時……辛かった。今も、短い時間でも過ごした場所が無くなって、凄く寂しい」
「……人はなぜ死ぬのでしょう。生きている人は、こんなに苦しい思いをしていないといけない。憎しみや怒りが人を殺して、そこに何があるんですか……」
「…………」
クオンがやっとの思いで吐き出した言葉を受け、ミズヤは一度口を噤み、考える。
やがて、空を見上げながら、クオンに語り掛けた。
「……人にはね、誰にでも意志があると思うんだ。一人一人やりたい事があって、それが噛み合わなくて、反発して、怒って……。結果、人が死ぬのはとても悲しい。だけど、それで終わりじゃないでしょ?」
クオンは、ゆっくりと顔を上げた。
ミズヤの言ったことは、今の状況に酷似している。
やりたい事が噛み合わなくて、怒って、戦って、多くの人が死んだ。
でも、それで終わりじゃないって、その言葉に惹かれて――クオンは涙ながらに、ミズヤの顔を見た。
少年はそれに笑顔で応え、話を続ける。
「人が死ぬのは、それは繋ぐからだよ。人ってさ、誰しも生まれたら死んでしまう。だけどね、思いや、やりたかった事を繋いで、世界をよくしていってる。死んだ人の意志を継いで、僕達は生きてると思うんだ」
「……死んだ人の意志、ですか?」
「うん……。悪い願いは受け継げないけど……でも、良い願いなら、受け継いで叶えてあげるべきだと思うんだ」
クオンは思う。
死んで行った人々の想いとは何か。
皆、なんのために戦った?
皆、なんのために生きてきた?
――それは、悪い願いだっただろうか?
「意志を受け継ぐかどうかは個人の自由だけどさ……それに、バスレノスの願いは、受け継ぐには大き過ぎる。だから、クオンがどうしたら良いか考えたら、亡命した方が良いと思うけど――」
「ミズヤ」
「……ん?」
「ありがとうございます」
意志の篭った強い感謝の言葉に、ミズヤはそっと微笑みかけた。
「流石、2度も人生送ってるだけはありますね。大人びて見えましたよ、ミズヤ」
「そう……?」
「ええ。おかげで、これからどうするか決まりました」
涙を拭い、クオンは立ち上がる。
隣に座るミズヤにも手を伸ばして、立ち上がらせた。
ミズヤは、クオンのまっすぐな瞳を見てこれからどうするかを理解した。
同時に、心の中で謝る。
あぁ、ごめんねサラ。そっちに行くのはまだ少し掛かりそうだ、と――。
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