連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第8話:開戦

 城内には警報が鳴り響き、広い通路も人が押し寄せて垣根となる。
 城に張った結界は破られ、突然襲撃されたのだ。
 戸惑いと困惑が轟き、世界は加速する。

 長い夜が、始まった。
 無常と血痕の馳せる夜が――。



 ◇



「……ありがとう、サラ」
「ニャッ!」

 とっさに張られたサラの結界により、ミズヤは無傷でペットを撫でていた。
 猫を愛撫しながら、襲ってきた気配を探る。
 トンッと、何かが落ちる物音がした。
 そしてまた、耳の痛くなる衝撃音が2回、結界から鳴った。

 僕らを殺すつもりだ――そう思って対応しようと刀を出した刹那、ミズヤは目先の相手を見て目を見開く。

「なんで、貴女が……」

 その者はドライブ・イグソーブを両手に持ち、1つに縛った銀髪を揺らして悠然とそこに立っていた。
 凶悪な目つきでミズヤを睨み、結界に向けて武器を構えている。

「ラナさん……!」
「貴様はここで死んでおけ、ミズヤ」

 右手に持つドライブ・イグソーブを捨て、ラナは結界に手を当てる。

「【黒魔法カラーブラック】、【地獄の門ヘルゲート】」

 手から広がる白色の魔法陣は二つに分かれて闢く。
 中から飛び出すはドス黒い液体だった。
 滑る泥の塊はサラの結界を侵食し、溶かしていった。

「――サラ、来て!」

 ミズヤはサラを抱え、全身に赤魔法をかけながら全速力で飛んだ。
 もはや天井は無い、無色魔法で軽々と飛んでいける。

 ミズヤは屋内戦だと【羽衣天技】のような大技は使えず、小技頼りになってしまう。
 それでもラナ相手に負けることはないが、あの場でサラが小回りが利かないため、空に飛んだのだ。

「……できれば、この場で死んでいて欲しかったのだがな」

 ポツリと、地上に残されたラナが呟く。
 ミズヤは強く、不死である。
 それを踏まえて奇襲で殺しておくつもりが、失敗に終わった。

 あとは正々堂々戦うしかないが、それは厳しい。

「お前は後回しだ。私には、殺さなきゃいけない奴が居るんでな」

 虚空に向けてラナは言い放ち、瓦礫に埋もれたミズヤの部屋を後にする。
 この襲撃が、此度の襲撃の初撃なのであった。



 ◇



 多くの人が残る食堂では、襲撃に備えて結界を扱える者が集って多重に結界を張っていた。
 その中には、皇子トメスタスと皇女クオンの姿もある。

「良かったな、クオン。ここは人も多くて城で一番安全な所だ。護衛も居るしな」
「そんな事を言ってる場合ですか」
「うむ、だから俺は行くぞ」
「…………」

 トメスタスはクオンに背を向けてそう言うだった。
 準備体操に腕を空へ伸ばし、肘を曲げたりしながら、彼は言葉を続ける。

「レジスタンスが今までしてこなかった城突貫に及んだのは、それだけ奴等が追い詰められてる証。これで最後だと思うから……」

 そこでトメスタスは振り返り、ニッと笑って告げた。

「ちょっくら終わらせてくる」

 これから戦いに行くのに不釣り合いで気楽な言葉。
 それでもクオンを安心させる言葉だった。
 トメスタスは前を向いてスゥッと息を吐き、刀とマフラーを影より取り出す。

「【羽衣天韋】」

 何気なく発した言葉によって、マフラーは宙を舞い羽衣の形を成す。
 トメスタスはそのまま振り返る事なく結界の外へと飛び出して行った。



 ◇



「兄様、城から狼煙が上がってますわ」
「ああ……。ラナが動いたか」

 城より遠方、レジスタンスの長たるトメスタスとその妹ミュベスは神妙な面持ちでバスレノス城を眺めていた。
 彼等は数日前にラナと交渉をし、今回の作戦に打って出た。

 本来ならばあり得ない話だった。
 バスレノスの中でも最高戦力兼皇女であるラナが謀反を犯すという話だけで、キュールのトメスタスは笑ってしまうほどに。
 しかし、実際にラナは祖国の中心部、バスレノス城を襲撃している。
 戦力を失い、強力な能力を持つトメスタスといえども焦燥する状況で、今日こそラナとの交渉は正解だったと確信付いた。

「……本来なら、同じ名を持つ俺が葬りたかったが、俺より憎しみが強いならくれてやろう」

 城に攻め込んでいるであろう仇敵の少女に向けての言葉。
 それぞれの思惑が交錯し、ここに――

くぞ、キュールの民よ!! この一戦で全てを終わらせる!!!」

 戦いの火蓋は切って落とされた。

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